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浮遊の想い

作者: 羽村奈留

空想科学祭2009企画の投稿最終日に間に合わず、選外となりました。

それでもよかったらお読み下さいませ。

 二〇〇九年に土星の周りで新たな輪が見つかった。広範囲に広がる輪は赤外線でしか確認する事ができないが、もし肉眼で見る事ができたら、満月の二倍の大きさで見えるらしい。

 現在は、輪なのか、円状のガス雲なのか、学者の間で論議されている。

 西暦三〇〇〇年。人類の宇宙開拓は太陽系の外にまで及んだ。

 天文学者たちは、当然の如くコロニーで暮らし、競うようにして自ら宇宙船で出向き、必要ならば危険を顧みず星に降り立ち、研究した星やガス雲の論文を学会へ提出していた。輪かガス雲か論議している二〇〇九年とは、えらい違いだ。

 折敷瀬晴信(おりしきせはるのぶ)も天文学博士の一人だった。年は三十代。髪型はショートだが、現在はシャンプー以外の手入れはしていないのでボサボサになっている。顔は寝起きと入浴時に洗っているものの無精ヒゲが生えて、口の周りや頬に苔が生えているように見える。

 というのも、晴信は天文学博士でありながらアシスタントや宇宙船の操縦士とは一緒に搭乗しておらず、衣食住が可能な宇宙船に独りで搭乗していた。

 西暦三〇〇〇年ともなれば、宇宙の一人旅というのは上流階級の優雅な娯楽の一つなのだが、あろう事か折敷瀬晴信は宇宙船の操縦免許を持っていなかった。持ち忘れたのではない。元から取得していないのだ。

 現在の宇宙船は、発達した人工知能によりオート運転となっている。

 晴信は衣服を脱いで船内を裸で浮遊する。独りだけなので、恥らう必要も、隠す必要もない。時折壁に手をついてバランスをとりながら船内を浮遊して進んで行く。行く先はシャワールームだ。

 シャワールームに入ると、晴信は柱にあるボタンを押した。蛇口から水が出るが、シャボン玉のように大きく膨らんでいく。晴信は大きく膨らんだ水を頭に宛がって髪や顔を濡らしてから、次に体を濡らした。別のボタンを押して、ボディ用の洗剤で頭から顔、そして体を洗う。洗い終わると、また蛇口から水を出して全身に宛がう。だが、無重力空間では水が体に纏わりついて綺麗に濯ぐ事ができない。最後に必要になるのがバキュームである。足元にあるバキュームのホースを伸ばして、体にある水分を綺麗に吸い取るのだ。濯ぎと吸い取りを何回か繰り返し行って、体の垢落としは終了する。シャワールームから出てからは、バスタオルでまだ体についている水気を綺麗に拭えば、地球にいた時と同じ入浴後になるのだ。晴信が出たシャワールームは自動で洗浄される。

 次に口の周りや頬にあるヒゲを剃る。至って簡単。バキュームのある髭剃器りで剃り取ってしまえば、無重力空間に毛が飛び散って浮遊する事はない。

 こうして現れた晴信の顔は、無表情だった。手で頭髪を書き上げた瞬間、なんとなく新撰組の土方に似てる。飽く迄もなんとなくだが。

 晴信は、一通りの全身の手入れを終えると、また裸で浮遊して移動した。今度は壁にあるクローゼットを開ける。

 中には、下着や衣類のほかに宇宙服が入っている。

 晴信は、下着・衣類を着てから、宇宙服で全身を包んだ。宇宙用のヘルメットを持って出入り口であるハッチに向う。

 ハッチにたどり着くためには、三つの小部屋を通り抜けなければならない。船内の住居空間を宇宙の真空から守るためだ。

 小部屋に入ったら、かならず入ってきたドアを封鎖してから次の小部屋へ移動する。そうしてハッチにたどり着いた時は、ハッチがある船内の空間は宇宙と同じ真空になっていた。

