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ズルいと思うお話

 午前十時まであと十分の駅構内。私の乗ってきた電車から出てきた人達が足早に歩を進めて改札に向かい、その流れに私も乗る。

 雪こそ降っていないが、昨日の気温が氷点下を下回ったため路面は凍り、気温が上がった日中に氷が溶けだし、早歩きの通行人たちが歩き辛そうにしている。目の前で「おっと」と滑りそうになったサラリーマンが肝を冷やしていた。

 改札を出た私に冷たい風が吹きつけ思わず体を強張らせる。十分に着込んできたとはいえ、冬の木枯らしは堪える。

 赤くなった指先に吐きかけた息は白く煙っていた。

 誰かを待つ彼を見つけて心臓が少し弾む。何度繰り返しても慣れないのは、私の心臓が彼の目の前で転んだ男の子よりも小さいからだろうか。

 これから先、何度デートしても緊張するだろう。

「大丈夫か?」

 彼は目の前で転んだ男の子を抱き起す。丸いメガネが彼のキリリとした目元をを和らげている。

 優しげな眼で彼がその子を覗き込めば、その子はケロリとした様子で彼を覗き返し、コクリと頷いてこちらへ駆けてきた。

 あんなに走るとまたこけないかな、、、?

 そう思っていたら、私の心配に気付いた訳じゃないだろうけど、その男の子は足を緩め、てくてくと私の横を歩いていく。

 その姿を目で追っていた彼と目が合い、私は自然に声をかける。

「おーい!」

 思っていたよりも声のトーンが上がってしまって自分でもびっくりする。黒いダッフルコートを着た彼も白い息を吐いている。ぼんやりこちらを見る顔は何を考えているのか分からないが、少し安心したように見えたのは気のせいだろうか。

「ごめん、待った?」

 軽くかけて彼の元まで行く。息を切らしながら訊いてみれば、彼の口から紡がれたのはいつも通りのありふれた様式美だった。

「いや、今来たとこだよ」

 息を整えて背筋を伸ばして、感じた不満をちょっと言ってみる。

「嘘つき」

「…嘘じゃないぞ?」

 嘘だ、本当は君はいつも余裕を持って三十分前には着いてるの、私は知ってるよ。

 彼の目を覗き込めばまっすぐ見つめ返してくる意地っ張りな目が少しだけ泳いだ。

「まあ、そういうことにしておこうか」

 どうせ君は認めないしね。でもちょっとした悪戯くらいはしてやろう。私はその場でくるりと回った。

「どう?何か言うことない?」

「似合ってる」

「食い気味でつまんない」

「我が儘だな、、」

 そう、女の子は我が儘なんだよ。それはそうとさっきの「似合ってる」って言ってくれたのはやっぱり嬉しくて、ちょっと照れくさくて、何を言ってくれるのかわくわくする。

「いつもくくってるのに降ろしてる髪がふわふわして可愛いし、凝ってるネイルが大人っぽい。ブーツは新しく降ろしたやつでしょ?左耳に着けてるイヤリングは前に俺が上げたやつだな、付けてくれて有難う。あとは、、、そうだ、いつもはしないけど今日は薄く口紅を引いてて、可愛い」

「…え、ちょっと見すぎ、ではないですか?」

 え、ちょっと待って、やばい、びっくりした、めちゃくちゃ照れるんだけど。ちょっとふらっとして後ろに下がっちゃった。一気に顔が熱くなったしポーカーフェイスを保つのもやっとだけど、

「でも、ありがと」

 私は出来るだけ自然に手を差し出す。照れてるの、バレてないかな。

「ほら、行こ?早くしないとお店に入れなくなっちゃう」

 私の手を取った彼に動揺を気取られないように早歩きで進んでいく。顔を見られないよう前を向いて歩いていたけど、気になって後ろを見れば彼はちっとも困った様子を見せずについて来てくれる。

 ちょっと強引に彼を引っぱりながら、高鳴った心臓のペースを押さえながら目的地に向かうのだった。


 今日のデートのメインは、今話題のレストランに行くこと。そこのオムライスが特に絶品で、テレビでも特集が組まれたほどだ。彼は全然ピンと来ていないと言った顔で首を傾げていた。

「君は本当にそういうのに興味がないね」

 あんなにテレビでも大きく取り上げられたのに、相変わらず世間に興味がなさ過ぎて呆れてしまう。

 その店は一度火事で店舗が焼けてしまい、閉業寸前にまで追い込まれた。

 その店のオムライスは代々受け継いだ秘伝のソースが絶品で、多くの著名人が足しげく通うほどらしく、店が火事で一度全焼した時もそのソースだけは店主が必死で持ち出したとニュースでやっていた。

