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マグ・メル  作者: 加賀アスナ
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夢屋

 大図書館に着くや否や先生がリボンちゃんとツインちゃんを集めて会議と称して話し合いが―――一方的なだが―――始まった。

「今日から、夢屋を作ろうと思うんだ」

 開口一番、先生は聞いたことのない単語を口にする。この言葉はツインちゃんも知らない言葉のようで首を傾げていた。という事は先生だけが知る言葉のようだ。

 胡散臭そうな、とでも言いたげなツインちゃんが訊きたくなさげに訊き返すと、先生は待ってましたとばかりに胸を張った。

「夢屋とはね、夢を叶える手伝いをする仕事なんだ。昨日あれから考えてね。決めたんだ。ツインちゃんの意見を参考にさせてもらった。確かに幸せになる過程は一人一人異なるし、そのゴール地点も違う。そして幸せの世界を作るなら不幸を感じてしまう人が一人でもいればダメだ。ならばこの世界の住人になろうと思っている人の幸せを叶えてやればいい。多くの人にとって幸せとは夢であることが多い。だから夢屋なんだ。もちろん夢そのものが幸せでない人もいるだろう。そういう人にもきちんと説明はする。あくまで夢屋は名前でしかないからね。幸せの過程を手伝う事に意味があるんだ。なぜなら自分の手で掴まない幸せはない。だからその過程を手伝うんだ。何度でもね。それが夢屋なんだ」

 熱く語る先生を前にリボンちゃんはただ圧倒されてツインちゃんは呆れていた。

「そう、先生が決めたのならいいんじゃないかしら。ただ―――」

 そこで言葉を切って先生を見るツインちゃん。その視線に気づいた先生が今度は首を傾げる番だった。

「ただ、人の幸せを叶えるってことは分かったけど、それが既に叶っている人の迷惑や、負担にならなければいいって思っただけよ。仮に私の場合は私の居場所である、この大図書館に被害を掛けない事とここを訪れてくれる人達に迷惑を掛けないって事だけど、先生それを守れる?」

 ツインちゃんの言葉に先生は先ほどの高揚していた様子から態度が変わっていた。

「ツインちゃんが言いたいことは分かるよ。要は幸せの継続とその妨げになるな、ということでしょう? それは大丈夫、と言いたいところだけどどうなるかは分からない。幸せのゴール地点が人によって違う以上それを叶える過程で何かしら他人に迷惑を掛けてしまう可能性がないとは言い切れないからね。でも、よほど他人に、そして世界そのものに迷惑を掛けてしまう場合は夢屋としては手を貸せなくなる、それから新たに作ったルールを適用させてもらう。強制追放をね」

 先生の反論にツインちゃんは渋った顔をする。他人に迷惑を掛けないという確約をもらわなければ気が済まないと言ったところだろうか。それとも。

 ツインちゃんは一目、リボンちゃんを見る。それから先生に視線を向ける。

「先生。私はアンタにこの世界で幸せにしてもらったわ。そしてそれは継続している。でもね、これからアンタが夢屋として動くとなると私の幸せを妨げる可能性がある。それってアンタの目指す幸せの世界じゃあないんじゃない? だって私が不幸なんだもの。だから私は幸せを掴んでそれを継続させている人には迷惑を掛けないという絶対のルールが欲しいのよ。その上でなら夢屋を認めるわ。どう?」

 提示された条件はなかなかに厳しいものと、リボンちゃんは思った。先生の言っている夢屋とツインちゃんの条件。ツインちゃんの剣幕から譲渡する気はさらさらないようだし、先生を見ても腕を組んで唸っている。

 傍から見て優勢なのはツインちゃんだ。先生の最終目標は全ての人が幸せと感じる世界を創る事である。それはツインちゃんも含まれており、ツインちゃんは自らが幸せになる条件を伝えている。それが何か別の要因によって妨げられたなら幸せではなくなるとも言っている。ならば譲渡を迫られるのは先生の方になる。そして譲渡を受け入れなければ夢屋は始められない。

 目蓋を閉じて考える先生。リボンちゃんは先生とツインちゃんを交互に見比べてオロオロするしかなかった。リボンちゃん自身はツインちゃんのように自らの条件を決める事すらできていない。二人の会話を聞いているしかすることができなかった。

 唸る先生が長い溜息を吐いてツインちゃんを見据える。

「オーケー分かった。ツインちゃんの条件を呑もう。幸せを掴んだ人の幸せと継続を妨げない。その為のルールも作ろう。それで、どうかな?」

 先生の言葉を聞いてツインちゃんも強気だった姿勢を崩して先生の夢屋に賛成をした。それと共にきちんとしたルールを作るのならまた三人でよく話し合う必要があると提案してくれた。それは置いてけぼりだったリボンちゃんに配慮してくれたものだと、流石にリボンちゃんも分かった。

 ツインちゃんは今のリボンちゃんを可哀想と言った。それは偏に今は幸せではないと言っているようなものだ。つまりはリボンちゃんは自身の幸せを妨げさせない条件を出せない。それにツインちゃんは気付いていたようで。

 三人で夢屋のルールを決める為に余計な邪魔が入らないように大図書館を一旦閉館させる。勝手知ったる司書のツインちゃんが会議の為の場所を提供してついでにお茶まで出してくれる。その動きは無駄のないもので司書として板についているようだった。

「君も一人前の司書として動けるようになったんだねぇ」

 感心したように先生が呟く。ツインちゃんが司書としてここに来てから結構な時間が経っている。リボンちゃんはツインちゃんの有能性を知っていたけれども先生はふらっと来てはお茶を飲んでまた出ていく程度だったからちゃんとしたツインちゃんの働きを見たのは初めてだったのだろう。

「私の事はいいわよ。アンタの夢屋のルールをちゃんと決めないとでしょ?」

 その言葉に先生は居住まいを正して、真剣な表情になる。ツインちゃんは元から真剣だったのでリボンちゃんだけがやや真剣味がなかった、というより持ちようがなかった。

 三人で話しながらツインちゃんは自身とリボンちゃんの為にある程度幅が効く様にルールの作りを持っていっている。対して先生はかっちりと決めたいのかあまり幅を取りたくはないらしい。曖昧な条件にはしたくないみたいだった。一人ならツインちゃんもその方がいいのだろうがリボンちゃんがいる為に先生に交渉を続ける。そして時々リボンちゃんにも確認や質問したりしてなるべく有利になるようにルールを作っていく。