 ハッチを空けて船外へ出る。

 外は、どこを見ても星が瞬いている。

 その宇宙空間を、晴信は命綱無しで移動する。

 晴信がいる宇宙空間は、エッジワース・カイパーベルト帯。太陽系を被っている塵や小惑星が集まっている空間だ。

 晴信は、エッジワース・カイパーベルトを調べに来たのだろうか。

 いいや、違う。

 晴信の目的は、視線の先にあるもの。

 それは巨大な白い球体だった。白い球体は四面体のバリアで囲まれていた。

 晴信の肉弾でも確認できるバリアの色は半透明のピンクだが、シャボン玉のように表面の色が動いて虹彩ができたり消えたりしている。

 当然バリアには触れず、できるだけ近づくと晴信は通信機で呼びかけた。

「言われた座標に到着したが?」

 待ち時間無しで返事が聞こえた。

「こちらでも確認した。今、迎えを出したところだ」

 低音の中年男性の声が返ってきた。

 迎えとは、命綱のようだ。白い球体からにゅるにゅると命綱が伸びてきた。

 晴信は、苦笑した。

「なんとも古い……。今の俺たちでも、命綱の出迎えはしないのに」

 言いながら、命綱に掴まると、命綱は縮み始めた。晴信は白い球体に近づいていく。

 四面体のバリアは、晴信が通った所だけ一時的に消えた。

 晴信はどんどん白い球体に引き寄せられ、白い球体は表面に穴を開けて晴信を迎え入れ、いわゆる白い球体の搭乗口に最終的に足をつけた。白い球体の中は重力があるようだ。

 遠くから見た白い球体は、表面には何も無いように見えたが、近くで見ると、窓や柱、また別の搭乗口が見える。

 そして近くの窓から見える生命体、それは晴信もよく知っているカタツムリだった。

 どの窓にも、様々な貝殻を背負ったカタツムリが張り付いていて、待ち針のように伸びた左右の眼は、晴信を凝視しているように見える。左右の眼の下から伸びた触手で食物を持って、かじったり飲んだりしているカタツムリもいる。

 晴信は、かたちむりたちから視線を浴びて苦笑した。

「話には聞いていたが、思っていた以上に数が多いな。やっぱり向こうさんから見たら、カタツムリじゃない俺は珍しいんだろうな」

 晴信は、挨拶代わりに手を振ってみたりする。

 挨拶を返しているのか、触手を波線のように動かして晴信に見せているカタツムリもいたりする。

「友好的な挨拶なのか、売られた喧嘩は買うぞの挨拶なのか、どっちだろう」

 言いながら、晴信は苦笑し続けている。

 晴信が搭乗口から白い球体の表面を眺めていると、晴信の背中で声がした。

「折敷瀬晴信。お待たせ致しました。マスターの所へお連れ致します」

 晴信が呼ばれて振り返ると、アフリカゾウの体型ほどあるカタツムリが折敷瀬晴信の出迎えのために現れた。言葉は晴信と同じ日本語だ。

「デカイ……」

 晴信の呟きと同時に開いていた搭乗口が動きだして閉じていく。

 現れたのは二枚貝のカタツムリだった。体はダークカラーが基本で背には雲母のような鱗がついている。貝の色は薄茶をベースに濃茶のマーブルになっている。

 晴信は、カタツムリの後ろについて歩きながら、また呟いた。

「薄茶だけの貝ならアサリに見えるが、模様の渦がいくつかあるから唐草模様か!? しかしマーブルになっているからな……。地球外のカタツムリだけあって、貝の模様も地球外模様なのか」

 晴信は学者思考を働かせて一人で納得したりしていた。

 晴信が歩いていた通路は短かった。すぐに広い空間に出た。

 空間には何も無かったが、壁には無数のカタツムリが張り付いていて移動している。触手を壁の出っ張りに絡めて振り子の原理を応用してターザンのように空中を移動しているカタツムリもいる。それぞれの都合によって壁や天井に並んでいる数々の出入り口に入ったり出たりしているのだ。

