VS勇者
勇者の鋭い剣戟が舞う。
飛行魔法を少しだけ使えるようになった俺は、空中でも動くことが出来るようになったので、それを使うことで前より僅かばかりそれを避けることが容易になったが、それでもギリギリの戦いになっていた。
どうやら赤髪の男、名はシュンと言うらしく、彼は武闘家らしい。
その拳による一撃一つ一つが必殺の威力を誇っており、木々に偶に当たると気がバキィ! と音を立てて穴を開けた。なんか、明らかに拳が当たらない距離なのに木に穴開いたりするので、多分ズームパンチの使い手だ。
毒魔法で周囲に動きが鈍くなる毒の霧を撒き散らす。
紫で視界が悪くなるが、第六感とでも言えばいいのか、俺にはあまり問題がないどころか、周りの様子が手に取るように分かる。
「大丈夫です! 『浄化』を掛け続けます!」
シスター、サリーの声が聞こえたと共に、後ろからはアルスの剣、前からはシュンの拳が俺目掛けて飛んでくる。
それを皮一枚で回避、二人のガラ空きにボディになんちゃって回し蹴りを叩きこむ…が、致命傷にはならず。
毒の霧を吸っている筈なのに、まるで動きが鈍らない。
やはり、毒はシスターの魔法か何かによって無効化されているようだ。
「ぐっ…」
しかしながら致命傷とまでは至らずとも、俺の蹴りはなかなかに効いたらしく、二人とも少し腹を擦っている。
「だ、大丈夫ですか? すぐヒールを…」
「いや、サリーは浄化の為の魔力を残しておいてくれ。マリア、ポーションを」
「ええ、どうぞ」
魔法使いが杖を振ったかと思うと、アルスにシュン、二人の手に、丸型フラスコに入ったよくわからんドリンクみたいなのが現れた。
ポーションと言う名から推測するに、回復薬だろう。
回復は阻止しないと。
「おっと、バリアー」
勇者達の元へ走っていこうとするが、魔法使いマリアが杖を振り、バリアと呟くと、空間に壁のようなものが現れ行く手を阻む。
「このままじゃジリ貧だな…」
少し考えた後。
「勇者って、殺しても生き返るんだよな…」
悪魔的発想が自分の中で渦を巻いた。
「へいへいお兄さん、アルスたちがポーション飲んでる間は通さないよ」
そう言いながら、杖を二回三回と振り回す魔法使いマリア。
途端、足元が爆発、なんとか飛行魔法で回避できたが…。
「おお、飛ぶねー。じゃあこれは? ファイアハリケーン」
再び杖が振られ、炎の竜巻が辺りを襲う。
「うわ、山だぞここ…毒魔法」
体中から毒液を撒き散らし、木々に燃え移った炎を鎮火。
自分の体から出す毒液や霧の量に制限はないらしい。
いざとなったら自分一人で津波も起こせるんじゃないかと感じる今日この頃。
いつの間にか、空を飛んだマリアが俺と同じ高さまで来ていた。
「…お兄さん、アルスを一人で倒したんだって? すごいねー。それで…一体何者なのかな?」
おちゃらけたようで、その目は嘘を許さないと言ったようにこちらを見据える。
「俺は魔王軍参謀、それ以上でも以下でもない…強いて言うなら凄い遠くから来たってだけだ」
「へえ~、意外とお話にはノッてくれるんだ」
「そちらのアルスもさっきは完璧なツッコミだったからな…」
「ふーん、よく分かんない」
会話を続けながらも彼女は杖を振り回し、氷や雷が俺を襲う。
「すまないマリア! 今助太刀に入る!」
それらをいなし続けていると、どうやらポーションを飲み終わったらしいアルスとシュンが戻って来た。
「そうだアルス。一つ聞きたいことがあるんだが」
「どうした? 勝ち目がないと分かって降参する気になったのか? それなら金輪際僕たちの邪魔をしないと言うならもう危害は加えないし、なんなら仲間になってくれてもいい」
「いや、勝手に話進めないで…それに違うし」
「? それは?」
「勇者って、死んでも生き返るんだよな?」
