その⑰
「エヌ? それが名前ですか?」
「そうだ。この国が魔導王国でなくなったころに名前を変えるなどという政策が行われたが……俺はエヌ。誇りあるジャギア族の人間だ。そしてお前もまた、その一人だ」
「一体何の話をしているんですか。入校許可は取ってるんですか? 人を呼びますよ」
「冷たいな。それとも、お前はこのままでいいのか?」
「…………」
このままではいけない。
Cクラスの相手に負けるようじゃ、ニィおばさんの仇は討てない。
そんなことは分かってる。
「俺なら、お前のポテンシャルを最大限引き出すことができる」
「何を根拠に」
「ほう、俺の実力を疑うか。面白い。なら試してみるか?」
「試す?」
「【光】」
「!」
強い殺気がエヌの体から発せられた瞬間、俺はその場を飛びのいていた。
直後俺の足元は光の束で焼き尽くされていた。
「お前は見たことさえあるまい。このエヌが独自に編み出した究極の魔法、光魔法をな」
「そんなの……」
あり得ない。
独自で魔法を編み出すなんて。
魔法って、火水木金土の五要素から成り立つんじゃないのか?
それとも、そうしたことが可能な種族が、ジャギア族なのか?
「どうした、動きが止まっているぞ」
エヌを中心に、光の束――言い換えれば光線のようなものが渦巻き、そして俺へ発射された。
その一つ一つは的確に俺を狙っていて、俺が交わすたびに地面に焦げた跡を作った。
「あんた、何者なんだ⁉」
「だから言っただろう。エヌだ」
光線が俺の頬を掠めた。
灼けるような痛みが俺を襲った。
こいつ、本気で俺を殺すつもりなのか?
「『攻式術』!」
頭の中で無数の木の槍をイメージして、エヌに放つ。
「ほう。これだけの魔法を使えるか。なるほどな」
が、エヌは躱すそぶりも見せずにそこに立っていた。
「死ぬ気か?」
「死なないさ。この程度ではな―――【光裂】」
エヌの周囲が光った――かと思えば、俺の放った木の槍は一瞬で焼失していた。
あたりに焦げたにおいが立ち込める。
「な……」
「お前もそれなりに修羅場を潜ってきたのだろうが、それだけじゃ足りない。お前の中にある真なる力を覚醒させなければな」
「真なる力? なんの話……」
「身に覚えがあるだろう。お前が死線に晒されたときに発動する力だ。……【死線】などと言うと、あの男を思い出して不愉快だが」
この男、本当に何者なんだ?
全く正体が読めない。
雰囲気としては、アークンさんに似ているけど……!
「俺を鍛えるって、あなたが何かしてくれるんですか?」
「さあな。今はまだ、その価値がお前にあるかどうかを探っている途中だ」
「……?」
「ほら、動きを止めるなよ。|俺の攻撃はまだ終わって《・・・・・・・・・・》ない」
「!」
気が付けば俺の周囲は光の粒で覆われていた。
もしこの光が、さっきの光線と同じだけの威力を秘めているのだとしたら――――マズい。逃げ場がない。
「もしお前がジャギア族の血を引いているのなら、見せてみろ。その真価をな」
光の粒が一斉に俺へ襲い掛かった。
全身が焼かれ、引き裂かれるようだった。
クソ、さっき退院したばかりなのに!
