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Noah Leo  作者: しあぬこ
①月が見える時
1/1

1.呪縛-1

プロローグ




 ある人は言った。


「彼らは世の理から外れた存在」と。


 ある人は言った。


「彼らは奇跡から生まれた」と。


 ある人は言った。


「彼らはこの世から消えるべきだ」と。


 ある人は言った。


「彼らは忌むべき呪われた存在だ」と。


 ある人は言った。


「彼らは災いをもたらす」と。


 そして、ある偉人はこう言った。


「彼らは我々の心を映し出した鏡だ」


 互いに愛する事は、互いに未来永劫縛る事と同じだ。





 愛は呪縛、呪縛は愛の裏返しなのだ。




     レオ・エレナス







     ⚫


 薄い雲が月夜に浮かんでいる。


 月の淡い光は、森へ木々の葉の隙間から細く差し込み、土の道を縁取る。


 森の闇は静けさと不気味さを内包する。その闇に吸い込まれていく荒い息遣いが一つ。


 宵闇に浮かぶ細い木々の影が小さく揺れ、葉が不気味に鳴いた。


 森の闇を貫く一本の広い道。それを一人の少女が駆ける。土を蹴る少女の顔はまだ幼さが残る。


 少女は、城から街へ散歩に出た若い姫のような出で立ちをしていた。しかし、その表情は苛立たしげな焦燥感をはらんでいる。


 革の紐ブーツが土を蹴り、その度にチェック柄の赤いスカートが忙しなく(せわしなく)揺れる。


 中世を思わせるデザインの柔らかい印象のある長袖の服。


 その上に羽織った外套が暗闇を流れる。


 服から出る四肢は木の枝のように細く、闇の中でも目立つほど白い肌だ。

 

 亜麻色の長髪が暗闇の中で乱れ、流れる。桜貝のように小さい口から吐き出される息は荒い。


 少女の碧眼が木々の生い茂る闇へと向けられた。


 その闇の中を黒い影が過ぎった。木々の影ではない、何か、だ。それは木々の間を駆け抜ける。それは木々の枝々を飛び移る。それは、一つではない。


「チッ、数が多すぎるッ!」


 少女は苦虫を噛み潰したような表情を月光に照らす。


 ……きたっ!


 少女は横へ跳び退く。遅れて、足があったそこの土が弾けた。ムチを叩き付けたかのような音が生まれ、土に小さな裂け目が起きた。


 ……かまいたち。厄介ね。


 空気の刃、かまいたちは暗闇の中では目視が出来ない。直接目視できないため、光の屈折からできる空気の歪みを視るしかない。


 しかし、今ここには月明かりしかない。光というには弱く、雀の涙ほどでしかない。この状況では、かまいたちを目で視ることは不可能だ。


 だから暗闇の中では、かまいたちが生まれる瞬間の張り詰める空気、風切りの音を手掛かりにするしかないのだ。


 ……せめて、どこか開けた場所に出られれば。そうすれば敵が闇に隠れることもなくなり、攻撃も避けやすくなる。

 

  少女が向かう道を塞ぐように、否、道を埋めるように数体の影が舞い降りた。黒の影がはっきりと月光に浮かぶ。それは人形ヒトガタ、両腕からは長い爪を生やした姿だ。


 ヒトガタの四肢は異様に細い。だらりと垂らした腕と丸まった背を、ゆらりゆらり、と小さく揺らし、赤い光を二つ灯らせながら少女を待ちかまえている。


 少女はその化け物の姿を目の当たりにしても、走ることを止めない。


「チッ」


 舌打ちを一つ。続くのは凛とした透き通った声だ。


「そこを、どきなさい!」


 疾走と共に、腰の鞘から剣を引き抜く。高い金属音が木々に吸い込まれる。


 それに応えるように影が走り出し、爪を振り上げた。少女はその脇を走り抜ける。銀の一閃がスパンと小気味よい音をたてて影を葬る。


 少女はヒトガタの死にゆく姿に目もくれず、駆け抜ける。宵闇の中を銀の筋が踊るように駆け抜け、影が次々と葬り去られる。


 ……同じ手は、通用しない!


