2-3 これは母性愛なのか
よろしくお願いいたします。
あれからベアトリスは、心の底から信頼し合えるアデルトルートたち3人の仲の良さを羨ましく思う気持ち以上に、1人でいるラウズールのことが心配でならなかった。いくら心配しても神殿に行って確認する訳にはいかないし、そもそもほとんど面識のない相手だ。先日倒れた時など、ベアトリスの顔などはっきり認識していないはずだ。
アデルトルートに友だちと言われたことは、確かにうれしかった。だが、ベアトリスがアデルトルートのことを友だちだと思えるかと言われれば、まだそこまでの関係ではないと思う。他に友だちなんていない。顔見知り、知り合いが少々いるくらいだ。ラウズールのことにしたって自分から見たら顔見知りだが、ラウズールがそう思っているとは到底思えない。
円滑な人間関係が難しい理由の1つに、「お互いの距離感が同じとは限らない」ことがある、と「指針の魔女」は教えてくれた。ベアトリスはつくづく思う。リュメルのことだってそうだ。こちらはすっかり相手のことなど忘れていて、今回たまたま縁談の相手として候補に挙がった程度の認識だったのに、あれほどの拒否感を示した。母がぐいぐい近づこうとするのも、自分にとっては暑苦しいと思うこと度々である。「指針の魔女」は、この距離感の違いが、パーソナルスペースの範囲によるものだと言っていた。パーソナルスペース、つまり「自分の陣地」が広いほど、近づこうとする相手を遠いところで排除しなければならない。逆にそこスペースが狭ければ、近づかれても気にならない。パーソナルスペースが広い人間は、そうしなければ自分を守れないと思うような環境にいたのかもしれない。あるいは、閉じられた人間関係の中でぬるま湯に浸かるように生活していたことで、他者の干渉を嫌う傾向をもつようになったのかもしれない。後天的な環境要因だけではなく、先天的にあるいは魂のレベルでそれを選んでいるのかもしれないよ、と「指針の魔女」が言っていたことを思い出す。
思い返していると、ラウズールはパーソナルスペースの範囲が広い人なのか、狭い人なのか、分からなくなってきた。パーソナルスペースの範囲が広い人であれば、自ら一人でいることを選びたがるし、他の人に相談することが難しいのではないか。逆にパーソナルスペースの範囲が狭い人であれば、二人一組で行うはずの治癒を一人でこなさねばならない重圧と不安に苛まれているのかもしれない。いずれにしても、カラーセラピーを受けたいとは言い出さないだろう。女性受けしやすいカラーセラピーだが、男性からは胡散臭そうな目で見られることも多い。
なぜこんなにラウズールのことが気になるんだろう。
ベアトリスは、カラーボトルを見た。カラーボトルを見る時は、じっくり考えてはいけない。直感的に「これ」という色を選ばないと、思考が邪魔をして本当の気持ちが隠れてしまう。
「朱色か」
朱色と言っても、赤に近いいろではなく、珊瑚のようなコーラルピンクである。この色にも複数の意味があるが、今の自分の心に素直に響く言葉を探してみる。
「『報われない愛』・・・これはないわね。だって恋愛沙汰ではないもの。あ、でもお母さんの私に対する愛って、これかも」
思いのほか自分が母に対して失礼なことをしているのだと再認識させられる。
「『依存』・・・ラウズール様が助けてって言い出しにくい人だったら、私に似ていると思ってしまっているのかしら」
もし知り合いになれたとしても、共依存の関係にならないように注意する必要があるかもしれない。
「『傷つく』・・・ラウズール様が傷ついているのか、傷ついているなら何に傷ついているのか私が知りたいと思っているってこと?」
職業病的なものなのか。それとも、純粋にラウズールという人間のことを知りたいと思っているのか?ゴシップネタを追いかけるような気持ちではないけれども、今の距離感でラウズール様のことを知りたいと思うのは変な気がする。
「『母性愛』・・・倒れていたラウズール様に母性本能が刺激された? え?」
ますます混乱した。これ以上セルフセラピーをしても駄目かもしれない。セルフセラピーは、いつまで経ってもうまくいかない。やはり思考が無意識に本心を見せまいと邪魔をするのだろう。
今日はもう、辞めた。寝てリセットしよう。
ベアトリスはラベンダーのサシェを枕の下に乱雑に突っ込んだ。これで今日は眠れるはずだ。
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