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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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3-3 ご婦人の悩み事1

よろしくお願いいたします。

 神殿長から、ラウズールの治療にスタッフとして参加することを認められた、という連絡があったのは、ラウズールの申し出から2週間後のことだった。1週間前には副神殿長の前でカラーセラピーを披露してその内容をチェックされた。「アドバイス程度とか、話のきっかけとか、そんな感覚で考えていただければ」というベアトリスの小さな発言に、それならいいのでは、と服神殿長は神殿長に話をしたらしい。


 約束の日の前日、ラウズールから手紙が来た。前回の手紙で午後から来てほしいと伝えたが、打ち合わせをしてから診察・セラピーの流れにしたい。可能であれば午前中から来てほしい、という内容だった。ベアトリスはその日一日予約を受けていなかったので、午前から伺いますと返事をし、カラーボトルとビーズ状に穴を開けたカラーストーンをいくつか用意した。穴が既に空いているものならば、その場で選んでもらってゴム糸に簡単に通すことができる。手芸レベルにはなるが、その場でセラピーグッズを手渡すことができた方がいいだろう、とベアトリスは考えたのだ。


 私はあくまでもサポート役。相手は退院を間近に控えた入院患者であり、時間と回数をかけて対話し続ける相手ではないわ。


 ベアトリスは翌日、神殿から回された馬車に乗って神殿に向かった。リュメルとの一件以来、ラウズールはベアトリスが往復する間に自分が心配の余り倒れるといけないから、というよく分からない理由で馬車を回してくれる。ありがたいが、神殿の立派な馬車に乗っているところを知り合いに見られるのは恥ずかしい。今日もエドガーが護衛騎士として来てくれている。先日、ご希望通りの緑の剣帯用房飾りをお渡しした。色糸だけではさみしいし、オトヴァルト宝石商の宣伝にもならないと思って、四つ葉のクローバーにカットされたマラカイトをワンポイントチャームとしてつけておいた。マラカイトは濃い緑だが、美しい縞模様がはいらないと、あまり高額にはならない。護衛騎士のお給料でも十分に持てるものだ。


「この房飾り、護衛騎士仲間の間でも話題になってね。特定の人にお仕えしていないお前がベアトリスさんの手作り持っているなんてずるい、って、羨まれたんだよ」


 馬車の中で、エドガーはベアトリスが退屈しないようにいろんな話をしてくれる。


「エドガーさんって、本当に話し上手ですね。羨ましいわ」

「わ、俺、ベアトリスさんからも羨ましいって言われた! 俺、どんだけうらやましがられるの!?」


 笑いが馬車にあふれる。今日の仕事も、きっといいものになるはずだ。

 

 エドガーがいるから、受付を通っても会釈だけですむ。最初の頃に案内をしてくれた神官が、会釈を返してくれる。ラウズールの部屋の前まで来ると、エドガーがベアトリスに教えてくれた。


「みんな副神殿長の報告を元に神殿長がベアトリスさんのカラーセラピーを認めたっていうんで、今までとは違った注目をしている。特に医官の中には、怪しい魔術だって言い張っている奴もいるから、きをつけてね」

「ありがとうございます、エドガーさん」


 部屋の前で名乗り、護衛騎士に開けてもらう。ラウズールは、書類を机の上に準備して待っていた。


「ベアトリス、来てくれてありがとう。頼りにしているよ。早速だが、資料をみてほしい」


 ラウズールはソファにベアトリスが座ったのを確認すると、資料を手渡してくれた。


「今回手伝ってほしい患者は、アルドーナさん。陶器職人の妻で、子どもは3人全員独立している。入院の経緯と症状、治療経過に目を通してほしい」


 消化器系の疾患。胃潰瘍は、強いストレスを継続的に受けた時になりやすい病気だ。アルドーナという女性には、顔以外の体のあちこちに打撲痕もあったという。顔など、外から見える部分にはなかった。ということは、角にぶつけたとか、転んだとかいうようなことではなく、相手が見えない場所を狙って故意に殴った、ということになる。


「ラウズール様、直接お会いしていないので間違っているかもしれませんが、この胃潰瘍と大腸の不調は身近な人間による暴力という強いストレスを長期間受け続けた結果発症したものだと推測します。そのような場合、心にも大きな傷を負っているはずです。心のケアと、次の暴力から守られるような環境が整わなければ、アルドーナさんは同様の症状を繰り返すことになるかと。それに、このような環境の中では。アルドーナさんが余りに気の毒です。おそらく旦那さんが暴力を振るうのだと推測しますが、その辺りを聞き出せたとして、とう対応するおつもりですか?」


