1-1 何となく、居場所がない
初投稿です。よろしくお願いいたします。
キラキラと輝く小さな石や砂の入ったボトルを太陽にかざすと、一色だけになった世界に包み込まれたような、あるいは教会のステンドグラスの光を受けているような、そんな気持ちになる。ベアトリスは、気になって取り上げた藍色のボトルを、もう一度じっくりと見つめる。
「大丈夫、私は私」
藍色のボトルは、素材の性質から言えば光に透けない。とはいえ、細かい砂の部分と小石の部分の境目を通り抜けた小さな藍色の光は、目に優しい。
ベアトリスは、ふっと大きく深呼吸してボトルを机の上のボトルケースに戻すと、家族に朝の挨拶をしようと自分の部屋から出て行った。
ベアトリスは、富裕な庶民オトヴァルト宝石商の次女としてこの世に生を受けた。両親はベアトリスをかわいがり、何不自由のない生活をさせた。しかし、ベアトリスは、3歳年上の姉のように明るい子どもではなかった。
「おいしいお菓子があるわよ!」
母がそういえば、姉のレルヒェは笑顔でお菓子を食べ、
「美味しいわね!」
「これはどこのお店のものなの?」
などという会話が母娘の間でかわされていく。
だが、ベアトリスは、まずお菓子に手にを出さない。
「さあ、おいしいから、ビーも召し上がれ!」
と母に言われても、ベアトリスはどうしても手が出せないのだ。それならばと手に持たせれば、
「これは私なんかが食べていいものじゃない」
と言って席を立ってしまう。
誰かにいじめられたわけでも、叱責されたわけでもない。経済的に恵まれた環境にあることを、そうではない子どもに罵られたわけでもない。本人にも理由が全く分からないのだが、ベアトリスは5歳の時には、既に暗く鬱屈したものを心に抱えてしまっていたのだ。簡単に言えば、根拠のない自己肯定感0に基づく家族(いや、対人関係)の拒絶、である。
1歳の時、定められた神殿での能力判定を受けたが、特別な能力がなく、親元で育つことが許された。親は子どもを召し上げられることなく、家族で生活できることを喜んでいた。能力者と判定されれば、その場で子どもはその能力を将来国のために使うために、国に召し上げられてしまう。能力持ちの子が生まれれば、召し上げと同時に報奨金(能力者を生んだことに対するご褒美として)をいただける。慎ましく生きれば20年分ほどの金額になるのだから、貧しい親などは喜んで手放すのだが、名誉なことだと分かっていても、ベアトリスの親は自分の娘が能力持ちでないことに喜んでいたのだ。
家族で暮らせる喜びの中にいた家族だからこそ、ベアトリスの、家族に対する原因不明の拒絶はひどくつらいものだった。親戚筋や近所にも、姉と必要以上に比較をしているのではないかとか、実は虐待をしているのではないか、などと面と向かって言われるようになると、このままではベアトリス自身にも良くないのではないかと考えるようになった。
困り果てた親は、ベアトリスが10歳になった時、思い切って魔女に娘を託した。魔女は、魔法が使える訳ではない。そもそもこの世界には魔法という概念がないので、魔法がないというと少し違うと言われるかもしれない。能力持ちは、先天的に特殊な「力」を持っている人ということだが、何か唱えるとか術を使って何かするとか、そういうものではない。一方魔女は、後天的に得た「知識」で人々の役に立つ存在である。ハーブの知識を利用して人々の生活環境を整えたり医療行為をしたりする「薬の魔女」や、この先の天気を古来からの記録に基づいて予測し、人々の行動や農業に役立てる「空の魔女」など、様々な魔女がいる。
ベアトリスの親が頼ったのは「指針の魔女」だった。「指針の魔女」は、悩み事や困り事を聞いて、その解決策を見いだす手伝いをする魔女で、その手段は魔女ごとに異なっている。ベアトリスの親は、この先ベアトリスにどう対処すべきか相談に行ったのだが、そこでの話から、ベアトリスの生活環境を大きく変えることの必要性に気づいたのだ。
ベアトリスの親は、渋る指針の魔女に頼み込み、指針の魔女とベアトリスの生活に必要な経済的支援をすること、指針の魔女がベアトリスに必要だと考えたことは全て行うことを確約し、ベアトリスを預けたのだ。
「ビー、お前が自分らしく生きられるようにするために、指針の魔女様の所でいろいろ学んでくるといい」
「ビーがつらくなったり、さみしくなったりしたら、いつでも帰ってきていいのよ」
親の言葉を聞いても、ベアトリスは親に対して申し訳ないとか、会えなくなるのがつらいとか、捨てられるのだろうかとか、考えることができなかった。ただ、自分が厄介払いされたのだろう、もうじきレルヒェの縁組みの準備が始まる中で、自分の存在がレルヒェの邪魔にならないようにしたいのだろう、としか思えなかった。
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