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邂逅

吾輩は猫である。新たな名前はシロ。

猫の割には大きく中型犬ぐらいの大きさがり、長く白い体毛は訳あって茶色く染まっている。

首元では吾輩の深い体毛に隠れるように緑色のガラス玉がチラチラと正午の太陽光を反射していることだろう。

これに命を救われた。吾輩が喉を鳴らすと発光し回復魔法を小さな範囲に放ってくれる。譲ってくれたカーラの恩に報いなければならない。


ンーッ

吾輩は両手を伸ばしお尻を突く出すようにしてストレッチをする。体のどこにも痛みを感じず、今朝の怪我は十分に回復したようだ。寝癖が気になるので泥臭いのを我慢して舌で整えてみる。相変わらずボサボサだがさっきよりはましになっただろう。ブラッシングをしてくれる人を見つけないと毛玉に苦労しそうだ。

さて、のんびりとはしていられない。吾輩もまたサービス直後の利益を掻っ攫おうとするスタートダッシュ組の端くれなのだ。

吾輩はスタート地点の黒曜石のように光る召喚ゲートを背にして四足で歩き出した。


道はまっすぐ伸び、スタートダッシュ組の残した地面のわだちがそれに続いている。

両サイドの街並みは石造りで所々が崩れていて人の住んでいる気配はない。まるで遺跡の中を歩居るような感覚だ。

しばらく進むと街並みは途切れ、吾輩の前には街を囲んでいるだろうと思われる壁が現れた。壁というよりは塀に近いような。後方にそびえ立つ聖都の城郭に比べるとそんな感想を持つ。

手頃な場所からひょいっと上がると目の前には赤い大地が広がっていた。

ここはデストピア。生存圏を奪われた人類は城郭都市に残るのみ。そんな光景が広がっている。


左手に目を向けるとプレイヤー達が集団で魔物のネズミの群れと戦っている。

ネズミの大きさは吾輩の半分ほどだろうか。普通のネズミがカピパラ並みにでかい。

その鼠に半円を囲まれるように鉄の片手剣を装備した男性プレイヤーが並び壁を作っていた。中心部では女性や負傷者が集められている。ゲーム初日から見ず知らずのプレイヤーが連携を取っている?吾輩が首をかしげると甲高い大きな声が響いた。

「手を休めるな!ネズミ10匹につきパン一切れを与えると言っただろう。朝晩食べたければ一人20匹だ。餓死したくはあるまい。」

半円の後方で街の門を塞ぐように中年の兵士が座り10に程の槍を持ったフルプレートの戦士が脇に並ぶ。指揮官らしき中年の兵士の容姿は豚の獣人族がいたらこんなのじゃないかと思わせる。彼を守る頭からつま先まで金属で包まれた完全装備の兵士は、鉄の片手剣一本だけで魔物に苦戦する周りのプレイヤーを他所に微動だにしなかった。

「女ども、いつまで休んでいる。マナが枯渇したのならば杖を振え。そんなことではいつまでたってもパンにありつけないぞ!」

「うるさい、私がみんなの分も狩るっていってるでしょ。!」

今朝のエルフの女性だ。茶色い革製のグローブで握る白銀のレイピアの剣先がわずかに血に濡れている。

エルフ族の初期装備なのだろうか、ノースリーブの実ロリ色のワンピースは腰でベルトに締め上げられ体の細さがより際立っている。鎧といううよりは弓道の胸当てのような革製の防具が緩やかな膨らみを包んでいた。弓も使えるのだろうか?

シルバーブロンドの長い髪はポニーテイルに結わえられ長い耳が怒りで尖っていた。顔を侮蔑に染めて睨みつけている表情でさえ美しかった。

「そんなことをせずとも、お前が今夜(チン)のテントに来ると言えば全員分渡してやろうといっているではないか。うひっ、うひひひっ。」

豚野郎の太い指がワキワキと体のラインを添うように動かされる。離れている彼女の表情が恥辱に歪む。吾輩は怒りに支配された。

ナァアアアアッ!貴様の首の薄皮、掻っ捌いてやる!

全身の毛が逆立ち、初めて立てた爪は石の壁の表面のか凹凸に食い込み身体を急激に加速させる。速い、ここからならやれる。

ジャッキィィィイイイン!