「僕は、騎士隊に上げて、旦那さんを逮捕してもらうべきだと思う」

「アルドーナさんが、騎士隊に言わないでほしいといったら、どうしますか?」

「え?」

「アルドーナさんは今までにも騎士隊に助けを求める機会があったはずです。それなのに、放置した。そこに、アルドーナさんの、旦那さんを騎士隊に突き出したくない、という気持ちがあるように思えるのです」 

「正義を振りかざしてもだめ、ということか」

「はい。だからこそ、アルドーナさんの本当の気持ちを聞いて、そのお手伝いをしたいと思います」

「そうだね」


 ラウズールは、自分を殴るような夫なんて、いらない、別れたいと思っているはずだと決めつけていた。だが、ベアトリスの考えにも一理ある。こうやって、自分にはない意見や考えを出してくれるのが、チーム医療をする上でのありがたみの一つである。ベアトリスが手伝ってくれて、本当にうれしい。


「いずれにしても、退院後の生活環境を整えることが大切だということだね」

「はい、仰るとおりです」


 ラウズールは、午後にアルドーナの診察を控えている。アルドーナがベアトリスのセラピーを受ける気になったなら、自分は退席すればいい。


「よし、それでは、午後の診察の時に、セラピーを受けるか確認する。やりたいと言ってもらえたら、そのままセラピーに入る。いいね?」

「はい、よろしくお願いいたします」


 昼は、神殿の食堂で食べようとラウズールに誘われた。うれしいような、ちょっとはずかしいような、そんな気持ちでラウズールについて行くと、食堂にはたくさんの神官や巫女、護衛騎士や侍女たちが、入れ替わり立ち替わりしていた。ちょうど昼時ということもあり、最も混雑している時間なのかもしれない。


「あら、ベアトリスじゃない!」

 

 声を掛けてきたのは、アデルトルートだ。


「アデルトルート様、ごきげんよう。今日はラウズール様の医療スタッフとしてお邪魔しております」

「私の所にも来てくれれば良かったのに」

「午前中に打ち合わせをして、午後この後診察があるんです。そのままセラピーを行うかもしれません」

「そうなの。それなら無理ね。私の所にも、また遊びに来てね?」

「はい、必ずお伺いします」


 ラウズールと歩いていた時もひそひそと話す声は聞こえていたが、アデルトルートと話している様子を見て、ベアトリスが誰なのか分かったのだろう。ラウズールと歩いていた時とは違う視線が次々に飛んできた。


 これ、もしかして、良くない展開になりそう?


「あの、もしかしてオトヴァルト宝石商のベアトリスさんですか? 実は、私もカラーセラピーを受けてみたい、と思っているんですが、なかなか予約が取れなくて・・・今日、この後」 

「この後彼女には私のスタッフとしての仕事がある。予約の横入りをするようなことをせず、正規の手続きで予約をとりなさい」


 若い騎士から話しかけられ、一言も話さない内に、ラウズールが遮ってくれた。


「も、申し訳ありません!」


 騎士は走って行ってしまった。遠くから、いいじゃないの、ケチねえ、という女の声が聞こえる。ラウズール様があんな態度取るなんて珍しいな、という声も聞こえる。独占欲? という得体の知れない言葉が聞こえた時、ベアトリスは真っ赤になってしまった。


「あ、あの、ありがとうございました」

「いいんだ。君の今日の仕事は、神殿長から依頼されたものだ。個人的なものを持ち込まれても困る」

 

 ラウズールの目は優しい。ベアトリスの頭を軽く手でポンポンすると、片隅から黄色い声が上がった。


「ラウズール様が、女の子に、頭ポンポンしたぁ~!」

「私も頭ポンポンしてほしい!」

「あんたじゃ無理よ」

「何よ、願望くらいいじゃない!」


 穴があったら入りたい。この、真っ赤な顔の色は、いつ醒めるのだろうか。ベアトリスは、ラウズールと並んで食事の載ったトレーを受け取り、テーブルに着く。美味しかったはずの食事は、確かに完食したのに、あまり味わうことができなかった。



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