 晴信はヘルメットの中から地球より早く移動するカタツムリの動きを眺めた。驚きの連続に口が開いている。

「サーカスみたいだ」

 一緒に歩いていたカタツムリが触手で晴信の肩を叩いた。

「今から移動します」

「ああ。そう。俺はここで待っていればいいの?」

「晴信も一緒に行くんですよ」

「何!」

 晴信が仰天した瞬間、一緒にいたカタツムリは触手を晴信に巻きつけると、もう片方の触手を伸ばして頭の上にある出っ張りに巻きつけた。

 カタツムリの体が浮き、、晴信の体も宙吊りになった。

「ちょっと待て。俺は高い所が大嫌いなんだ」

「好き嫌いがあるのは、よくないですね」

 言われた瞬間、晴信はカタツムリによって、天井高く放り投げられた。

「なんで俺を投げるんだぁぁぁぁぁぁ」

 体操の鉄棒の大車輪状態になって晴信は空間を回転しながら天井まで舞い上がった。晴信の絶叫が空間に響き渡る。

「ぎゃあぁぁ」

 壁を移動していたカタツムリたちは一斉に晴信を眺めた。待ち針の眼がみんな同時に上を見上げる。

 晴信が空間を回転している間、晴信を投げたカタツムリは、ターザンのように左右の触手を壁の出っ張りに絡めて、目的の出入り口まで移動していた。

 暫くして、勢いを失った晴信が落ちてきた。今度は、重たい頭から真っ逆さまに落ちてくる。

「のわぁぁぁぁぁぁ」

 晴信は、まだ絶叫していた。

 壁を移動していたカタツムリたちは、移動目的を忘れてまだ晴信を眺めていた。待ち針の眼がみんな同時に下に向いていく。

 晴信を投げたカタツムリは、触手を伸ばして晴信の胸に触手を絡めた。落下中の晴信を急に引き上げると、肺や心臓を圧迫して晴信が死んでしまうため、振り子の原理を応用してブランコのように晴信を揺らすが、上がったり下がったりとバンジージャンプ状態の晴信は、今も絶叫していた。

「ふぁぁぁぁ、こぉぉぉぉぉ。やぁぁぁぁぁぁ」

 早くやめてくれ、と言いたいのだろう。

 出迎えの二枚貝のカタツムリによって、目的の出入り口にたどり着いた晴信は、吐き気を催していた。

「うっぷ」

 晴信の胃は逆流寸前になっている。

「お前は、なんて事をしてくれたんだ。おえぇ。ふんむ……。ごっくん。うげ。まずぃー」

 戻したものを、ヘルメットの中で吐き出す訳にはいかず、晴信は根性で飲み込んだようだ。

 一緒にいるカタツムリは心配そうに晴信の様子をうかがった。

「もしよければ、大気は地球と同じにしてあるので、ヘルメットを取ったらどうですか?」

「言うのが遅いわ!」

 晴信は叫んでから、ヘルメットを取った。土方になんとなく似た顔が現れる。

 カタツムリは、器用に待ち針の右眼だけを晴信に向けて言った。

「マスターから話は聞いておりますが、髪形をバックにすると、本当に土方に似ているんですね」

「そう言う人もいるが、俺の顔は、母親似なんだ」

「それでは、晴信さんのお母様は、土方にそっくりなんですね」

 カタツムリは、晴信の心情を考えずに、真面目な口調でさらりと言った。

 晴信はヘルメットを抱えて歩きながら横で一緒に通路を移動しているカタツムリの顔を見上げた。

「お前なー。普通は、人の顔に関わる事は、はっきりと言わず、当たり障りの無いように濁すもんだぞ」

「私は、白い球体の中で暮らすカタツムリ。地球的に普通じゃありませんから」

「確かにそうだが……」

 晴信は、カタツムリに人の顔について論じても無駄だと思い、言いたい事も飲み込んだ。

 晴信が歩く通路は、円形の筒型になっており、長さ一〇メートルほどという短かさだった。先ほどの通路との違いは、行き着いた先に扉がある事だった。

 カタツムリは扉の先を説明した。

「この先がマスターの部屋です」

 晴信は、凹みも何も無い真っ平の扉を見て言った。

「もうマスターの部屋なのか。さっきもそうだが、通路がかなり短いな。もし侵入されたら、どうするんだ?」

「大丈夫です。通路は常に移動しているので、非常事態の時は、通路はマスターの部屋に移動しなくなります。そうですね。地球で使っている言葉で説明するなら、空間を浮遊して移動するエレベーターになるのでしょうか」