壁上を稲妻のごとく疾走しダイビングアタックをかましてやろうと体を沈めた吾輩の眉間を槍の穂先が襲う。フルプレートの兵士の一人が直利不動の態勢からノーモーションで振り向きざまにこちらを攻撃してきた。間一髪、鉄の鎧が発したけたたましい音に吾輩の体は瞬時に反応する。しかし、攻撃態勢から避けるのに精一杯で吾輩は壁の内側へ無様に転げ落ちる他なかった。

「おい、どうした!?」

「いえ、何でもありません・・・。気のせいだったようです。」

「朕をビビらせるんじゃない、ちびっただろが!」

耳障りな高い声に落ち着き払った深い渋みのある声が応じている。どうやら見逃してくれたようだ。

考えてみれば先ほどの一撃も初見殺しとして確実に決まっていたはず。回避したつもりでいたが、避けたのは穂先の方だったらしい。

その後しばらくして怖い思いをした吾輩はコソコソと壁を越え先ほどの兵士に背中で謝りながらトコトコとプレイヤーの輪の中へ逃げ込んだのであった。


「ねぇ、ヒナ。魔法の打ち方ってわかる?」

「わかんないよー。チュートリアルの時間は体の動かし方に慣れるので終わっちゃったもん。」

兎の頭をした小さめの獣人族の女性がさらに小さい真人族の少女に話しかけている。

兎の女性は全身栗色の毛で包まれており長い耳は垂れ下がっている。ロップイヤーとかいうやつだ。

顔はそのまんま兎なのだが体格は人に近い。パンのような丸い手に短い木製の杖が握られていた。

服装は干し草のような荒い繊維で編まれた膝下までの貫頭衣を着ている。あんなものを素肌の人間が着ていたら血だらけになってしまうだろうから服の下も毛だらけだろう。獣人族は獣度合いから装備まで様々だが一様にして原始的な装備をしている。

少女の方は茶色みがかったツインテールという以外に特に特徴はないただの真人族だ。

茶色い腰まであるチュニックにさらに色の濃いズボンを着ている。真人族は男女ともに同じような格好をしていて男は鉄の片手剣、女は鉄のワンドを持っているが、この子の物は地面にほっぽりだせれて代わりに吾輩が人形のように抱えられていた。

「だよね。あなたは?」

ナー。吾輩もチュートリアルでは教わらなかった。

その時は二歩足歩行していて、項目をさっさと終われた俺は残り時間を両手剣を振り回して過ごした。全部無駄になるとは思いもせずに。

「あははっ、おかしいよマリリン。にゃんこにわかるわけないよぉ。」

吾輩はこのヒナという少女に見つかり捕まってしまう。見た目は幼女なのに凄いテクの持ち主で一瞬で腰を砕かれた。吾輩はロリコンではないが無邪気な手に性感帯を弄ばれては抵抗のしようがない。猫の尻尾の付け根あたりは敏感なのよ。