 それゆえ店の再建を望む人々が有志で寄付を募り、その様子がニュースでも大々的に取り上げられているらしい。

 私はその店の凄さを語るために色んな有名人の名前を上げたけど、まさに暖簾に腕押しだった。

「大丈夫?ちゃんと喋れる友達いる?」

「その心配はやめろ」

 本当にいるのかな~?。最近のはやりなんか知らなくても生きていけるとか思ってそう。

 私は彼が上げた名前に少しもやっとした。

「あー、あの文芸部の先輩か。そうだね、あの人背が高くて美人だもんね。趣味も合うしね」

「あの人以外にもいるけどな、何?ちょっと拗ねてない?」

「別に~」

 ちなみに彼女は本をあまり読まない。でも、

「勧めた本なら読んでくれるでしょ?なら俺は一緒に話せて楽しい。もちろん、こうやって出かけるのも」

「…そりゃあ、本はあんまり興味ないけど、、、君の勧めてくれる小説はまあ、面白いし?」

 そっか、楽しいのか。バツが悪くなって髪の毛を弄っていると、彼が柔らかな目でこちらを見ていた。

「…何?」

「いや、なんでも」

 何でもないと言った風にたわいない会話を続ける私の彼氏は、ちょっと嘘つきだ。そうこうしている内に、駅からレストランまでの道をあっという間に過ぎていたらしい。

「新しいな」


「改装したばっかなんだから当たり前でしょ」

 何その感想、私は苦笑する。

 昼時にはまだ早い時刻に着いたため、並んでいる人もそこまで多くはない。

 すぐに順番が回ってきたので、カランカランとドアベルを鳴らしながら扉を開けると、店内の暖かい空気とおいしそうな匂いが外に漏れだした。

「いらっしゃいませ、二名様でよろしいでしょうか?」

 店員に案内されたテーブル席で向かい合って広げたメニューを眺める。そこにはこの店の一番人気と銘打ったオムライスの他にも、カレーやチキンなどの定番から温かそうなポトフに加え、何故かかつ丼が美味しそうに載せられている。

 やっぱり一番人気のオムライスを頼むべきだろうか。カレーやこっちのハンバーグも美味しそう。でも一番目を引くのはカツ丼だ。なんでレストランでカツ丼?気になる、、、

「どうする、何頼む?」

「ん~」

 何を頼もうかな。

 メニュー表に並ぶものはどれも魅力的で、あっちではオムライスが、そっちではかつ丼が、こっちにおいでと手招きしている。

 悩むなあ。悩むなあ。

「…ん?何?」

 ふとメニューから顔を上げれば、彼が優しく微笑んでこちらを見ていた。彼はたまにこんな顔をするけど、何を想っているのだろうか。でもきっと答えてくれないんだろうな。

「別に、何でもないよ」


 運ばれてきた料理は、ちょっと汚い話だけど、涎が出そうなくらい美味しそうだった。

 写真の加工なんて比にならないくらい、目の前のカツ丼とオムライスはまるでキラキラとした光が待っているようにさえ見える。

 私の目の前にはカツ丼があって、彼の目の前にはオムライスがあった。ウェイターが運んできた料理を逆に置いたが、彼がすっと入れ替えた。

 ふわふわと湯気を立てるカツ丼を箸でつまみ上げて口に運ぶ。ごはんと卵とカツがすべて合わせて口に運べば、カツの肉々しさと卵のふわふわ感が出汁としっかり合わさっていてごはんがとてもおいしい。

「それもいいね」

「そっちのカツ丼は珍しいよな」

「そうだね」

 彼が食べているオムライスも美味しそうで、見るからに濃厚なデミグラスソースととろとろの卵が絶妙で、見ているだけでもほっぺたが落ちそうだ。

「…一口いる?」

「ちょうだい!」

 即答してしまった。

「はい、どうぞ」

「…っへ?」

 スプーンですくったオムライスを自然に差し出す彼を見て、思わず冷静になる。いや、だってそれ、間接キ、、、というか、「あ~ん♡」というやつでは?

「…わざとやってる?」

「何が?それよりいらないの?」

「いる、いります。いりますけど、、、」

 納得いかない。たぶん素でやってるから質が悪い。私は諦めて差し出されたオムライスを食べた。

 そして全部どうでもよくなった。

「美味しい!」

 それを見て彼はまたあの顔を浮かべた。

 流石にちょっと気になるので聞いてみた。

「さっきから何?」

「いや、何でも」

「絶対なんかあるでしょ。怒んないから言ってみなって」

「なんで怒られるの前提何だよ。…すごくおいしそうに食べるなって思っただけだよ」

 彼は渋々そう感想を告げる。まだ言いたいことがあるのだろうと感じて、私は続きを促す。

「いつもは大人っぽいのに、美味しそうなものを見るといつも子供みたいに目をキラキラさせてるなって、美味しそうにいっぱい食べるなってそう思っただけだよ」

 私は一口ご飯を口に運んで顔を伏せがちに食べた後、

「そんなに子供っぽい?」

 と聞いた。

「まあちょっとは」

「やだなーもう!恥ずかしいじゃんか!・・・やっぱり、たくさん食べる女の子って変かな?」

 笑い飛ばしたかと思えば、少し不安げにこちらを伺ってくる。だから俺はこう答える。

「いや、いっぱい食べる君が好きだよ」

「・・・ありがと」

 適当にはぐらかしたのに、そうやって不意打ちにまっすぐ言ってくるのは本当に、ズルいと思った。

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