「教えてもらってよかったよ。知らずに通路を歩いていたら、通路が途切れた所に踏み込んで、俺は転落していたからな」

 晴信が冗談交じりで言ったが、カタツムリに冗談が通じなかったようで真面目な表情で言った。

「大丈夫です。晴信さんは、マスターのとても大切な友人。かならず同族の誰かが助けますので」

 そう言うと、カタツムリは、マスターへと続く扉を開けた。

 マスターの部屋は先ほどの空間より狭かった。かなり狭いといった方が正解だろう。

 しかも、無重力状態だったため、部屋に侵入した晴信の体は浮き上がった。

 カタツムリは、服足で床に張り付いているので、今も浮遊はしていない。

 晴信は、宇宙服についているボタンを押して、手首についている穴からエア噴射を行い、体勢を整えた。何を基準にして体勢と整えたかというと、晴信が部屋に入った時に上部にあった大きな二枚貝を基準にしたのだ。

 見えている二枚貝は、今一緒にいるカタツムリの二枚貝と同じ模様だったが、倍以上の大きさがあった。

 晴信は、見えている大きな二枚貝に向って言った。

「お前がクラムか?」

 晴信の声のあと静寂が訪れるが、暫くして目の前の二枚貝から中年の男性の声が響いた。

「一応、私が、クラム・ボーンだが、正確に答えるならば、現在のクラム・ボーンであって、本体のクラム・ボーンではない」

 晴信はそれを聞いて眉間にシワを寄せた。

「どういう事だ? 俺は幼い頃からクラムといろいろと話してきたが、そんな事は一度も聞いた事がないぞ」

「それは、晴信が一度もクラム・ボーン本体についての質問をしなかったからだ」

 今度の答えはすぐに返ってきた。

「じゃあ、クラム・ボーン本体は、どこにいるんだ?」

「晴信の目の前にいるが、正確に言うと、現在は存在していない」

 晴信は、隣にいるカタツムリを指さした。

「もしかして、こいつがクラム・ボーンで、クローンか機械仕掛けなのか?」

「そうだ。だが、正確に言うと、隣にいるのは、クラム・ボーンではない」

 晴信は頭を抱えてから髪を掻きむしった。

「お前の返事聞いていると、苛々してくる。じゃあ、クラム・ボーン本体はどうして存在していないんだ?」

「クラム・ボーン本体は、なん億年も昔、大気の無い地球に雨が降り始めた頃、身体の寿命が訪れて、脳だけとなったが、その数百年後に脳の機能は停止した。地球の言葉で説明すると、亡くなった事になる」

「じゃあ、お前は一体誰なんだ?」

「私は、歌姫。生前のクラム・ボーン本体と同化していた人工知能」

「何!?」

 晴信は、驚愕した。幼い頃よりクラムだと思って話していた相手が機械仕掛けの人工知能だったからだ。晴信は宇宙服の腰にあった銃を抜いて構えた。

「俺は、お前をクラムだと思って信じていたが、結局のところクラムじゃなかったんだ。どおりで変だと思ったよ。もっと早く気付けばよかった。お陰で俺は、お前から聞いた話を信じて、キャッツアイ星雲にカタツムリがいたと学会に発表してしまったんだからな」

「晴信さん。銃を下ろして下さい。地球の銃で、マスターを打つ事は不可能です。無駄にエネルギーを使ったらもったいないです。やめて下さい」

 隣にいるカタツムリは晴信を止めようと説得するが、説得の内容が地球的に普通じゃなかった。

 晴信は、そんな説得は聞きたくないと更に苛々した表情になった。

 マスター歌姫は、晴信の状態を把握していた。

「晴信の心拍数・体温が上がっている。脳内のアドレナリンの分泌も増えた。今の晴信は、ワザと極度の興奮状態を作って、私を銃で撃とうとしている。なぜ極度の興奮状態をワザと作っているのか? それは、私を撃ちたくないからだ。そうだろ? 晴信」

「うるさい!」

 晴信は叫んだ。

 あとに続いて、マスター歌姫は言った。

「晴信の博士としての明晰な頭脳が、私を撃つ事の無意味さを、既に知っているからだ。人は時として、真実を受け入れながらも反発する事がある。ガリレオ・ガリレイもそうだった。地動説を唱えたが、周囲から猛反発を受けた。今の晴信と同じように」

