凛と天花
寒風が吹く11月の半ば、両手を擦り合わせながら鑑凛は校門の前で、1人佇んでいた。
時より意地悪な風により、よく手入れされた黒髪がたなびく。
「うぅ~寒、天花の奴まだ来ないの?」
この高校に入学してから今日までの間当然の如く一緒に下校していた友達の名前を呼ぶ。
「先に帰っても良いよ!とか言ってたけどさ…」
やっぱり寂しいし、一緒に居たい。そう強く思う。
入学早々誰にも話しかけられずに困っていた凛に天花は気さくに話しかけてくれたのだ。
どんなに待たされても絶対に一緒に帰る。そう固く心に念じる凛であった。
†
凛が天花に対して想いを巡らせていると、ちょうど生徒玄関の方からその本人が姿を見せていた。
「やっと来たか、人の事を散々待たせておいてさぁ」
厳密には自分が勝手に寒空の下、天花を待っていただけであり、傲慢である。
しかし発言とは裏腹に凛の口と頬は緩みきっていた。
天花の事で悩んだり憤ったりするのに、天花の事で嬉しがったり舞い上がってしまう自分が不思議だ。
「ダメだ私…天花の事考えすぎ…」
どうやら私の脳は天花に支配されてるようだ。でも何だか心地よい。
「おーい、天か…」
凛が玄関の天花に声を掛けようと手を挙げようとする。しかし天花の隣にもう1人の生徒が存在している事に気づく。マッシュルームヘアで背が高く眼鏡を掛けているようだ。
あれは、男子!
何で天花が男子と一緒にいるの。
凛は身体と一緒に心の温度も急降下している感覚に襲われる。
しかしあの男子、あれは確か天花の幼なじみで名前は…えーっと…何だっけ?
学校で天花と会話の中でチラッと名前が出た気がするが。ダメだ思い出せない。脳がどうでもいい情報として天花の幼なじみネームを忘却してしまったらしい。
人間は興味のある人の名前以外を覚えるのが難しいらしいと本に書いてあった気がする。
そんな事を考えていると、天花と天花の幼なじみが校舎裏へと一緒に消えていく。
「男女が一緒に校舎裏へ行く……」
ここから導きだされる答えはひとつ。
すなわち愛の告白!
不純異性交遊!
タイマン!
ダメよ天花、私たちの本分は勉学に励まなければいけない学生なのよ。そんな破廉恥な事をこの学舎で、行おうというの。
特に天花の幼なじみの、あの劣情を催している目がイヤらしい。
許されない。
何としても阻止しなくては、この学舎を守るために。断じて天花を盗られたくないという訳ではない、断じて。
そして凛は神聖な学舎を守るべく二人の後をつける事にした。
†
校舎裏は人気が無く、男女で何かをするのにうってつけの雰囲気であった。
寒風が吹いているそこに天花と天花の幼なじみが、向かい合っていた。
そして校舎の陰に凛も二人の動向を伺っていた。
ダメよ、ダメダメ告白なんて。
この神聖な学舎を私は守りたい!
はっ!天花の幼なじみが頬を赤らめながら(当社比)天花に何かを言いかけている。
不味い!
このままでは天花が天花の幼なじみの毒牙にかかってしまう。
そうはさせない!
