巨大火球
砦に戻ると、いきなり上空で巨大な氷の膜が空を覆う。
砦の屋上で、クレアが手を上に翳している。
それに伴って、彼女の掌から何か光の粒のようなモノが上の氷の膜へと流れていくのも感知した。あれが魔力かな?
しかしながら、彼女の表情は苦悶に満ちたモノで、無理をしてそうなのが見て取れる。
「クレア」
「…ビックリさせないで」
近くまで飛んで、彼女に声を掛ける。
「俺はどうしたらいい?」
「私のと同じくらいの規模の魔法を使って」
と言われたが…分かんねえわ。俺にあるのは毒を生み出す毒魔法のみ。
結局毒なんて生物にしか効かないので…。
「いや…生憎だが無理だ」
「そんなに魔力を持っているのに?」
「すまない」
一応謝るが、俺は魔法なんてものに産まれてこの方触ったことがないし、毒魔法を除けば飛行魔法が初めて触る魔法なんだ。慣れてないのも許してほしい。
「…そういえばさっき飛行魔法を使ってたけど…」
「あれはなんか頑張ったら出来た」
「…嘘」
驚いてる様子。
「それくらいの魔法の才能があれば、大規模の魔法だって出来る筈」
「そうかなあ?」
まあ、何事も出来ると思い込むと案外なんとかなるものであるので、自分も氷の壁を上空に作っている所をイメージする。
途端。
「…!」
「うお…」
自分の体から光の粒が上の方へ昇っていくと共に、メキメキと氷の層が二倍三倍に厚くなる。
出来た! は良いが…
「氷って炎と相性悪くない?」
「…」
「…」
「…頑張る」
と言いながら、更に苦悶の表情に顔を歪ませ、彼女は光の粒を上空に送り続ける。
「もういい。苦しいんじゃないか? 俺が代わりにやるさ」
と彼女の肩に手を置いて、もう片方の手を上へ向ける。
俺は魔力が多いらしいから、そのありったけを籠めるようなイメージ。
やがて、氷の壁は最初の五倍程の厚さを帯びていた。
そして、衝突。
大地を焦がす太陽が、それを拒絶する氷の壁と接触。
巨大な魔法どうしがぶつかり合う衝撃の余波がこちらにも伝わってくる。
少しずつ、少しずつではあるが火球は勢いを弱め、小さくなっていく。
と同時に、こちらの氷の壁も少なくない損害を受けている。
「こ、れは…」
負けないように、ありったけの魔力を氷の壁にぶち込んでやる。
が…。
火球が元のサイズの三分の一程度になったところで、氷の壁が完全に壊れ、突破された。
これじゃあ近くの村? は飲み込まないと思うが…。
「砦が…」
クレアの言う通り。砦は飲み込まれるだろう。
かと言って、もう一度氷の壁を展開する程の力が自分にないのが本能的に分かる。
もう限界なのか…と絶望した表情で空を見上げるクレア。
それを見てなんともやるせない気持に陥ると共に、右腕から紫色の霧が溢れ出る。
…どうやら俺の毒魔法にはまだまだ余力があるらしい。
「…俺に任せてくれ」
彼女にそう告げると共に、飛行魔法で空へと飛びあがる。
ほとんど魔力の入らないそれは少しよろよろとしたモノになってしまうが、確実に火球へと近づいていく。
「毒魔法」
両手を広げ、創造するはありったけの毒液の濁流。
人間兵器である俺が、あの火球に津波をぶつけようという算段だ。
紫色の濁流が、自分の体からどんどん零れ落ちていく。
もっと、もっとだ。まだ足りない。
どうやら俺の毒魔法は魔力とは別の何かを原動力にして働いているらしく、魔力は尽きたと言うのにその洪水は留まることを知らない。
それらが体の周りで形を成し、いつしか火球を飲み込む程の巨大な球体に変化していた。
これなら…飲み込める。
毒球を迫りくる火球に向かって放つ。
火球の温度が思ったより高かったらしく、火球に近づくにつれ毒液が蒸発し、だんだんと球体は歪な形に変化していく…が、完全にそれを消し去ることはできない。
ついに、紫色の球体が、火球を完全に飲み込み、次の瞬間、紫の雨が降ると同時に、火球は跡形もなく消えていた。
「…なんとかなった…」
紫の雨に打たれながら、なんとか砦の屋上にへたり込む。
クレアもそれに打たれるが、今回の毒は特に何にも考えずに出したモノなのでまあ被害はないだろう。
あっても解毒すればいいし。
「「うおおおおおおおおお!」」
砦の窓からは、そんな声が聞こえてくる。
どうやら讃えてくれているようだ。ここを守り通せてよかったな。
「…ありがとう。私一人じゃどうにもならなかった」
そんな俺に近づいて、クレアがそう言葉を投げかけてくる。
「…貴方は凄いね」
そう呟いた後、彼女は砦の中へと入っていった。
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