 やがて夢屋のルールの骨組みが出来上がりそれを元に夢屋を運営してみて何か不都合があった場合、変更できるように仮決定ルールとして始めは運用する方針に決まった。その仮ルールが、


『夢屋が扱える人数は常に一人であり、幸せになりたい人を手助けが目的である』

『幸せを叶える中途、既に幸せを掴んでいる人の妨げになってはならない』

『あらゆる手を尽くした上で誰かの幸せの妨げにならざるを得ない場合、夢屋は手助けを放棄する』

『夢屋から手助けを放棄された人が不特定数の人に迷惑を掛け続ける場合、世界のルールに則って追放処分とする』


 この四つである。この四つの内、二つ目からは全てツインちゃんが付け足したものだ。先生も渋ったが結局受け入れることで決着した。

「言いたいことがないわけじゃないけれど、仕方がないね。君達の要求もわからないでもないからね。一先ず、これで夢屋を運営してみよう。さっそく取り掛かるからこれで失礼するよ」

 先生は大図書館を後にする。

 隣にいたツインちゃんはなぜか頭を抱えていた。それが気になって訊いてみると、

「いやね、先生、本当にアンタの幸せの事を失念しているみたいだからね。…………幸せの世界を作るなんて理想は高いのにどうして足元を見ないかしらね」

 やれやれといった様子を見せるツインちゃんにリボンちゃんは苦笑いをしてから昨日の疑問を訊ねてみた。

「知る? 物事をどうやって知るかってこと? そんなのは当たり前に…………あ。ごめんなさい。アンタにとってはそれすらも初めての事になるのね。いい? 知るってことは一つの経験なの。アンタが誰かに言われたことやされたこと、自分で言ったことや、やったこと、それ全てが知るってことに繋がってるの。例えばアンタは先生や私が来る前はこの世界でたった一人の住人だったけど、今は違うでしょ? 私がいてこうやって話をすることって今まではなかった事でしょ? これ自体がアンタの言う知るって事よ」

 例えばと、例を出されて説明を受けたけれどもイマイチ理解できない。話す事そのもので何を知ったというのか。

 リボンちゃんが首を傾げていると、

「なんか説明するのもばかばかしい気がしないでもないんだけど、話す内容もだけど、何よりアンタには私という話し相手ってのがいる事も知った訳じゃない? 話し相手がいるから会話ができる事も知った。普通の事かと思ってるかもしれないけど、事実かつてのアンタにはできなかった事よ。同じ世界の住人と会話をするって事がね。まあ、アンタは無意識に周りの変化に適応してるんだと思うからいきなりの事でも疑問に思わないんでしょうね。けれどある程度経ってから頭で理解するときに疑問として浮かんでくるんじゃなかしら」

 そこまで言われて納得できた。できている事を指摘されて、思い返すと確かにこの世界の住人はリボンちゃん一人であり自分以外の住人と会話をする。そんな当たり前の事も以前はできなかった。そして、する必要もなかった。でも住人が増えると嫌でも住人関係を持たざるを得ない。すると、会話という行為が当たり前の常識になる。

 無意識に出来ていたが為に改めて理解することでようやく知る事が出来たのだった。

 それをツインちゃんに告げると苦労が報われたかのような溜息を吐いて肩を落とした。

「なんかますます申し訳なくなってきたわ。自分で言ったことだけどアンタ本当にすごい存在だったのね。無上郷に住んでいただけの事はあるわ。それを壊しちゃった事が重く圧し掛かってくるわ」

 別にそんな大それたものじゃないと弁解するもツインちゃんはますます肩を落とすだけだった。

「大それた存在よ全く。どんな世間知らずでも会話をすることを知らない訳じゃない。なにより普通自分と同じ境遇の人が必ずいるものだけどアンタの場合それがなかった。この世界の住人としての境遇がね。それがアンタにはなかった。だって必要がなかったから。完成された世界にはね。まあアンタ自身に言っても自覚はないでしょうけど、アンタは自分で思ってるよりすごい存在だったのよ」

 リボンちゃんはすごいと言われてもやはり自覚がないからか、どうもそこがツインちゃんとズレているようだった。

「まあいいわ。私自身アンタの事を完全に理解してる訳じゃないし推測も入ってるからものすごい存在ってのはちょっと盛ってる所もあるしね。アンタ自身はそんなに気にしなくてもいいわよ。それより、そろそろ私は司書に戻るけどアンタはどうする? 先生の夢屋でも見てくる?」

 ツインちゃんにそう言われ、正直やることもないリボンちゃんは先生の夢屋を見に行くことにした。

 それを告げて大図書館を後にして先生を探す。

 大図書館の周囲に先生はいなかった。湧水場の方だろうかと足を向けるとしばらくしてそれはあった。

 大図書館ほど大きな建物ではないが、それでもある程度の大きさを持つ建物で、外観は決して派手ではないが凝った意匠の洒落たものだった。が、それだけで何か建物に名が書いてあるわけでもなくかと言って説明碑があるわけでもない。きっと先生の仕業であるのは違いないだろうが、これではいったい何の建物なのか全くわからない。

 重そうな扉をノックすると、中から大工道具を持った先生が出てきた。

「リボンちゃんか。まだ夢屋の家はできてないよ?」

 リボンちゃんは進行状況を訊きに来た、と告げると先生は、納得してからから笑いながら中に入れてくれた。

 内装は外観に負けず劣らずに洒落た意匠の造りになっていた。今は机やら椅子やら家具の製造に取り掛かっていた。創造の石を上手く活用して必要な物を器用に作っていく。

「すまないね。まだちゃんと持て成しもできなくて。向こうに作り終えた椅子があるから座ってくれてて構わないよ」

 指された方向に向かうと内装と同じ意匠の椅子が数脚置いてあった。出来たての椅子に恐る恐る腰を下ろすと思ったよりしっかりしていて座り心地も良かった。一つ驚いたのは創造の石を使用して造られたものだが、お尻を置く場所は適度に柔らかく元が石とは思えないもので創造の石の万能性に感心する。

 そういえば大図書館も先生が作ったものだったと思い返す。何とはなしに大図書館の机も椅子も本棚も使ってきたけれどそれらもリボンちゃんの知る家具であった。改めて先生自身の能力の高さに恐れ入る。少なくともリボンちゃんには真似できない技術だ。