凛が決死の思いで二人の前に飛び出そうとする。
「おい、お前一年二組の鑑凛じゃないか?」
突然後ろから声が掛けられる。
振り返るとそこには、いつも一年二組の体育を担当しているガッチリ体型の色黒体育教師が居た。名前は思い出せない。
「こんな所で何してるんだ?早く下校しなさい」
こんな所で何してるんですか?早く帰ってください。凛は心の中で思った。
「すいません先生、ちょっと落とし物を探していて…中々見つからなくて」
とりあえず先生は早く帰って。
「マジかぁ大変だな、何落としたんだ?俺も一緒に探してやる」
白い歯を見せてニカっと笑う体育教師。
「いやいや、悪いですよ全然あれです、全然あれなんで、全然気にしないで下さい」
「いや、困っている生徒を放ってはおけないな。俺は教師というものは常に生徒に頼られる存在でないといけないと思っている。そう、確かあれは俺がまだ学生だった頃にな……」
突然現れた体育教師の突然の思い出話が始まる。
目を閉じて感慨深げに話す体育教師を無視して、凛は再び校舎裏の二人を伺う。
すると二人が互いのスマホを近づけあっていた。
目を離した隙にメッセージアプリのID交換を行うまで進展している。
マジ…天花…そんな男と付き合うの…。
今までずっと友達だと思っていたのに、そう感じていたのは私だけだったの?
凛は自分が天花を1番に思っている自負があった。そして天花にとっての1番も自分であってほしかった…でも。
「さよなら…」
誰にも聞かれないようにそっと静かに囁く。
「まったく…人の話をちゃんと聞けよ鑑、さよならって何だ?お前落とし物があるんじゃないのか?というか何を無くしたんだ?」
まさかの地獄耳である。
「先生…私は今、大切なものを失いました」
「おう、だから何を無くしたんだ?」
「それが今、永久に失わたんです」
「どいうこと??」
「さようなら!」
凛はそう言うと足早にその場を後にする。
残された体育教師は凛の方へ手を伸ばしなから茫然とする。
「いや、どいうこと!」
校舎裏に教師の声が寂しく響いていた。
†
校舎裏を去り、凛は1人孤独な帰り道。
天花の事を想うと、何故だか目に涙が滲んでくる。
「おかしいよね…私…」
今も天花の事ばかり考えている。
こんなんじゃダメ。早く気持ちを切り替えないと。
そう思った時、背後から声が掛かる。
「凛ー!もう帰ったと思ったのに!もしかして待っててくれたの!やっさしい奴!」
今1番声を聞きたかった天花がニコニコしながら、駆け寄ってくる。
相変わらず可愛いショートボブだ。
凛は滲んでいた涙をバレないように拭う。
「さっき校舎裏で内田先生が何か、叫んでたから、どうしたのかなぁって思って見たら凛が先生から逃げててさぁ」
「内田…?内田先生!今名前思い出したわ」
「いや、春からずっと体育の授業受けとったやないかい!」
「興味の無い人の名前って中々覚えられないのよね。多分明日には忘れてるかもしれない」
凛は額に手を当てながら答える。
「逆に凛の興味ある人誰だしww」
天花!と言いたい衝動に駆られる凛。
「ていうか先生と何してたの?あんな所で」
何もしてない。
天花の後をつけていたらたまたま見つかってしまっただけなんだけど…。
「文字通り何もしてないのだけど」
「ふ~ん、何か怪しいなぁ」
実際天花をストーキングしていたから、怪しい行動と言えなくもない。と思ったが普通に怪しい行動だ。
ただ先ほど天花達の校舎裏での一部始終の一部を見たので、それについての話が聞きたい。
だがストレートに聞く勇気は無い。
どうしたものかと思案していると。
「まぁいいや、それとさ…スゴイ突然なんだけど、凛に聞きたいことあるんだけど、良い?」
「聞きたいこと?」
天花がその愛らしい真ん丸の瞳で凛を見つめてくる。もはや天花にアカウント暗証番号すら教えてしまいそうである。
「凛はさぁ…彼氏とかってどう思う…?」
何ですって。
まさか聞きたかった事を天花の方から切り出してくるとは思わなかった凛。