「ああ。何を当たり前のことを。勇者の紋章、はい、これ」
と言いながら、左手の甲に描かれた文様をこちらに見せてくるアルス。
「そして、神から聖なる魔力と勇者の紋章を授かった者は邪神を滅ぼすその瞬間まで神の加護を受け続けるんだ。…伝承だから邪神を滅ぼすとかはよく解明されてないけど…」
「それでさ」
アルス、シュン、マリア、サリーの四人を見渡し、全員左手の甲に文様が描かれているのを確認。
「ここに居る奴、全員勇者の紋章持ってるな?」
突如、自分を恐ろしい程の悪寒が襲うのが分かった。
手に構えた剣を持つ手が震える。
初めて目の前の彼と出会った時は驚愕の連続であった。
人間であるというのに、魔族、しかも魔王を勇者である自分から庇うという行動。
そして、王国でも一番の実力を誇る自分の攻撃が一切当たらず、また不思議な魔法で自分を行動不能にした。
その後、魔王の側近たちが彼を襲ったようだが、そこから先は死んでしまった為詳しくは知らない。
そして、その次の日には傷一つない状態でまたこうして自分達と対峙している。
彼の言動、行動には魔王に対する忠誠心がお世辞にも強いとは言えず、また特に人間に復讐したいというような欲求も感じられない。どっちつかずと言った感じなのだ。
なんの野心も無さそうで、また誰も殺さない程の心意気を持ち…僕は彼が完全なる悪ではないと言うことを心の底から理解し、信じていた。
そんな彼の強さは厄介でもあり、それでいてもし彼が魔王ではなく、こちらに着いて来てくれたらと…考えると、頼もしくもあり。
だからこそ。目の前から漏れ出る確実で明確なる殺気。
先ほどまでの雰囲気とは違うその眼光に恐れを抱いたのだ。
西の魔王と対峙しても。西の魔王の領域で隠密行動をしていた時も。魔物たちのスタンビードを止めた時でさえもこのような震えは感じなかった。
「皆、逃げ…」
彼の体中から、紫色の触手のようなモノが数十本に及んでうねり、周囲を襲う。
紫色の触手から漏れ出す死の瘴気の色は濃く、液体や霧がその触手からは常に分泌されていることが伺える。
「きゃあ――」
サリーが数本の触手に襲われる。
「任せろ! サリーは俺の回復を!」
それをショウが魔力を身に纏い、強化された肉体によって弾き飛ばそうとする。
「待て! 一寸たりともその触手に触れてはいけない!」
僕の制止も虚しく、彼が拳で触手を弾き飛ばした―――瞬間。
彼の体が急速に変色し始め、体中から泡をボコボコと流しながらその場に倒れる。
「…へ? しゅん、さん?」
サリーが浄化を掛けるが、既に手遅れだ。
即死。形容するならそうであろう。回復も間に合わない、正真正銘の即死である。
逆らえない、絶対的な結末。
彼はまだ…本気を出していなかったのだ。
死んでも生き返れるという祝福を持つことで辛うじて彼らはその恐怖を前に、その両足で立っていることが出来た。
空気が震え、瘴気はより濃くなっていく。
「毒魔法、触手・毒化粧」
毒魔法は毒を液体、気体、個体のどれかで放出することが出来る魔法だ。
個体と液体、そして気体の三種類を同時に放つと、触手のようになる。また、それらは四天王との戦いでビームのように射出した毒液の要領で動かすことが出来る。
俺の思うが儘に動くそれら。
別にそれだけならただの触手だ。
しかしながら、それらが纏うのは正真正銘、必殺の毒である。
イメージするのは『即死』ただそれのみ。
浄化で俺の毒が掻き消される以上、浄化される前に息の根を止めてしまえばと考えた。
どうしても厄介すぎた勇者達を仕留める為の苦肉の策である。
生き返るとはいえ、殺してしまうのは心苦しい。俺の毒で体中変色して変死してるのグロすぎるし。
「あ、あんた…! ファイアボール!」