 椅子に座って見える範囲を見渡してみる。入口がある部屋の隅にリボンちゃんはいるけれど、衝立で仕切られている。入口以外に扉が後二つある。外観から見て二階建てと思っていたけれど中は吹き抜けで天井が高く壁にバルコニーのような出っ張りの通路がある。壁部分は本棚だろうか。

 ふと先生の方を衝立越しに見てみると儀式術具で今し方作られたであろう机の仕上げに入っていた。

 

 やってきたはいいものの、さっそく手持無沙汰になったリボンちゃんは別の部屋に入っていいかと先生に訊ねる。要は暇だった。

 先生が構わないよ、と返事をしてくれたのでちょっとした探検気分で別の部屋を覗いてみる。

 一つ目の部屋はまだ何にも家具のない部屋で特に変わった所はなかった。強いて言えばそれなりに広いという事ぐらいだろう。この部屋を何に使うのかと先生に問うと、ここは夢屋に来た人の移住スペースにするのだという。夢屋を使用している間はまだこの白い世界の住人ではないから、という理由と先生が付きっ切りになるかもしれないから、という理由もあるらしい。まだどうなるかは分からないが、一応な、と説明してくれた。

 続いて、次の扉を開くとこちらもそれなりに広いスペースがとられている。また先ほどと同様に家具もなにもないから何の部屋なのか、見当もつかない。この部屋は? と先生に訊くと、ここは倉庫にする、と答えてくれた。それに対して、ふーん、と返事をして元の部屋の椅子に座る。すると、衝立の向こうから先生が、

「暇になったかな? まだ中は何もできてないからね。おそらく明日も使って必要な物を持ってこないといけないと思うから夢屋が運営できるようになるのは明後日かな。だから今日一日はずっとこんな感じになると思うけど、どうする? まだいる?」

 先生も先生なりにリボンちゃんを心配してくれているのか、暇だったら出て行ってもいいんだよ、と言ってくれている。正直なところ暇であるけれど、取り立ててすることもないリボンちゃんは何かすることはないかと先生に問うと、

「うーん。特に頼む事もないんだけどねぇ。リボンちゃんは手持無沙汰…………か。そうだね。なら一つ頼み事を作ろうかな。この後昼食を食べようと思っていたから一旦家に帰るつもりだったんだけど、リボンちゃんにお弁当を作ってきてもらってもいいかな?」

 リボンちゃんは頼まれたと、胸を張って夢屋を出て行った。だけど、お弁当って何を作ればいいんだろうと悩む。何が食べたいとは先生は言っていなかった。リボンちゃんは頭を傾げた後、思いついたように大図書館へ向かった。


「で。私の所へねぇ。お弁当なんか適当に作ればいいのよ。オニギリでもサンドイッチでも何でもいいじゃない。お弁当って外で食べるためのものだから持ち運びが楽、あー、持っても崩れにくいってことね。それから量もあった方がいいしシンプルでいいのよシンプルで。ビンにハチミツ詰めて、バスケットにパンを十個も入れて行けば十分なお弁当になるわよ」

 途中からどう考えても投げやりな気がしないでもなかったけれどアドバイスはもらえたので一旦家へ帰る事にしたリボンちゃん。

 家ではツインちゃんに言われた通りビンにハチミツを詰めてバスケットにパンを入れて、ついでに紅茶の入ったボトルを用意してお弁当? の準備をする。先生が待っているであろうと気が急いてしまいながら支度を整えて夢屋へと向かった。


 夢屋に着くと先生はまだ家具の製作の最中だった。中に入ってきたのがリボンちゃんだと確認すると手を止めて傍へやってくる。

「意外と早かったねぇ。もっと時間がかかると思ってたけど。じゃあ少し早いけど食事にしようか」

 その言葉にリボンちゃんはバスケットを先生に差し出すと、先生はやや驚いた顔をする。どうしたのかと問うと、

「なんというか、すごいねえ。シンプルだけどシンプルすぎるというか。まあ、いいか食べようか」

 先生とリボンちゃんは出来たての椅子と机でお弁当? を広げて食事を始めた。何の変哲もないパンにハチミツを塗って食べる。ハチミツの素朴な甘さがパンとよく合い、見た目はとてもシンプルだけれど十分おいしいと言えた。またパンと紅茶の組み合わせもよかった。食べ終えた後では最初は驚いていた先生も満足してくれたようで。ただ、これは自分で考えたの、と訊かれるとツインちゃんに教えてもらったと答えた。すると先生は、

「ツインちゃん…………か。思ったよりアバウトな食思考だったんだね…………」

 なんでか分からないけれど、軽いショックを受けていたようだった。

 先生のツインちゃんへ対する心証がやや変化しつつもお弁当を持ってきてくれたリボンちゃんにはお礼をして、作業に取り掛かり始める。

 リボンちゃんはバスケットを持って先生に挨拶をしてから夢屋を後にした。

 家に帰るつもりであったけれど、ふとお弁当のアドバイスをくれたツインちゃんに結果を報告しようと足を大図書館に向けた。


 大図書館に顔を出すとツインちゃんが待ってましたとばかりにリボンちゃんに席を用意してくれて向かい入れてくれた。

 先生に言われた事を報告するとツインちゃんはなぜか満足そうだった。褒められた訳ではないのにどうして嬉しそうなのかと訊くとリボンちゃんが報告に来てくれた事自体が嬉しかったのと、先生が自分の意見に対しての感想をくれた事。

 感想の内容は決して褒められたものではないのにそれを嬉しがるツインちゃんにますます首を傾げてしまう。そんなリボンちゃんにツインちゃんはこう言った。

「感想をくれた事とその内容に歓喜するのと悲観するのは違う事なのよ。だって感想くれるって行為をしてくれなきゃ内容は分からないでしょ? だから私は嬉しいのよ。あ、もちろん内容については嬉しくないわよ? だって褒められてないもの。でも想定内の感想だったから別に何ともないけどね。先生の事だからアンタに凝ったお弁当を作ってくれるのを期待してたと思うけど、アイツもいい加減アンタを都合のいい助っ人に考えてるんだから、ちょっとした意地悪をしてやりたくなったって感じよ。アンタにお弁当はシンプルでいいって言ったのはそういう理由。後でお弁当の本を持ってきてあげるからこういうお弁当もあるんだって教えてあげるわ」