「急にどうしたの?彼氏って…」
内心ドキドキではあるが、凛の人生最大レベルで平静を保とうとする。
遂にこの場で天花の彼氏カミングアウトを聞かされてしまうのか。
でも冷静に考えてみると大切な友達に彼氏ができたんだから、快く応援してやらないといけない。もはや天花は大切以上な存在だけど…。
彼氏とかできたらこうやって一緒に下校する事も無くなるのかな。
とても悲観的な気分になってくる。
「例えばだよ、例えば自分の事を好きだと言ってきた男子がいるとするじゃん。凛だったらどうする?」
天花はいつになく真剣な眼差しを凛へ向けている。
これは例え話に見せかけた恋愛相談だと凛は即座に理解した。明らかに先ほどの校舎裏でのやり取りの事を言っているに違いない。
しかし天花の幸せを思えば、この恋は応援するしかない。
「う~ん、でも自分の事を真剣に好きになってくれる人の告白だしさ、付き合うかどうか私は真剣に考えちゃうかな」
「つまり凛は男子から告白されたら即オッケーってこと?」
即オッケーとは言ってない。
「人の事を尻軽女のビッチみたいに言わないで」
「じゃあ仮にその男子が凛より背が高くて眼鏡を掛けていてマッシュルームヘアだとしたら凛的にはどうなの?」
完全にさっきの告白していた男子だ。
具体的過ぎてもう例え話になってないよ、天花…。
でも天花の幸せの為だ。
「その男子、私の好みのどストライクかも。即オッケーって感じ」
若干の棒読み。
凛は心にも無いことを言ってしまう。
「凛…本気で言ってる?」
いや、全く本気じゃありません。むしろ全然タイプじゃないです。
だがしかし。
「本気…かな」
「でも誰かと付き合うのって結構重大な事だよ!そんなに簡単に決めないで!」
興奮ぎみにまくし立て、天花は何故か心配そうに見つめてくる。
まぁ確かにそうだけど…でもこれ天花の話だよ。
「まぁ…じっくり考えるのも大切かもしれないね」
「ぜっっったい、そうだよ!」
うんうんと頷く天花。可愛い。
「じゃあ逆に天花はもしそういう男子に告白されたら、どうするの?」
なんとなく質問すると天花はこちらを見て固まっている。
二人の間に沈黙が流れる。
え、何この間。
私何か言っちゃいました?
「まぁ、アタシだったら付き合わないけどね」
天花はハッキリとした口調で言う。
「マジ!付き合わないの!?」
凛は嬉しさと驚きで声が大きくなる。
「当たり前じゃん、マッシュルーム頭とか嫌だし、意外とガサツだしね」
先ほど告白したマッシュルーム君よりも先に天花の告白の返事を聞いてしまった。
マッシュルーム君かわいそうに…。
しかし凛の口元はだらしなくニヤケている。
「そっか、天花は付き合わないのか」
「当然だよ!」
つまり結論的に天花は彼氏を作らないという事になる。
ヤッター!
まだ天花と一緒に居られるんだ。
この瞬間、たった今まであった不安が全て吹き飛ばされる。
それと同時に目頭が熱くなる。
「凛それ…なんで泣いてんの?」
天花に言われて、凛は自分の目から雫がこぼれ落ちている事に気づく。
「分かんない、自分でも分かんないけど…何でだろう?」
凛はこぼれ落ちるそれを一生懸命拭う。
「私さ…正直言うと校舎裏の天花達のやり取り見てたんだ…」
凛は正直に校舎裏での事を天花に話して聞かせた。
†
「そっか…凛に見られちゃってたのかぁ」
学校からの帰り道の途中、天花は感慨深げに言う。
「ゴメン、勝手に見ちゃって」
凛は天花に対し素直に謝る。
「別に良いよ」
「本当にゴメン、天花がマッシュルーム君に告白されている所を完全に見てました…」
「はっ!ちょっと待って!なんで!アタシがあいつに告白されてる扱いなの!?」
「え、違うの?」
「違う、違う、そうじゃない」
告白じゃなければ一体何をしていたのだろうか。
「あいつあんな見た目だけど意外と勇気無いんだよねぇ。まぁぶっちゃけるとアタシに凛と自分の仲を取り持ってくれないかって頼まれたんだよね」
そうなのぉ!
