3-1 突然仕事が軌道に乗る
第三章スタートします。「黄緑」の章です。よろしくお願いいたします。
リュメルとのトラブルの後、騎士団の捜査が入った。リュメルに対してはベアトリスに対する接近禁止命令を出したと騎士団から連絡が入った。モルガン家からもお詫びがあり、これ以上騒ぎを大きくしない方向で両者が納得した。
あの騒ぎが神殿内のアクセサリーブームという利権に絡む問題であったことも、それが人気のある「豊穣の巫女様」との関係で生まれたものだということもあったのだろう。新しい物好きの、ベアトリスと同年代の若い女性の間で流行りだしてしまったのだ・・・カラーセラピーと、セラピーグッズとしてのアクセサリーが。
最初に来たのは、騒ぎの時に騎士たちを誘導してくれたパン屋の娘だった。親子2人で来たのだが、娘の方がもじもじし出し、母親を先に帰すと、一世一代の告白とでも言わんばかりに尋ねたのだ。
「あの、相談に乗ってくれて、お守りみたいなものも考えてくれるって、本当ですか?」
「カラーセラピーは、あなたの相談事に対して、あなたがすでに心の中に持っている答えを言葉にし、自分で自分の行動を決めるものよ。私にできることは、あなたが既に持っていながら見えていない答えのイメージを言語化するお手伝い。そして、お守りみたいなもの、と言っていたけれども、自分が決めた解決のための行動ができているかどうかを振り返るために、目につくところにその色のものを置くの。いずれにしても、占いでもないし、私が答えを示すわけでもない。そこは正しく理解してもらえる?」
「よく分からないけけど、豊穣の巫女様が、お嬢さんと話をしてからお元気になったって聞いたわ。だからお願い!」
「最終確認ね。これは『指針の魔女』様から教えていただいた技術だから、無料という訳にはいかないの。相談料としての料金の他にセラピーグッズの代金は別にかかるけれども、大丈夫? セラピーグッズの方は、うちの店の物ならそんなに高くないのもあるけれども」
「ええ、是非!」
ということで、パン屋の娘はベアトリスに恋愛相談をした。カラーセラピーによって自分のすべきことを自分できちんと言葉にし、自分が必要とする色のアクセサリーをオトヴァルト宝石商の既製品の中から選び、機嫌良く帰って行った。この時何色だったかは、彼女の行動を推測できてしまう可能性があるので、あえて秘密にしておく。2週間後、自分のすべきことを実行した結果、無事に相手に思いを受け入れてもらえたと、パン屋の娘から喜びの報告があった。
パン屋の娘が愛を得ることに成功したという話は瞬く間に広がり、オトヴァルト宝石商の中のカラーセラピールームには、連日若い女性客が押しかけることになった。廊下にまで立って待つ客が出たところで、父は宝石商としてのセキュリティーに不安を感じ、ベアトリスと相談して予約制を取ることにした。予約制にしたことでベアトリスには時間と気持ちに余裕が生まれ、セラピーグッズとしてのアクセサリーを一緒に選んだりオーダーしたりする所まで責任を持って接客できるようになった。
「まあまあ、随分盛況なようね」
いい加減休みを取れと父に言われて無理矢理作った休日に、ベアトリスは神殿に呼び出された。アデルトルートの部屋で、庶民には手の届きそうにない、いい香りのフルーツティーを一緒に味わっている。
「少しだけなんですが、自信が持てるようになったんです」
ベアトリスは恥ずかしそうに小さな声で言った。
「私と話をしてできなかったことができるようになったとか、目の前が晴れたような気持ちになったとか、うれしい報告がたくさん来るようになりました。私が皆さんのお役に立てているって実感できるようになってから、不必要に怖がらなくてもいいんじゃないかって思えるようになって・・・」
「よかったですね。最初のお会いした時にはリスみたいにおびえていらしたから、大丈夫かしらって心配しましたけれど、今はその道のプロっていう感じになってきたようですよ」
「そうそう! リス! リスだった!」
コーエンさん、繰り返さなくても結構です。トリシャさんのいい話が台無しになります。
「それにしても、オトヴァルト宝石商の売り上げにも、相当貢献しているんじゃないかしら? ちゃんとお父様に歩合か何かで貢献分をいただいているの?」
「それに関しては、少しだけ。指針の魔女様の所にいた時には魔女様の分と2人分の生活費を出していただいていましたから、その分を差し引いてもっています」
「全額もらってもいいと思うのだけど・・・欲がないわね」
「ふふふ・・・」
そういえば、とアデルトルートが思い出したように言った。
「ラウ兄様、イヤーカフを毎日肌身離さずつけているわよ。最近は少しずつ仕事も始めているから、治療に来た若い娘さんたちにも会うでしょう? そうすると、帰りに『同じものがほしい!』ってねだられていることもあるわ」
ベアトリスはちょっとだけ胸がモヤモヤする。でも、ラウズール様は素敵な方だ。そろそろ神殿が決めた相手と結婚する年齢だろうが、結婚しても人気は衰えないだろう。ラウズールのためにデザインしたイヤーカフは、ラウズールの名の瑠璃、つまりラピスラズリを縦長にカットした石を金のベースにはめ込み、それを2つ、耳の下で揺れるようにデザインをしている。あのデザインならば男性でも女性でも身につけられるし、ピアスにしても重さは調整できる。コピー商品が今後出回るのだろう。
「オトヴァルト宝石商に発注してもらえるといいんですけどね」
「手芸店で、自作する人もいるものね」
豊穣の巫女としての大きな仕事は、秋までないという。その間しっかり体を休めて力をためておく必要があるのだという。秋は収穫の時期だが、嵐の時期でもある。天気の先読みの巫女と、秋は神経を使う日々が待っている。夏の間は、長い休息期間であるようだ。
「あ、ラウ兄様が、帰りに治療棟の方に顔を出してほしいって言っていたわ。お願いね」
アデルトルートに言われて思い出した。リュメルの騒ぎの時にラウズールに助けてもらったのに、ベアトリスは手紙ではお礼をしても、直接ラウズールにお礼を言えていなかったのだ。
「この後すぐ伺いますね」
神殿内にも大分慣れたが、外部の人間が自由に歩いていいい場所ではない。ベアトリスはコーエンが呼んだ案内役の神官と共に、治療棟へ向かった。
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