 小悪魔的な意地の悪い笑顔を浮かべながら、それでも楽しそうにツインちゃんは喋る。

 こんなに楽しそうなツインちゃんを見たのは始めたかもしれないとリボンちゃんは思った。ツインちゃんは先ほど言っていたお弁当の本を持ってきてくれて、今度お弁当を作るなら参考にしなさい、と言った。上から目線で言うのは意外にもツインちゃんは料理が得意なのだからだそうだ。口が大きい分相当な自信があるのだろう。

 なんとなくそれを指摘するとツインちゃんは、

「私は、ここで司書をするまでいろいろな世界を回ってた。それは私が自分の居場所を探してたから、って話は前にしたわよね。アンタは分からないかもしれないけど世界って本当に千差万別でアンタみたいにたった一人しかいない世界もあれば腐るほどありとあらゆる生き物が溢れ返ってる世界もある。まあ、たった一人の世界に出会ったのはアンタが初めてだったけど。それで、世界ごとに世界のルールが違うのね。印象に残ってるルールと言えば完全自給自足のルールと頂点が全てを支配するルールね。前者は買い物はもちろん物々交換もあげたり、貰ったりするのもダメなルール。施設を利用するのはいいけれど全ての持ち物は全て自分で用意しなければならない。施設を利用しなければ家すら一人で作り上げないといけない意外と過酷なルール。それから後者は、頂点がって言ったけど、頂点以外の人はみんな平等なのよ。なぜかというと行動も食事も働くのも寝るのも何もかも命令されなければ何もできないのよ。もちろん全ての人がよ? 逆に言えば頂点の人が何も言わなければ何もしなくていいともとれる。命令する頂点が偉いのか命令されなければ何もしなくていい頂点以外の人が楽なのか、最高権力なのに数の暴力によって最も面倒な地位になってるっていうあべこべなルールだったわ。私はそう言った世界を回ってたから、自給自足のルールだと嫌でも自分で食事を作らなくてはいけなかったりするから、自然と料理や家事や、それに伴う知識や行動力が身についていったわ。だから、嫌味に聞こえるかもしれないけれど、私の料理美味しいわよ」

 と、堂々と言い切った。嫌味に聞こえると自重したけれど、それを感じさせない程、自信が溢れていた。それはリボンちゃんには与り知れないツインちゃんの過去が今のツインちゃんの礎になっているからなのだろう。

 素直にすごいと、リボンちゃんは褒めた。それに対して照れ隠しに咳払いをするツインちゃんを見て、ああ、やっぱり褒められると嬉しいんだな、と微笑ましい光景と思った。

「あ、そうだ。そのお弁当の本。貸してあげるわ。貸出表には書いておくから好きに見るといいわ」

 そう言って席を立つツインちゃんはそろそろ司書に戻るわ、と置き台詞を残して戻って行った。リボンちゃんは手渡された本とバスケットを持って家に帰ることにした。


 貸してもらった本のページを捲りながらこの白い世界にはない世界の料理に驚いていた。また食材もリボンちゃんが見た事のないようなものもあった。それらの食材を彩り鮮やかに飾り付け見た目も食欲をそそる様なお弁当が載っている。実に美味しそうである。美味しそうではあるが、その作り方も載っていても食材がないので作りようがなかった。それが残念で仕方がなかったが、調理法や盛り付け方など参考になる部分が多く、やはり貸してもらった甲斐はあったと思った。


 目の前には捲りっ放しの本があり、ああ、読んでいる内に寝てしまったんだと覚醒しない頭でリボンちゃんは思った。寝ぼけ眼をゴシゴシと擦りながら家の外に出ると陽が高く上がっており眩しい日差しに思わず目を背けたくなる。軽く伸びをして家に戻り、借りた本を持って大図書館へと向かった。

 

 なぜだか今日は人気が多い気がすると、リボンちゃんは思いながら大図書館の扉を押す。

 ツインちゃんの姿を確認するも、司書の仕事が忙しそうで次から次に来る人を貸出表に記入しては期限が何時何時までと告げてはまた貸出表を付ける。

 とても話し掛けられる状況ではなくいつも会議をする時に使用する部屋に移動した。

 本を置いて一服着く為にお茶の用意をする。ついでにツインちゃんの分も用意をする。忙しそうだったので労ってあげようと思ったのであった。

 お茶の用意を整えてツインちゃんの元へ向かうと、リボンちゃんの姿を確認したツインちゃんが貸出表の整理をしながら手を上げて挨拶をした。

 仕事を邪魔しない為にそろ~っとツインちゃんに近寄ってお茶を目のつく場所に置いて下がると目線で、ありがとうと、伝え頭を下げた。

 ツインちゃんの仕事が忙しそうなので今日はだらだらと会話できないな、と思いつつ、自分だけのほほんとしてられないと意識を変えて勝手知ったる大図書館の掃除をしようと動き出す。倉庫から掃除道具を持ってきて会議に使う雑談部屋を掃除し始める。隅には思ったよりも埃が溜まっており、埃が溜まるほど日が経ったんだな、としみじみしながらもこうも埃まみれになっているのは管理が行き届いていない証拠でもある、と、かぶりを振って掃除に身を乗り出す。

 

 掃除をしながら、ふと思う。この大図書館は実質ツインちゃんの物である。それは管理も運営も司書も取り仕切るのはツインちゃんである。建物に対する人の仕事量が確実に一人分を超えている。ツインちゃんの不手際というよりは、この体制がおかしいと言えるだろう。

 リボンちゃんが手伝っているのを足したとしてもするべき量が間に合ってない事に溜息を吐きつつ、掃除を続ける。

 

 あらかた掃除を終えて倉庫に掃除道具を返す。それなりに時間が掛かったのでツインちゃんの方も一段落ついているだろうと思い様子を見に行くと人数は減っているものの未だ貸出表の整理を続けていた。そこに一声掛けると、

「ああ、アンタか。見てよこれ、すごい貸出表の数でしょ? なんで今日に限って人が多いのかしら。なんか知ってる?」

 大図書館の利用人数が普段と比べて多かったのがツインちゃんも気になっているようであったが、残念ながらリボンちゃんにも見当がつかなかった。

「そう。まあこういう日もあるって事かしらね。ああ、そうそうお茶の差し入れありがとうね」

 空になったカップを見せて、あとで洗っておかないとね、と呟いて、大図書館の様子を確認した。立ち読みしている人が多くいたけれど先程の様に借りに来る様子もないのでツインちゃんは司書外出中と立て札を置いて奥の部屋へ移動した。

