掛け算
「あっ……あっ……」
縦と横で、1~9の数字が並んだ表。縦と横の数字を掛け算した答えを言うもの。
先生に指名されて生徒は立ち。手を動かしながら……足りない手に戸惑いながら……。
「7,7,7,7,7,7……えと」
ニヤニヤと周りは嗤う顔が見える。先生の顔もどこか、自分の事を悪く見ているようだ。
頭の中はもうエラーメッセージを出し、
「4,45!!」
「7×6は42です!」
「はははははは」
掛け算のテストを間違えて、✖を付けられる。それで良かった時は半年以上も前だ。7の段は難しい。
誰にだって間違いはあるものだが、もうみんなが浸透している知識に追いつけない。
勉強も、運動も、遊びも、
時間が経って成長していくほど、生活全てが高まっていく。
そして、そんな環境に自分は全てに置いていかれる。
それが罰則のように周りは自分を…………
何年経ったら、自分は終わるんだろう?
◇ ◇
「ありがとうございました」
身体は大きくなった。得ていた知識、経験は日に日に増えていっている。そして、得ていた知識や記憶を忘れてもいる。
自分は今、配達の仕事をしている。
何度も落ちて、何度も不採用。
先が見えないが契約社員として、この会社で雇ってもらった。
ブロロロロロロ
車は……嫌いだ。これは凶器だ。自分はいつもその操作に震えてしまう。不満を思えど、そーいう凶器類を人に向けることができないほど、恐怖に敏感で臆病過ぎる小心者だ。
そんな自分がそれでも乗ったのは、雇ってくれないからだ。
働かないといけないという、周りからの声を跳ね除ける事もできない。やらないといけない。……でも、運転は全然上手くならない。覚えが悪い、身体が動かない、そーいう事を知っている。
キーーッ
「えっと、次は……」
どこでも良かった。それが理由だ。生活にはお金と仕事がいる。
仕事は覚える事が多い。配達する地域のこと、配達する荷物の取り扱い、お客様への対応の仕方……。学校で教えてもらってない事なのに、常識として周囲が語ってくることには参った。
「これこれ」
怒られっぱなしだ。そして、あっという間に3年だ。
ピンポーン
……………
「不在」
そして、ある日。仕事で一度も怒られない日に幸せを感じた。
それってこの日。自分はお礼しか言われてないからだ。
◇ ◇
「お疲れ様でーす」
「お疲れー」
「また明日ー」
人にはできない事がある。そして、その挫けをどーでもよくする事もある。
「……よーやく、様になってきた感じだな。あいつ。もう3年目だっけか?はぇーな」
「おっせーよ!さんざん、ミスばっかやらかしてんだから!」
「あいつに他の仕事はできねぇーぞって、言ってやったのは懐かしい思い出だな。な、山口」
「あんたはもっと酷い事を言っていただろ。初日で辞めるとか、1週間で辞めるだろとか、〇〇〇〇野郎とか。木下」
なんでこんなにできない奴が仕事を続けたのかは、分からない。
ホントに他の仕事ができないと感じたからだろうか。実際そうなのかもしれない。
顔だけは必至で、結果の出せないタイプって印象だった。
「出来は悪いが、一番根性のある奴だな。あいつと同じ時期に入ってきたできてる奴等なんか、ほとんど転職だのしてるってのに」
「よーは馬鹿なんだよ。馬鹿だから使いやすい……それも取り柄かもしれねぇな」
「もしかしたら、あいつが俺達にタメ口を言う時があるかもな」
「んなわけあるか」
どー決めるかはも本人次第だ。
そして、周りは本人よりも先に、どー変わっていくかが気付くのだ。
なぜなら、ここまで周りが支えた者達は本人が思う以上に意識をしてくれるから。