「わかってそうなんだけどなぁ。あなたさっきゴロゴロしてたとき緑色の光が出てたじゃない、あれって魔法なんじゃないの?」

ニャー。確かに魔法らしいが詳しいことは分からない。教えてくれそうな人物を知ってるので紹介できると思う。

「ほら、やっぱり魔法みたいよ。どうやったら使えるようになるのかしら。ねぇ、あなたどうしてしゃべれないの?」

ナァー。吾輩も貴女のようにしゃべりたい。なぜそんなふざけた頭をしていて人語が操れるのか。

「ほら、しつこくするからにゃんこおこっちゃった。」

「ごめん、許して。」

吾輩にというよりは少女が怒ったことに対して彼女は謝るのだった。うん、泣かれると面倒だもんね。お互いに見た目で捕まった不運を嘆こう。

「あっ、エルフのお姉ちゃん帰ってきたよ。」

そういうと吾輩を降ろしてエルフの女性の方へ駆けて行った。全く騒々しい。

「いいわよねー。私もあんな風に綺麗になれると思ってたのに。」

ナー。貴女はまだましだ、吾輩に比べれば。それにバニーガールに成れずとも着ぐるみのような可愛さがある。

「あら、慰めてくれるのね。あんた、ばれる前に男達の方に行った方がいいと思うわよ。」

ニャー。捕まらなければ吾輩もそうしていたと思う。

吾輩はもさっとした尻尾であばよと言ってその場を去る。ただ、このまま楽園を離れるのも忍び難いと思いちょっとだけ寄り道をすることにした。


吾輩がいくと例のエルフの女性はちょうど休憩に入ったところだった。先に向かったヒナは彼女の取り巻きに追い返されている。

白銀のレイピアをシュッっと振ると先端を確かめ鞘に仕舞う。そしてグローブを外すと岩の台に置いた。

現れた2匹の白い蝶がしなやかにS字に曲がる緑の幹から胸当てとベルトを持ち去り最後に頭のリボンの周辺で羽ばたくとポニーテイルの蕾がふわっと咲いた。

新緑のさわやかな風が吾輩の髭を揺らし僅かに香る甘い匂いに吾輩の心が満たされる。

「ウェルダ、お疲れ様。これ使って」

「ありがとう、エミー。どしたのこのタオル?」

えへへ、といってボーイッシュな短髪の女性は丸出しになった自分のおへそを指す。

「ダメじゃない。服はこれしかないのに。」

「だってダサいじゃん。みてみて、僕のズボン。裾も詰めた。」

ほう、吾輩は服に詳しいわけではないがもっさりした服装がモダンなものに改造されている。

「仕方ないんだから、でも似合ってる。」

そう言って二人は微笑みあう。

「それじゃ、借りるね。」と言って彼女は左手にそのタオルをかけるように持ち右手でスッとなぞる。するとタオルから水滴がポタポタと零れ落ちた。

「うー、気持ちいい。ほらエミーも。」

「うへへ、ウェルダの匂いだ。」

「みんなには内緒よ。戦うのにマナが必要だから」

「うん、貴重なマナを使ってくれてありがと。」

そしてまた二人で微笑み合うのだった。吾輩の入り込む隙間などありそうにない。

猫の姿で甘えればワンチャン何かあるのではと期待していたのだが完全に出来上がっている二人を邪魔したくない。なので、吾輩は気付かれないように今朝見た景色をもう一度拝んで消えることに決めた。


スススッと地面を縫うように進む。事前に泥に汚れた体毛をさらに地面に擦り付けた。今の吾輩の姿を人の眼で認識することは難しいだろう。一歩一歩、静かに埃も立てずに体を滑らせる。視線は上げない。耳から聞こえる音と、髭と肉球が捉える振動で周囲を探る。誰かがこちらを見たと感じたのならば動きをピタッと止め背景に溶け込む。

長く感じた数舜の間に茶色いブーツの両踵を視界に捉えた。ここから見上げればエデンを垣間見ることができるだろう。

よし、と思って頭を上げようとするが首が動かない。ここに来て良心が痛む。

今朝の出来事は事故のような偶然だった。現実の俺だったらこんなことをしたいと思っても実行に移すことはない。しかし、吾輩はあの光景に魅せられてしまっている。もう一度、もう一目、その為にここまでやってきたのではないか。

・・・。

チラっとだけにしよう。チラッと見てサッといなくなろう。

こんなことはしてはいけないと思い直した吾輩は身を翻すがその時偶然にも視界に捉えてしまうのだ、うん、そういう事にしよう。

心を決め、体を曲げて逃げる体制を取りつつ、サッと見上げた先でガッツリ捉えた緑の傘は白い手によって閉じられていた。

え?と思ってさらに見上げるとエメラルドグリーンの瞳があった。

「君、エッチだぞ。」

あ、ばれてる。

「エルフは動物の心が分かるの、残念だったわね。」

左手でスカートを抑えながら上半身だけで振り返りチッチと顔の横で人差し指を揺らしながら彼女は言った。

うっ、胸が苦しい。吾輩の心臓には彼女の放った矢が刺さっている。

「問題です。私はいつから君のことを見ていたでしょうか?」

そう言うと彼女は吾輩の前にしゃがみ指を立てていった。

「1つ目、君が何かを決心してこっちを見たとき。」

「2つ目、私の足元で苦悶していたとき。」

「3つ目、誰にも見つからないようにコソコソ移動していたとき。」

「4つ目、地面に転がってゴロゴロしていたとき。」

全部見られていた。ハラスメントでBAN?最近はゲーム内でも条例が適用されるんだっけ?

違うんです。魔が差して、あれは吾輩で俺じゃなかった。

「5つ目、私があいつに辱められたときに怒って立ち向かってくれたとき。」

え?

「無事でよかった、私のナイト君。貴方にエルフの森の祝福を。」

彼女は広げた5本の指で吾輩の半先から頭を撫でていく。柔らかくて暖かい。シルクのように吾輩の毛並みを滑る。気持ちよさに目を閉じる。

彼女手が頭の後ろへと過ぎたとき甘い香りがふわっと広がり吾輩の眉間に柔らかいものが触れた。

驚いて目を開けると彼女の唇が眼前に映る。艶やかで薄いピンク色の花弁はゆっくりと吾輩から遠ざかっていく。思わず追いすがる。鼻先が唇に触れようとしたとき、吾輩はそのピンク色の物体よりも白い首筋に齧り付きたくなった。

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