 

 ドカッと乱暴に椅子に座ると同時にツインちゃんは長く深い溜息を吐いた。ようやく休憩に入ったことで司書モードだったのを解いたようだ。

 その間にリボンちゃんはお茶の用意をして差し出す。

「ごめん。頂くわ。ようやくちゃんとした休憩に入れるわ」

 ずずず、と啜って再び溜息を吐く。そこでふと部屋を見渡す。

「なんか、綺麗になってるんだけど、掃除したの?」

 リボンちゃんが頷くと、

「ごめんなさい。本来は私がちゃんとしないといけない事なんだけど、掃除まで手が回らなくてね。一度、休館にして大掃除でもしようと考えてたんだけどね」

 申し訳なさそうに告げるツインちゃんにリボンちゃんは先ほど考えていたことを伝える。

「ごめんなさいねぇ~…………私の手が、回らなくてねぇ~…………はぁ。…………なんて別に嫌味でもなんでもないのよ。私もそれは思ってたのよ実は。けれど、ここの司書は私だし私の居場所でもある。だから泣き言は言いたくなかったし、私以外に司書を増やすのも認めたくなかったの。まあ私の我儘なんだけど。でも、アンタには手伝ってもらってるって矛盾もあったしちゃんと考えるべきよねぇ…………」

 頭を抱えながら唸るツインちゃんにリボンちゃんは別に気にしていないと告げる。けれどもツインちゃんは唸るままで。

 そこでリボンちゃんは提案した。ツインちゃんが言っていた通り休館日を設けて掃除なり整理なりできる時間を作れば司書がツインちゃんだけで大丈夫だと。もちろん掃除はリボンちゃんも手伝うし先生にも手伝ってもらう。というより白い世界の住人は手伝ってもらうって事にしようと言った。それにはツインちゃんも横暴すぎると反論したけれど、それにもリボンちゃんは言い返した。大図書館はみんなが利用する場所であるから、訪問者の方はともかく、この白い世界の住人なら掃除くらいさせても文句は言わないと思うと。

「なるほどねぇ。でもね、みんながみんなが文句を言わないなんてそんなことあると思う? 今は私にアンタに先生しかこの世界に住人はいないわ。でもいずれ増えるだろうし、その人たちが黙って従うとは思えないわね。私達はともかくとして。なんでかって言うんなら私の方がいろんな人を知ってるから、なんだけど」

 ツインちゃんの言葉にやや気落ちしてしまう。世界の事となるとリボンちゃんに言い返せない。

「別にアンタを責めているわけじゃないから落ち込まなくていいわよ。そういう連中もいるってことよ。残念ながらね。だからアンタの言う通りにしようと思ったらそういうルールを作らなきゃダメでしょうね」

 冷静に分析して答えるツインちゃんを見るに、意地悪で言っているわけではない事は分かる。分かるがこうも意見にダメ出しをされるとリボンちゃんとて面白くない。それを感じ取ったのかツインちゃんは、

「アンタの意見を蔑ろにしてる訳じゃないの。私だって大図書館を利用してるみんなが一緒に掃除してくれるってのはすごい助かるし私の思い上がりだけど感謝されてるんだなぁって思えるから魅力的な案ではあるのよ。でもなんて言えばいいかな。アンタから見ていい人って言うのはそんなに多くないのも事実だからね。他人と生きるってのは難しいのよ」

 再び溜息を吐く。ツインちゃんにとって他人とはきちんと相手の人となりを知って互いに信用の足る人物以外の事だとリボンちゃんは思った。

 何をしてそういう関係になれるのかは分からないが少なくとも自分の事は認めてもらえていることは分かるが。

「でもそうね。先生にちょっと相談してみましょうか。少なくとも休館日を設けて私達だけでも掃除したり本の整理をしたりできる日は作れるようにね」

 それには賛成だ。まあ時間は掛かるかも知れないがリボンちゃんとツインちゃんと先生でできない事はない。

「そうね。まずは試しに私達だけでやりましょう。一番使ってるのは私達なんだし、今の所の利用者は訪問者だけだからね。先生の夢屋ができたら徐々に住人を増やすんでしょうけど、それまではやっぱり私達で管理しないといけないでしょう?」

 ツインちゃんはちょっとだけ誇らしく言って、やはり司書なんだな、と思う。管理も運営ももちろん掃除も全てできて、という部分があるからこうも慎重に考えて、できる事をちゃんと見出す。それがツインちゃんの凄いところと感心する。

 ツインちゃんのやる気も上がった所でいつ先生を交えて休館日を設けるかの話し合いをするか、どうすると問うと、

「う~ん。先生って今は夢屋で忙しいでしょう? ここにも顔を出してないし。だから夢屋が出来てからにしましょう。あ、でもそれとなく前もって伝えておきましょうか。その方が先生もやりやすいでしょうし。ここに顔を出したら私の方で伝えておくからアンタも先生に会ったら伝えておいてね」

 取り敢えずの算段は付けたので、二人して話し合いのていを崩した。

「まだまだ私達には話さないといけない事があるのよねぇ。私達が気付いてないだけでいろいろと不都合な点がある。それらもきちんとルール決めしないといけないわね。今はいいけれど」

 ルールを決める事。リボンちゃんにとっては複雑だ。もっともっとルールが増えたら自分はどうなるのだろうと漠然とした不安があるいは期待が浮かんできた。リボンちゃん自身が劇的に変化するわけじゃない。いやツインちゃん曰く変化してしまったらしいのだがいかんせんこれといって自覚がない。

 ルールが増える事が何かしらの束縛になり、束縛がリボンちゃんの不都合に繋がるのならあまりルールは作りたくないと思うのが人だろう。もちろんリボンちゃんも今までできていたことが突然、してはならなくなりましたと言われれば横暴だ、と思う。さらにそのルールが平等でないのなら尚更だ。誰かが得をして誰かが損をするルールなら初めからない方がいい。みんなが守るからこそのルールであり、ルールを司る者達が自分達だけ得をするのではそれはルールではない。多くの人に強いる命令だ。そして独裁でもある。