どうやら全ては凛の勘違い、早とちりだったようだ。
道理で先ほどの天花の恋愛相談やり取りに変な間があったり違和感を感じた訳だ。
「そっかぁ…でも正直私もマッシュルームヘアはごめんなさいって感じ、申し訳ないけど」
「だよねぇ~高校デビューか何か知らないけど、何故あの髪型にしたし」
あの髪型で天花の幼なじみはある意味高校デビューできていると言えなくもない。
「いやぁ、でも凛があいつをタイプって言った時は焦った。本当に焦ったよ」
「私も天花がマッシュルーム君と付き合うと思って、めっちゃ焦ったし」
凛はかなり早口になっていた。
「ないない」
天花は手を振りながら即座に否定する。
「それにアタシ、もう既に好きな人いるしさ」
な、なんだって…。
天花の口から放たれた衝撃の一言が凛の脳を揺さぶる。
あのマッシュルーム君と付き合わないと天花は否定していたから、凛は完全に油断していた。それ故の動揺。
天花の好きな人。天花の好きな人。天花の好きな人。
頭の中でその言葉が反芻する。
「へ、へぇ…ちなみに誰、同じ学年の人?」
凛は背一杯の虚勢を張る。
「そうだよ、同じ学年」
マジ…同じ学年…。
「ちなみに同じクラスです」
なん…だと…。
「そして何と席も近いのです」
バカな…。
普段、天花が近くの男子に話しかけているのを見た事が無いし、そういう目線を向けている素振りもない。
「後、結構喋るよ」
近くの男子とお喋り?
常に隣の席で天花を常に見守っている私が見落とす筈がない。というか休み時間中も私としかしゃべっていないじゃないか。
「え…誰なの?」
その台詞を聞いた天花はズッコける振りをする。そして何故か赤面もしている気がする。
「ちょっ凛てば結構鈍くない?」
勘は鋭い方だと自負している凛である。
「近くの席でしょ?そんな人居たかな?」
いくら考えても答えは分からない。
「こういう事だよ!」
そう言うと、おもむろに天花は右手で凛の左手を握り、指を絡めてくる。
「ちょっ、天花!」
伝説の恋人繋ぎ。
天花の温もりが握られた凛の左手に伝わる。
凛は自分の鼓動が今人生最大に高鳴っている気がした。
正に歓喜の瞬間といえる。
「もう…これで分かったでしょ…」
天花は目を伏せながら、ハッキリと分かるほどに赤くなっている。
「つ、つまり天花は好きな人とこんな感じで手を繋ぎたいってこと?」
確かに手を繋げて嬉しいが、天花の好きな人が死ぬほど憎い。天花にここまで意識させるとは一体どんな奴なの?
だがとりあえず今、幸せの絶頂にいる事だけは分かる。
「もう、どういう事なの鈍感過ぎでしょ!」
「失礼な、私勘は鋭いと思ってるんだけど」
「説得力無し!」
天花が何故か怒っている。
「はぁ、まぁいいわ、凛には罰としてこのままアタシの寄り道に付き合うこと、分かった?」
「一体何の罪なの?」
むしろご褒美では?
「いいから、早く行くよ凛」
そう言うと天花は凛と繋いだ手を引いて、足早に歩く。
時より天花の繋いだ右手が凛の左手を握ってくる。そうしたら凛も天花の右手を握り返す。
コレ良い…。
幸せってこういう事を言うのかな?
そしてそのうち私ではない別の誰かが天花の手を握る事になるのだろうか?
そう考えるだけで胸が締め付けられる。
だがひとつだけ、ハッキリさせたい事がある。
「天花、ちょっと言いづらいんだけど…」
「何、凛?」
天花は若干緊張した返事をする。
「あのさぁ、何て言うか…」
凛が言葉を発する度に天花の握る力が強くなる。
そして。
「結局、好きな人って誰なの?」
ノベルアップ+からの転載になります。小説家になろうはどんな感じか試してみたかったからです。