 最後の一体を斬り捨てた少女は、その場で体を回して背後へ剣を薙ぐ。と、剣が空気の刃を断ち切り、火花を散らし、暗闇に鳴き声を響かせた。

 

 左右の木々の間から影が爪を振りかざして飛び出してきた。少女は爪をしゃがみかわし、続く爪を剣で払いのける。


 返す刃で影を斬り伏せ、背後に来た影に蹴りを見舞う。


「こっの!!」


 森の闇に鉄の高鳴りが響き、火花が舞い踊る。


 紙一重で爪の斬撃をかわしてきた少女の肩や頬は切り傷が出来ている。その痛みに少女は冷や汗をかき、下唇を噛む。


 例えるなら、奴らの爪は死神の鎌だ。何重にも重なって襲い来る鎌がこの身体を貫けば一巻の終わりだ。


 仮に、致命傷を防げたとしても、動きが鈍くなる。つまり、それは死に近づくということだ。


 ……囲まれる前に森を抜けないと!! 月明かりが届きにくい、こうも暗いと戦いにくい!


 何度も暗い場所での戦いを切り抜けてきたが、それでも戦いにくさに慣れることはない。


 少女は蹴りの勢いで振り向き、足のナイフを投げ出す。雪のように白く細い少女の指が一閃し、銀の光が一条走る。


 闇に静かにストッと音が落ちた。影を射止めた音だ。


 少女は影の最後を見届けることなく、亜麻色の髪をなびかせて走る。


 ……いったい、こいつらは何体いるのよ。倒しても倒しても沸いてきてキリがない!!


 まるで、巣穴から湧き出るアリやハチのようだ。全く終わりが見えない、その自分の想像に戦慄した。

 

 再び数体の影が木々の間から現れる。少々は素早く剣を振り払い、爪を叩き下ろしてかわす。そのまま影の横を通り抜けながら、剣を一閃。


 手に返る感触はない。まるで幻のようだ。


 少女は影の間を縫うかのように駆け抜ける。


 爪を振り上げる影の喉元に剣を突き込み、別から突き出された爪を紙一重でかわし、身を回して影の背に剣を叩き込む。


 その瞬間、踵が石を踏んだ。転がる石で後ろへバランスを崩す。


 ……まずい!!


 それを見計らっていたかのように、影が一斉に月光りの下へ現れた。木々の幹の間から、葉の中から、現れる影、影、影。地上はおろか、空中からも飛び出してきたそれは、恐ろしいほど同じ構えで爪を振りかざしている。


 ……間に合え!!


 少女は咄嗟に叫ぶ。凛とした声が闇夜を貫いた。


「月に射抜かれろ!! ムーンレインッ!!」少女が尻をつく。


 同時、夜空に浮かぶ月から、青白い光の矢が降り注ぐ。目にもとまらぬ速さで影を貫き、土に突き刺さって弾ける。弾けた光が雪のように淡く暗闇に溶けた。

 

「危なかった……」


 尻餅をついたまま息を細くつく。


 周囲、幾体もの影が一斉に弾け、黒い塵と化し、闇に溶けた。


 残るのは不気味な静けさ。漆黒の闇から吹く息吹。そして、森の小さなざわめきだ。


 その静けさには、まだ危機が潜んでいる。牙を獲物に立てようと、爪を隠して……。


 まだ敵は全滅した訳ではない。


 ……今のうちに距離を稼がないと。


 少女は剣を鞘に納めて走る。が、その走りは前よりも力無い。時たま、左右にふらついて転びそうになる。


 ……やむを得なかったとはいえ、魔法を使うことになるとは……やばい、逃げきれないかも。


 右手が熱湯に突っ込んだかのように熱い。手に視線を落としてみれば、甲に狼の紋章が青白く、淡く浮かび上がっている。


 ……マズイ、代償を求めてる。こんなときに……!!


 この紋章が求める代償は少女の血肉、力だ。今ここで奪われれば、一瞬とはいえど走る事すら出来なくなる。


 命の危機の中で起こるそれは、死に直結しても何らおかしくない。


 ふと、空気が張り詰めた。かまいたちだ。


 ……こんなときに……!!


 重い足で全力で地面を蹴った。


 その瞬間、奪われた。


 力を……。


     ●

 



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