 少し前にリボンちゃんはルールを作った。この世界で好き勝手する人を追放するというものだ。かつて一人であった時、そんなルールは必要なかった。迷惑を掛けられるだけの価値もなかったたった一人だけの世界。あるのは過失で落とされた様々な物だけだ。それも一つでは意味の為さない物や本の様にそれだけで意味を為す物。それらを拾うのはリボンちゃんだけでたまに落とし主が訪れることもあった。

 それだけで成り立っていた世界が人が増え、人が住み、悪い言い方をすれば荒れて。良い言い方をすれば栄えて、そしてルールが必要になる。それも言ってしまえば先生の、この世界を幸せの世界にしたいという目的の為に。何の方向性もなかったこの世界に方向性を与えてしまった。果たしていい事なのか悪いことなのか残念ながらリボンちゃんは世界と会話できないので分からない。

 そんな風に考えれば考えるほど世界の為に自分がいるのか自分の為に世界があるのか分からないようになってくる。リボンちゃんとしては世界に迷惑は最低限しか掛けたくないと思う。それは自分の住む環境を壊してしまえばそのツケはいずれ自分の元へ返ってくる事を知っているから。だけれど世界が栄えるという事は人が増え、その分世界に与える迷惑も大きくなる。幸福になることが世界を蝕むことならいずれ世界の方が人々の幸福の重さに耐えられなくなるだろう。先生はそれを考えているのだろうか。それとも世界に迷惑を掛けることなく栄えさせる事を考えているのだろうか。

 こんな事も以前は考えなかったな、とリボンちゃんは思った。これが変化なのかと、少なからず実感を得た。

「さあて。私はそろそろ戻るわ。アンタはどうする?」

 伸びをしてから席を立つツインちゃんが訊いてくる。

「アンタは私と違って居場所を与えられないとやっていけない感じじゃないから、好きなことをすればいいんだと思うわ」

 そう言われると余計に何をすべきなのか悩んでしまう。かつてこういう時はどう過ごしていたのか。

「ようは暇なのねぇ。私の仕事を手伝ってくれてもいいんだけど、たまには散歩でもしながら自分が何をしたいか考えてもいいんじゃない?」

 そう告げて部屋を出ていく。残されたリボンちゃんはどうしようかと考えたけれど、ツインちゃんに言われたことを思い返して散歩することに決めた。何にも考えずにのほほんと過ごしても罰は当たらないだろう。

 

 大図書館から離れて湧水場とも違う場所を歩く。先生の手が入ってない所為か訪問者の姿もない。あるのはこの世界では珍しくもない真っ白い葉の針葉樹林帯と風化している岩場だけ。小高い岩場に登り辺りを見渡すが人一人といない。何となく人に見られるのが嫌だったので人気がないのに胸を撫で下ろしてから平べったくなった岩場の上で横になる。丁度太陽は雲に隠れているので眩しいということはなかった。

 

 こうして横になっていると時間がゆったりと流れているような気がする。何にも考えず頭が真っ新な状態でゆったりと過ごしているととても心穏やかになれる。これからどうなるのだとか、漠然とあった不安だとかを忘れられる。

 のんびりとただ雲を眺めていられるだけで満たされる。

 ふと、思う。こうしていられる事こそがリボンちゃんにとっての幸せであるんじゃないか、と。けれどこの時間がずっと続いたとしてもこのまま一人かと思えばそれはそれで寂しいものがある。例えばこの先ずっとツインちゃんや先生に会えないとしてその変わりに今が続いたらリボンちゃん一人で生きていけるのか。…………無理だろう、と思う。いや死ぬことはないだろう。ただ心が痛い。きっと自分の意志で生きているのではなく体に生かされる毎日を送るのだろう。

 いつかのイルカの言葉を思い出す。孤独を知ってしまった、と。

 自分以外誰もいない事に寂しさを感じてしまう。そんな感情は持っていなかった、いや知らなかったから何ともなかったのにこうも心に響くものだったなんて。

 リボンちゃんは自分が弱くなったのか、それとも賢くなったからさびしいのかと下らないことを思った。だってきっと両方ともあるだろうから。孤独を知る事で弱く、知った事で賢く。そんな自分がこれからどうしたいのか、それはきっと先生やツインちゃんと話し合わなければいけないだろう。それが今、リボンちゃんに訪れている試練なのだろう。かつてのリボンちゃんには戻れない。世界もまた変革を遂げようとしている。なら自分を変えるしかない。リボンちゃんが自分らしく生きられる自分に。それはもしかしたらツインちゃんや先生と対立するような事もあるかもしれないと覚悟もいるだろう。でもそれが、〝普通〟の事ならばリボンちゃんも幸せな世界になりつつあるこの世界の新しい普通に慣れなければならない。それが他人と共にいるという事なら尚更だ。

 と、強い日差しがリボンちゃんに降り注ぐ。どうも雲間から太陽が顔を覗かせたらしい。

 なぜか、リボンちゃんの新たな門出を後押ししてくれているような気がした。これからちょっとだけ自分に我儘になろうと思うその心に、許しをもらったかのようなそんな気持ちだった。

 気持ちを新たにして身を起こすと先生の元へ向かった。理由としては先生がこの世界を幸せの世界にすると言った事。それはこの世界に住む全ての人が幸せであることが条件。もちろんリボンちゃんも含まれている。ならば、リボンちゃんも自らの幸せを先生に宣言しても構わない。問題は先生ができるかだ。

 先生はおそらく夢屋にいるだろう。そこに行けばたぶん会える。

 伝えよう気持ちを。具体的ではないかもしれないけれど今はそれで十分だろう。


 夢屋の扉を叩く。中から返事と共に先生が顔を覗かした。相手がリボンちゃんと認めるといつもの表情を浮かべる。

「ん、リボンちゃんか。いらっしゃい。まだ中は完璧じゃないけど大分よくなったよ。ちゃんと持て成しもできるようになったしね。さぁ、中へどうぞ」

 扉を大きく開けて歓迎してくれる。前に来た時よりも、家具が揃っていて必要な物もある程度置いてある。バルコニーの棚は本となにやら怪しげな道具が置いてある。それでもまだ何も置いてないスペースの方が多かった。

 先生はどうだ、と自慢気に胸を張る。

 一人でここまでするものだから大したものだと思う。口だけでなく言った事を実行する行動力。素直にすごいと思った。そして羨ましいとも思った。それはリボンちゃんの中には無いものだったからだ。