肺まで焼かれたのか、呼吸ができない。
皮膚を切り刻むような痛みに、徐々に意識が遠のいていく。
そして再び、体中が熱を帯び始めた。
もう抑えられない。
「あんた……死にますよ」
「試してみろ。俺を今までの相手と同じだと思うなよ。このエヌは、手強いぞ」
「―――っ」
体が軽くなった。
エヌがこちらへ右手を向けた。
同時に光線が俺へ放たれる――が、俺は無意識のうちにそれを打ち払っていた。
エヌの表情が少し変わる。
「なるほどな。魔法を逆算し打ち消すというわけか」
「―――!」
「それならば手加減する必要もないな。【極光】」
太陽がそのまま落ちてきたかと錯覚するほどの光の塊が俺めがけて降り注いだ。
だけど今は、その光球に渦巻く魔力の流れが明確に分かるような気がした。
あとはそれを解きほぐし、バラバラにするだけで魔法は解除される。
光球へ両手を振りかざす。
思った通り、光球は一瞬で消滅した。
エヌの笑い声がした。
「それでこそジャギア族だ」
「……!」
エヌへ向かって走る。
エヌの心臓めがけて右手を伸ばした――瞬間、体の自由が奪われた。
右手を伸ばした状態で動けなくなる。
「自動的に無効化、というわけではないらしい。認識できない魔法への対処は遅れるか」
よく見れば、俺はエヌの体から発する魔力の流れに拘束されていた。
なるほど。魔力そのものを縄のように扱い、敵の動きを止めるわけか。
なら、それを無効化して―――と、そこで意識は途切れた。
目を覚ますと、俺は校舎裏に倒れていて、エヌが俺を見下ろすように立っていた。
エヌが着ていたコートはところどころ裂け、胸元に血が滲んでいた。
「……合格だ」
「え?」
「お前は俺の審査に合格した。だからお前に教えてやる――――その力の使い方をな」
なんだかよく分からないまま、審査に合格したらしい。
俺が意識を失っている間に、一体何が起こったんだろう。
「あの、大丈夫ですか?」
「心配はいらん。この程度の傷、大したことはない――――ぐはっ」
突然エヌが吐血した。
やっぱり重傷じゃないか!
「保健室の先生を呼んできましょうか?」
「フッ、この俺を甘く見るな。自分の傷くらい自分で治す」
エヌの体が淡い光に包まれて、傷が徐々に消えていく。
どうやら魔法を使ったらしい。
「本当に大丈夫なんですか?」
「当たり前だろう。俺は誇り高きジャギア族の男だ。そして――貴様もな」
「俺が?」
「そうだ。お前の母親はジャギア族だ。先程の戦闘で確信した」
「……ジャギア族ってなんですか?」
「簡単に言えば、魔法を編み出した種族だ。統治者が変わってもなお、その大多数は北の地に棲み続けている――」
「北の地?」
「機会があれば行ってみろ。ケートも喜ぶ」
「ケート?」
分からない単語が次々に出てくる。
一体何を言ってるんだ、この人は。
「ケートというのはジャギア族の族長だ。……今はそういう紹介しかできないな。この序列闘争などという催しが終われば俺が案内してやってもいい」
「あまり興味ありませんね。俺がそのジャギア族だって言われてもいまいちピンときませんし」
「そうか。お前がそう言うのならばそれもいいだろう。だが、お前が内なる力はジャギア族の血がそうさせているのだということは忘れるな」
「……この力が?」
「ああ。万物を、魔力を以て意のままに操るその能力。それこそがジャギア族が築き上げた魔術の神髄なのだからな」
「その力の使い方を教えてくれるんですか、あなたが?」
エヌが大きく頷いた。
「当たり前だ。誇り高きジャギア族の血を引く者が、どこの誰かも分からんような奴に敗北するのは見てられんからな」
「だけど、どうやって?」
「力のコントロールとは」
そういうと、エヌは人差し指を空へ向け、その指先に小さな光の玉を出現させ、言葉を続けた。
「すなわち、力を発動し解除する方法を身に着けることだ。何をどうすればどのような効果が表れるか、それを明確にイメージしておく必要がある」
「イメージ……」
ニィおばさんの言葉が俺の頭にフラッシュバックした。
「俺がお前に教えるのは、お前のその内なる力を任意に発動し、そして抑制する術だ。なあに、そう身構えるな。このエヌ様に任せてみろ」
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