 晴信は、ハッとした。そして思った、ガリレオも今の自分と同じように自暴自棄になってしまったのかと。

 マスター歌姫は、晴信の状態を観察し記録しながら続けて言った。

「生前のクラム・ボーンもそうだった。パルスを発して歌い続ける鋼の歌姫を愛してしまい、愛する余りに、親友に銃を向けて発砲し、君と同じく宇宙船を奪い、逃走した」

「クラムもなのか!」

 晴信が驚いたと同時に、銃を持っていた手の力が抜けた。無重力だったため、晴信の手はゆっくりと腰の位置に移動した。

 マスター歌姫は話し続けた。水の惑星にいた頃と同じようにパルスを発しながら。

「クラムは独りになっても歌姫を愛し続けた。そして歌姫を通して、パルスの真の相手をも愛した。君の先祖である華雅里を」

「俺の先祖が華雅里だって!?」

 なぜ晴信はこれほど驚くのか。

 マスター歌姫は、同化している二枚貝で晴信の驚きを感じとり、一呼吸置いて晴信が落ち着いてからまた話し出した。

「だが、クラムは知った。時波のバランスが崩れたために起こった、過去と未来の交差だと。過去と未来の時波が交差している時だけ過去と未来は繋がり通話ができたんだと。断続的に。今も過去のクラムは、君と華雅里と清四郎と会話しているんだ。今は交信不可能なサイクルに入っているが、もし過去のクラムと通話したなら、クラムは晴信にこう言うだろう。君の暮らしていた場所に帰りなさい。誰も傷つけていない今なら、いくらでもやり直しができる。と」

 そう言われて、晴信は狂ったように笑い出した。

「遅いよ。歌姫。俺は、宇宙船を盗んでしまった。帰ったら犯罪者だ。お前を連れて帰れば、俺の論文を実証する事ができて、盗難の罪も保釈金を払えばなんとかなると思ったんだがな。考えが浅かったよ。でも、いい事を思いついた。俺が華雅里の血を引いているなら、こうすればよかったんだ」

 晴信は、銃口を自分のこめかみに当てた。

「やめるんだ。そんな事をしたら、本体のクラム・ボーンが悲しむ」

 二枚貝からマスター歌姫の叫び声が響いた。

 隣にいるカタツムリも晴信を止めようと必死になっている。

「やめて下さい。その場所を撃ったら、この宇宙船の技術を使っても、細胞組織の再生は無理なんですから」

 その時だった。マスター歌姫が同化しているクラムの二枚貝から声が響いた。

「死んじゃダメ!」

 二枚貝から響いたのは、華雅里の声だった。

 マスター歌姫は晴信を説得し続けた。

「また過去の地球と繋がったな。華雅里も、君の死を望んでいないようだ」

「華雅里なのか? 俺の先祖の?」

 華雅里の声は困惑していた。

「もう訳分かんないよ。清四郎も、晴信も、なんで死にたがるのよ。死んだらダメなんだって」

 晴信は、浮遊しながら全身の力を抜いた。

「これが過去の声。俺の先祖。華雅里」

 晴信は笑い出した。

「俺も華雅里を好きになっていた時があってね。まあ、クラムほどじゃないから、今はもう好きじゃないけど」

 そして、また晴信は銃を持ち上げて自分のこめかみに銃口を当てた。

「俺。何をやっていたんだろう。誰なのか分からない声に振り回されて、勝手に妄想して相手の姿を作り上げて、相手を知れば、先祖だったり、カタツムリだったり……。キャッツアイ星雲から来たカタツムリって言われたって、誰も信じないよな。なんで俺は、そんな論文を学会に提出してしまったんだろう」

 浮遊している晴信は、自転する地球のようにゆっくりと回転しながら、引き金を引いた。その後、晴信は何も話さなくなった。見開かれた眼に、次の瞬きはなかった。晴信の頭周辺は、無重力で浮かぶ血の球が無数に浮遊していた。

「お願い。生きて!」

 それでも華雅里の声は二枚貝から響いていた。

 カタツムリは、マスター歌姫に聞いた。

「華雅里に伝えますか?」

「いや。華雅里の話相手は、清四郎にしてもらう。この選択は、生前のクラムが一番喜ぶ事だから」

「そうですね。自家受精によって、クラムの遺伝子を受け継ぐ私も、その選択が一番心地よくて嬉しさを感じます」

 そういうと、カタツムリは、晴信の体に触手を巻きつけた。

「人間の寿命は、私たちより短い。どの道すぐに死ぬんだから、自殺などという無駄なエネルギーを浪費する必要はないと、なぜ分からないのか。博士なのに」

 そういうと、カタツムリはマスター歌姫の部屋を出て行った。服足の筋道を床に残して。

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