触手を体中から伸ばす俺に対し、マリアが杖を振り、炎の玉を数発飛ばしてくる。
それを触手を振るって掻き消す。
それと同時に、毒液が飛び散り、周囲を汚す。毒霧は更に濃さを深め、俺の周囲一帯はもう先一メートルも見えないくらいに色が濃くなっている。
「マリア! サリー! 一度撤退しよう! ここはアレを起動するしかない!」
とアルスが叫んでいるのがこの深い霧の中からでも何故か見える。
「もう最終手段を使うの?」
「ああ。彼の力は未知数…いや、少なくとも今の僕たちでは勝てない」
「…分かったわ」
アルスやマリアがサリーを連れこちらに魔法を飛ばしてくるが、それらを触手が掃う。
攻撃を触手で防ぎながら、触手を蠢かせ、移動する。
通る道に不浄の死気が撒き散らされていく。
そろそろ追いつけそうだな…。
「…ここは僕がなんとしても引き留める。二人とも、魔法陣の起動を頼む」
「…分かったわ」
何かを話したのち、アルスが途中で振り返り、こちらに武器を構えた。
毒を無効化してくるシスターが遠くに行ったから、もう『即死』は使わなくてもいいか。
体から漏れ出す毒霧は色の薄いものへと変わり、触手はヘドロのような毒液に変化しその場に滴り落ちた。
「…さっきのは一体なんなんだい?」
「触れたら即死する毒。今纏っているのも触れたら死にはしないけどまともに動くことは叶わないくらいの猛毒かな。それで…」
「…なんだい?」
「生き返ったらあの武闘家のシュンにすまなかったと伝えてくれ。お前達だって、死ぬのが快感に変わる変態ではないだろう? …アルスは分かんないけど」
「普通に死ぬのは嫌だけど!? 人を変態呼ばわりするんじゃない!」
そう二人で会話を交わすと、途端にアルスが笑い始める。
「ははは…分かったよ。伝えておく。…本当に、どうして君と戦わなくちゃいけないのか僕には分からないよ…」
「同感だな。もう魔王討伐なんて諦めてくれたら早いのに」
「いいや、僕にはどうしてもやり遂げなくちゃいけないことがあるんだ」
「…復讐とか?」
「よくわかったね…。…やっぱり、君は平和の為に僕と来るべきじゃないかな」
「生憎、変態と一緒に行動する趣味はなくてな。それに、ウチの魔王は見た感じ悪い魔王じゃないぞ」
「人…いや、魔族でさえも。見た目に限らず恐ろしい悪魔は居るんだよ」
どこか遠い目をするアルス。
「…そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
「魔王軍参謀、ハイパーゴッド」
「そんな偽名には騙されないよ」
「…リュウヤ」
ダメか。
「リュウヤ。ね、確かに覚えたよ」
と、会話の途中、何かゾワっとした感覚が勇者の遥か向こうの方から感じられた。
「これは?」
「早く逃げた方がいい。昨日から巨大な魔法陣を描いていたんだ。この山を吹き飛ばすくらいの威力のね。だから、死にたくないならこの場を離れるんだ」
「マジか…!」
「ここ付近に村があるみたいだけど、そこも飲み込んじゃうかもしれないから、村の更に向こう側へ逃げたら助かるはずだ」
上を見ると、太陽が落ちてくる。
恐ろしく巨大な火の玉が山一帯を飲み込まんと確実にその高度を下げている途中であった。
急いで砦へと戻る。
自分に何か出来ることは、何かあるだろう。
砦の人たちが。村が。
それはダメだ。まだあのスープだって食べてないんだし、何より皆が皆勇者の紋章を持っている訳じゃない。死んでしまったらお終いだ。
図書館の本でも読めば、アレを無効化する魔法でも載っているかもしれない。
僅かなる希望に賭け、飛行魔法で砦まで飛んでいく。
「アレを止めたら英雄、だね。魔族の、だけど」
そう呟き、勇者アルスはマリアとサリーの走っていった方向へと踵を返していった。