 明確な目的。幸せになる過程、道筋、手段、必要な能力と最も大事な志の高さとやる気。

 どうやって身に付けるものだろうと、悩んでしまう。が、それは追々分かるようになるだろう。

 先生に案内されて夢屋の応対スペースに座る。

「それで、どうしたのかな? 何か言いたいことがあるんじゃないかな。そんな顔をしているよ」

 見透かされている事に胸がドキリとする。

「あぁ、気の所為なら別にいいんだけどね。なんとなくそう思っただけだから。ここでゆっくり休憩していくだけでも構わないよ。夢屋の中も見てもらいたいしね」

 先生はリボンちゃんにお茶を出しながらからからと笑う。底が知れない人と思えた。リボンちゃんの気持ちを汲み取っていながら知らんぷりをする配慮も、できた人でなければ無理だから。

 告白したら、もしかしたら、先生の負担になるかもしれない。そんな思いが頭をよぎる。けれど今のままでは何も変わらない。だから思い切って先生に伝えた。今の自分の思いを。

 先生は終始静かに聞いてくれた。リボンちゃんの言葉は具体的なものではなく、ただ、このままで居たいという漠然としたもの。何かを目指す事でもなく、何かを求める事でもなく、何かを為したい事でもない。そんな漠然としたふわふわした気持ち。

 言い終えてから先生を見ると考えるように目蓋を閉じた。言葉を選んでいるのか。

 先生からの言葉を待ってリボンちゃんも静かに待つ。やがて先生は、

「そうだねぇ…………」

 と、いいながら目を開けてリボンちゃんを見る。自然と背筋が伸びて先生の言葉を待つ。

「…………リボンちゃんの気持ちはよく伝わったよ。このままで居たいという気持ち。それはきっと誰もが抱く気持ちだし現状維持とも違うものだとも思ってる。なんと言えばいいかな。成長といえば分かり易いと思うけど、成長というのは自分じゃ止められない変化だ。生きているだけで変わっていく。そういう変化じゃなく自分の周りの雰囲気かな、言うなれば。リボンちゃんはその雰囲気を壊さない事が幸せになれる条件なのかな」

 こくりと頷いて大体そういう認識でいいと伝えた。

 先生が居てツインちゃんが居て、白い世界の自然があって、ゆったりとした空気感を過ごす。そしてたまにでいいから訪問者が来てちょっとした刺激を与えてくれる。そういう暮らしがリボンちゃんにとっての幸せ、と言える。だけれどもそれは、先生とっては難しい幸せでもある。

「リボンちゃんは他に住人を増やすのは反対という訳じゃない訳だよね?」

 それはどうだろうか。無論、先生やツインちゃんのような人ならば大丈夫だけれど。

「なるほどね。なら、新しく住む人の家が増えるのは大丈夫? 家が建つという事は少なからず自然を壊すことになる。そして多くの人が住めば自然はどんどん削られていく。それは嫌じゃないか?」

 それはもちろん嫌だった。最悪の場合、湧水場や樹林帯や岩場がなくなる事になる。そんな事は想像もしたくない。

「うん。そうだね。自然がなくなるのは嫌だ。となると住人の数もあんまりは増やせないという事になる。それと、訪問者が増えることはどうかな?」

 あまりにも多すぎる訪問者は…………いつだったか、世界に迷惑を掛けていた人がいたのを覚えている。そういう人が少なからず増えるという事であり、滞在中、世界に迷惑を掛ける事も増える。それは世界が壊されるのと同じであるから、訪問者が増えるのもあまり好ましくはないと告げる。

 住人も訪問者も多く来てほしくないリボンちゃん。それは先生にとっては致命的と言える条件。リボンちゃん一人の幸せのためにこれから増えるであろう人を切り捨てるか、リボンちゃんだけを犠牲に多くの人の幸せを叶えるか。

 先生は確認を取ると溜息と共に唸った。先生の理想とリボンちゃんの幸福を天秤にかけている。条件があまりにもかけ離れている。それだけにどう全ての人が幸せになれるところへと落とし込むか。

「難しいね。リボンちゃんはこの世界の正当な住人だし、そのリボンちゃんに負担を強いるのは幸せの世界を考えるとありえない。だから、一番簡単な事はリボンちゃんの活動範囲には一切の手を加えないとして、それ以外の場所の所に住人の家を建てたり、必要な施設を建てたりってなるんだけど、それはどうかな?」

 それも正直なところを言えば好ましくない。だってそれはリボンちゃんの知らないところで人が増え、自然が開発されて建物が増える。リボンちゃんに関係がないとしても気持ちが悪い。

「…………気持ちが悪い、か。確かにそうかもしれない。それに活動範囲決めるというのは制限が付くのと一緒でもあるしね。今までの生き方と比べたらリボンちゃんには違和感があるか。かといって人の往来を制限するのは幸せの世界にはならないし、どうしようかな」

 納得行く結論にならなくて先生は頭を抱える。だけれどもリボンちゃんは思う。そんなにも難しいことだろうかと。リボンちゃんはただ、このままで居たいだけなのに。先生やツインちゃんの様に既に住人になってる人はいいとしても、その為に建てた建物は多い。大図書館を始め、住宅施設もそうだ。何もなかった所に建てたとはいえ、何もなかったという景色を壊した上で成り立っている。それが人が増えると比例して増えていく。景色が変わるという事はそこにあった空気感と雰囲気が一気に変化する事になる。同じ場所でも初めての場所となる。それがリボンちゃんは嫌だった。今は大図書館も慣れたけれどたまに、あそこには何があったっけと思い返す時がある。何もなかった景色が妙に懐かしい。ただあまり胸に浮かんできて欲しくない感情でもある。なんとなく物悲しいから。

 こういう気持ちも前はなかった。知ってから思ったのはリボンちゃんは変化が好きじゃないという事。だから先生が来たときは気持ちに理解が及ばなかった。漠然としたものとしか思えなかった。それがようやく分かってきて自分の幸せや世界が向かってほしい方向にも気付いてきた。分からなくてもいい事だったかもしれないけれど。

「うーん。リボンちゃんとしては人が増えるのが好きじゃないと。ならばこういうのはどうかな。人の往来する場所を限定するっていうのはどう?」

 先生が言うには一定の範囲を作って訪問者はその範囲でしか動けない。そして夢屋を使っている人のみ世界を自由に動ける。それで幸せになれた上でこの世界に住むかどうかを問う。それならばこの世界の住人になるのを許してもらえないか、と。

