その⑧
ぼくが殺したのか?
ぼくの足元の肉片の山は、ぼくが作り上げたものなのか?
そう考えた瞬間、ぼくの両手に気持ちの悪い感触が走った。
臓器に触れたような、ぬるっとした感触が。
どうしてぼくはそんな感触を知っているんだ?
答えは一つだ。
それは、ぼくの両手が人体を突き破り、その中身に触れたから。
ぼくの意識が途絶えている間に――。
「あ、あ……」
足元の肉塊が蠢いたような気がした。
かつてヒトだった肉塊が。
ぼくの手によって引きちぎられた肉塊が。
ふと違和感を覚えて、ぼくは自分の顔に触れた。
そこには生温かい血がこびりついていた。
ぼくが殺した人の――いや、ヒトだったものの血だ。
血。
血。
真っ赤な、血。
「あああああああああああああっ!」
ニィおばさんは死んだ。
彼女を殺した連中もまた、死んだ。
ぼくだけが生き残った。
ぼく以外の人間を殺して。
訳も分からず僕は走り出していた。
胸の中が気持ち悪かった。
吐いてしまいたかった。
立ち止まり、うずくまった。
胃液のようなものさえ出なかった。
「う……」
近くで、足音がした。
ぼくは我に返った。
襲撃者の生き残りだろうか。
ぼくを殺しに来たのだろうか。
だとしたら、良いかもしれない。
ぼくも死んでしまえば良いかもしれない。
そうすればこの気持ちの悪さもなくなるかもしれない。
しかし、足音はぼくに近づきはしても、攻撃をしてくる気配はなかった。
「……?」
ぼくは顔を上げた。
「エル君、かい?」
「真白さん?」
月明かりの中でも目立つその白髪は、間違いなく真白さんのものだった。
その瞬間、ぼくは再び気を失っていた。
※※※
気がつくと、ぼくはベッドに寝かされていた。
ぼくの体中にこびりついていた血はいつの間にか消え去っていた。
だけど、ぼくの両手に残るヒトの臓器の感触はまだ消えていなかった。
ということは、悪い夢ではなかったのだ。
ニィおばさんが死んだのも、ぼくがヒトを殺したのも。
現実なのだ。
「…………」
ぼくはベッドから起き上がった。
窓からは明るい日差しが差し込んでいて、一緒に街のざわめきも聞こえて来た。
ドアを開けるとリビングらしき部屋に繋がっていて、部屋の真ん中に置かれたテーブルでは真白さんがマグカップ片手に新聞を読んでいた。
真白さんはぼくに気付いて顔を上げ、
「やあ、エル君。眠れたかな?」
「ここはどこですか?」
「ボクの家さ。いや、家というか部屋だね。アパートの一室を借りているだけだから」
そう言って真白さんはマグカップをテーブルに置き、新聞を畳んだ。それからぼくに座るよう促す。
ぼくは彼の真正面に位置する椅子に座った。
「さて、訊きたいことがいくつかあるだろう。ボクに答えられることは教えてあげるよ」