空から下をながめてみた。
コリンが仰天した顔で聞いてくる。
「えっ!? そんなことできるの!?」
「魔法剣が覚醒したとき、巨木を斬って浮かせただろ。あの時、まだ俺には半分以上余力があった。失敗しても地面を斬りつけただけに終わるだけだから危険はないし、きっと出来るはずだ」
「まあ、あんな巨木を風船みたいに浮かせたテイラーさんなら、できてもおかしくないかー」
「いや、おかしいですからね!?」
クラウディアはそう反論したものの、失敗してもほとんど危険がないことから、俺の計画に協力してくれることとなった。
◇◆
町長屋敷にいる山賊達は、男が近づいてくることに気づいていた。
「なんか男が一人近づいてきますぜ」
「はっ、一人で何が出来るってんだ」
彼らも油断している訳ではない。屋敷を半球状に囲う補助魔法により、侵入者が男一人しかいないことが分かっているからこその余裕である。
「なんかアイツ、地面を斬りつけてますよ」
「バッカじゃねーの! 地面斬りつけたところでこの屋敷がどうにかなるワケないだろ!」
しかし、彼らの余裕は長くは続かなかった。
男が斬りつけた地面から、屋敷を囲うように亀裂が走ったかと思うと、突然地面が揺れ動く。執務室の、山賊の物置と化した本棚がバタバタと倒れ、鈍間な山賊一人が転ぶ。
山賊達は急に慌てだす。
「ななな、どうしましょうお頭! 地面が揺れてますぜ! もしかしてアイツ俺たちのこと屋敷ごと斬るつもりなんじゃ」
町長の執務室の椅子に座った山賊の頭領、タイガーは落ち着いて笑っている。
「落ち着けお前達。ここの地盤は固い。地盤ごと屋敷を斬るなんて、出来るのは勇者くらいなもんだ。こんなのはただの虚仮威しにすぎない。
町長の娘かな。あの男が地表だけ斬るのに合わせて、魔法感知の外側から無属性の重力魔法を使って、屋敷を揺らしてるってわけだ。重力魔法をこう使ってくるのは面白い発想だが、脅しとしては陳腐だな」
タイガーは札を取り出し地面に向けた。札から迸る土属性の黒い光が、彼らの足元に染み込んでいき、地面の揺れはおさまる。
「安心しろ、土属性魔法で地面を安定させた。ほら、もう揺れてないだろう。あれはただのこけおどしだ」
タイガーが笑みを浮かべながら続ける。
「所詮は虐げられる側の人間さ。後はあの町長の娘を捕まえちまえば、この町は俺達のものに……」
彼の嘲笑は、外からの大声に中断された。
「いいや、お前達の思い通りにはさせない! 俺はネスク王国の戦士、テイラー! 『俺が前にいる限り、仲間には傷一つつけさせない!』」
◇◆
「は? 何いきなり啖呵切ってんだオメー一人で。お頭はオメーのペテンなんてお見通しなんだよ! バカな奴だな!」
「馬鹿はどっちかな? 外を見てみるといい」
テイラーと名乗った男のその言葉に呼応するように、外がにわかに騒がしくなり、山賊達が執務室へ駆け込んでいく。
「「おお、お頭! おおお俺たち今、空飛んでます!」」
「は? お前らヘンな葉っぱでも吸ったか? そろいもそろってとち狂いやがって」
そう言いながら、タイガーは腰に差した魔道具を使って外を観る。
しかし外の風景は全部空と山で、ふと下を見ると人が豆粒のように見えた。
「……マジかよ」
この時、タイガーの自分が強者だという思いは全部どこかに消え失せてしまった。勇者パーティにいたころに仲間だった、格上のやつらが放つ奴ら特有の空気を、遅まきながら感じとったのだ。
山賊に話しかける男の声が、女の声に切り替わった。
「ビックリしたでしょ、山賊ども! あんたたちは今、勇者パーティ元戦士のテイラーさんの魔法剣の力で、世にも珍しい空飛ぶ屋敷で空の旅を楽しんでるってわけ。あたし達の気が少しでも変わったら、そこから真っ逆さまだけどね!」
この言葉を聞いた瞬間、屋敷内はパニックに陥った。