 リボンちゃんはそれに対して、もし、それをやるとしたら先生の負担が掛かる。それはどうなのか、と。

「そんなのはどうとでもなるよ。結局リボンちゃんが幸せになるのならそれでいいんだからね」

 何でもないというように言い切るあたり、本当になんとも思っていないのだろう。真剣にリボンちゃんの幸せを優先して考えてる。それが実際行動するとどれだけの労力を使うのか、わかっているのだろうか。

「そうだね。時間も労力も実際には凄く掛かると思う。でもそれを躊躇っていたら何もできないからね。まぁ、期待して待っててくれて構わないよ」

 先生の自信に満ちた言葉にリボンちゃんは信じてもいいかなと、理由はないが思った。そしてもう一度、白い世界の環境を壊さない事と世界に多大な迷惑を掛けるほど住人も訪問者も増やさない事を約束してもらい、ただ住人についてはその都度リボンちゃんに相談するという条件を付けてだが、先生の幸せの世界を創る事とリボンちゃん自身の幸せを任せてみた。


 大図書館に訪れて先生とのやり取りをツインちゃんに聞いてもらいにリボンちゃんは来ていた。司書の仕事があるのは分かっていたけれど、どうしても聞いてほしかった。

「なるほどね。アンタは自分で自分の道を決めたのね。そしてそれにきちんと責任を持てると。そういうことね。何がアンタを動かして先生に幸福と世界を任せたのかは分からないけれど、納得してるのよね?」

 改めてそう言われると悩んでしまう。先ほどの事なのにだ。

「まあ、アンタはきっと生まれて初めて人生の分かれ道、ううん、自分がどうしたいか、どうなりたいかを選択したのだから仕方ないわ。…………これは私の経験則なんだけどね、何かを決めた人って必ずと言っていいほど決めた後に迷うのよ。それで良かったのかなってね。でも、決めた事は絶対に覆さない。それが決めるってことだからね。そして、当然の事なんだけれど決めた事が間違った、あるいは失敗してしまった人ももちろんいるわ。その逆ももちろんある。つまり正解だった方。この二つには明確な違いがあってね。正解した人は大体こういうのよ。何かを選ばないといけない時に片方を選んで、迷う時がある。それはねその選んだ方が間違っているからと、そういうのよ」

 間違っている方を選んだ事を分かっているのにどうして結果的に正解だったのか。ツインちゃんの言っている事が分からなくなり、眉を寄せていると、

「まだ続きがあるのよ。もし、選んだ方が間違いで選ばなかった方が正解と思うなら、それ自体が間違いであるってね。なぜなら何かを選ぶ時、目の前に見えている道はそのどれもがゴールには通じていない道だから。選んだ後に道をゴールに繋げるのが正しい道となる。…………偉そうに言ったけど、かいつまんで言えば全ての選択肢は間違っているのだから選んだものを正しくする、ってことね。だからアンタも先生に任せるって決めたなら丸投げじゃなくて常に監視なり、助言を言ったり時には手伝ったりしなさいって事ね。直接は関係ないけど私もこういう風に相談に乗ったりできるし、私を頼ったりしてもいいしね。ま、アンタが好きなようにしなさいよ。アンタが納得できるようにね」

 ツインちゃんの言葉はとても興味深かった。心構えの話であるのは分かったけれども、選ぶべき選択肢に最初から間違いしかなく選んだものを正しくする。聞こえはいいが、詐欺とも取れる弁だ。正解があったらどうするんだと。だけど、本人には結局どれが正解、間違いか分からないし、近道、遠回りあるかもしれないが、どれがゴールに通じているのか分からないのであれば、ゴールできる道にしていく事が大事なのだと。

 同じ言葉でも誰かに言われた事でも自分で言葉にするともっと意味がわかる。反芻した後にツインちゃんに礼を述べると、自分も受け売りだけどね。と、苦笑いをした。けれど、いい言葉だった。

 この言葉を聞いた上で、少しだけ意地悪な質問をしてみた。この選択でリボンちゃんは幸せになれるのか、と。するとツインちゃんは苦い顔をして、

「酷い質問ねぇ。はっきり言うと全然分からないわ。否定も肯定もね。でもそうね。意地の悪い答えでいいなら、アンタは幸せよ。今のままでもね。だって私やほかの人と同じになれたんだから。今まで知らなかったいろいろなモノを知れた。それって普通の事かもしれないけれど、知る事ができるって素敵なことだと私は思うわ。後はどんな辛い事とか嬉しい事とかいっぱいあると思うけどそれって結局感情論だと思うから、生きることに支障がないなら十分幸せよアンタは」

 にしし、とからかうように笑うツインちゃんを見て、ムッ、とするも彼女なりに気を使って喋ってくれてるのがよく分かるから腹立たしいまではいかない。

 

 いつだったか他人は自分を反映するものと思った事があった。それはツインちゃんを見ていればよく分かった。親しくなるにつれて会話も増えた。互いの踏み込める領域も多くなり、赤の他人から知り合いに、知り合いから友達になっていった。それはリボンちゃんが努力をしたのもあり、またツインちゃんも努力をしたから今の関係になれたのだと思う。

「まあ、未来なんて誰にも分からないし何が幸せかなんてその都度変わるものだし、アンタの言う今のままがいいっていうのは既に幸せなのかもしれないけれどね。もちろん私もだし先生も、いえ、全ての人がそうなのかもしれないわ。だって、生きている内は誰だって今、なんだから」

 そうかもしれないとリボンちゃんは笑った。でも自分はそれでいいかもしれないが、周囲の環境はそうはいかないんじゃないか。

「そうかもね。生きる環境が変われば自身も変わる。その時の今、に幸せであるかなんて誰も問えないものね。それでも私は結局、今の積み重ねで歩いてきてるのだからきっと変化したとしても大丈夫だと思うわ。楽観だとは思うけどね」

 ツインちゃんは強いな。と思う。そしてその考え方も何もかもがすごい。

「アンタはさぁ、もっと自信を持った方がいいのかもね。さてと、私はもう戻るわ。それじゃ、これから長く見てみましょうかアンタの幸せって奴をね」

 どこか楽しそうに告げて席を立った。残されたリボンちゃんは結局幸せを任せた事は変わらなくともこうやって話すことで自分の気持ち一つで良い様にも悪い様にも捉えられるんだなと思った。

 これからの幸せに少しだけ心が躍った。



 そして――――――――。 

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