蹂躙
外の様子を見ると、明らかにこっちに走ってきている騎士たちの姿が見えたので、流石にこれはやっていいのではないかと思ったので覚えたての飛行魔法の練習がてら近くまで行ってみることに。
「飛行魔法ってどれだけ早く飛べるんだろうか」
単純なる疑問から、自分が爆速で空を飛んでいる姿をイメージするとおおおおおおおおおお!?
「ヴぇええ」
ちょっと速すぎるウウウウ!!!
「アルス様! 敵陣から、人が一人飛んできます! どうなさいますか!?」
「人が?」
黄金の頭髪に切れ目の青年。
背中には聖剣エクスカリバーを携えた彼。
オルフェウル王国の勇者、アルスはこの戦いでの指揮を務めていた。
「は、はい! 魔族が人間に化けているような様子はなく…ってアルス様!?」
そんな彼は、騎士の言葉を聞くなり仮設したテントから出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっとアルス様、どこに行くんですか…」
「今すぐに僕の仲間を集めろ! アイツはヤバい!」
「なっ…? まさかあの謎の魔法を操る…?」
アルスは騎士の言葉を最後まで聞くことなく、戦場へと駆けだしていった。
「止まれ止まれトマレ…」
なんとか止まることに成功した…が、止まった所は丁度敵本陣のド真ん中。
たくさんの騎士がこちらを見ている。
「き、貴様、何者だ?」
「あーえーっと…俺実は魔王軍参謀なんだよね。昨日着任して…それで…」
未だとんでもない速さで飛んだせいで心臓がバクバク鳴っているが、それを押し殺すように周囲を見渡して、
「今から戦うんだけど、殺しはしないつもりなんで安心してくれ」
宣言した瞬間、体中から神経毒を噴霧。
周囲がどんどん薄いピンクのような紫色に支配されていく。
「な、なんだこ…れ、は」
「逃げ…」
「吸うな! あれは毒ガスだ!」
騎士は対応が早く、すぐさま俺とは逆方向に距離を取り始めた。
が、
「逃がさないぜ」
体中から神経毒を出しながら、一歩一歩と彼らの方へ近づいていく。
あまりの蹂躙っぷりに自分でもドン引き。
…なんか生物兵器みたいだな俺。
「う、うわああ!」
「逃げろ!!!」
ついには剣を構えながら、じりじりと後退していたのが、いつの間にか背中を向けて走って逃げてしまっていた。
「…うーん。倒れてる人達どうしよ」
辺りには数十人程の死屍累々。死んでないけど。
一瞬考えた後、
「解毒して自分で帰ってもらうか!」
そう決めるが早いや、近くの人に近づき、
「今から動けるようにするから自分で帰ってね」
と言いながら、解毒液をぶっかける。
「ひ、ひいいいいいいいいい!」
体が動くと分かるや、情けない声を上げながら、生まれたての小鹿のようにプルプルした足で走ってその場を後にしてしまった。
「えーっと、あと一二三四…たくさんか」
これをあと何度もやるのか…。
骨が折れそうだな~と考えていた矢先。
「待て! 彼らに手を出すな!」
つい昨日聞いたばかりの声。
少しばかり懐かしい気になりながら、後ろを振り返り彼の名を呼ぶ!
「生きてたのか! 幼女趣味の性犯罪者!」
「違う! 僕は勇者アルス! 決して倫理に外れるような特殊な趣味嗜好はしていない!」
「フフッ…すまん勇者アルス」
思ってたよりノリがよかった。
これはマジで「立場が違えば、僕たちは最高の仲間になっていたかもしれないのにね」…だ。
「え゛…そうなのアルス?」
「はわわ…アルスさん、私なんかでよければいつでも懺悔を聞いてあげますよ…?」
「お前、いつかは何かやらかすんじゃないかと思ってたけど、それは流石に傑作だ!」
「だから違うって! 彼が妄言癖なだけだ!」
はあー!? 誰がクスリキメてるって!?
そんな失礼なことを言ったアルスの周りには、いろんな人が居た。
濃い青髪をショートにした魔法使いみたいな少女と、頭から被った半透明の布から亜麻色の髪の毛が見えるシスターのような少女、俺や勇者アルスより少し年上そうな赤髪の男。
そんな彼らからは、四天王達に匹敵する嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
「…ともかく、そこにいる人達から離れるんだ」
「別にいいけど…俺が解毒しないとこの人たち動けないよ?」
「ふっふっふ、それについては無問題だ。サリー、お願いだ!」
「わかりました!」
シスターの手が光ったかと思うと、周りで倒れていた人達の体が光に包まれる。
直後。
「いててて…」
「う、動けるぞ!?」
「聖女様の力だ!」
と口々に何かを言いながら騎士達が立ち上がっていく。
まさか、浄化魔法的なヤツか!?
毒を即座に無効化するとは、完全に俺の天敵じゃねえか。
「君たちは下がっているんだ! ここは僕たちが引き受ける!」
アルスがそう騎士達に告げ、俺に剣を向ける。
魔法使いも杖を構え、赤髪の男は素手でファイティングポーズを取った。
その間に、騎士達は背を向けて逃げて行った。
「ゲー…アルス、お前一人じゃ勝てないからって仲間連れてくるなよ…」
「確かに僕の力だけでは君には届かないかもしれない。でも人間は助け合って生きているんだ! 僕が皆から力を借りて、僕が皆の為に力を貸す。それが当たり前のサイクルなんだ」
「ぐぅ…」
あまりの正論にぐうの音も出ない。悔しかったのでぐぅ…と声に出す。
「昨日は負けたが、今日は負けない! 皆、行くぞ!」
その剣を中段に構え、アルスと赤髪が一気に距離を詰めてきた。