その⑯
※※※
次の日。
目が覚めると、目の前には目里先生の顔があった。
「……先生、何してるんですか」
「け、検診に来たんですけど、あなたがあまりにも起きなかったので」
「俺が?」
まさか。
俺は寝坊なんてものとは縁のない健康優良児だぜ?
なんてことを考えながら壁時計を見てみると、時刻はすでに昼過ぎを回っていた。
「そ、それで、寝ている間に済ませてしまおうと思ったところだったんです」
「……そうでしたか。まさか自分も昼過ぎまで寝ちゃうなんて思いませんでしたよ」
「昼過ぎ?」
「あれ、今昼過ぎじゃないんですか? だって時計は……」
「あの、あなたは勘違いしてます」
「何を? ……ああ、思いつきましたよ。さてはまだ夜中なんですね?」
夜と昼の時刻を勘違いしているっていうベタなアレだ。
っていうか夜中ならまだ眠っていても大丈夫じゃないか。
一体何を言ってるんだこの先生は。
「い、いえ、もうお昼なのは間違いありません。だって窓の外だって明るいじゃないですか」
確かに言われてみればその通り、窓からは太陽の光が差し込んでいる。
「……冗談です。言ってみただけですよ。でも、だとしたら俺は何をどう勘違いしているんですか?」
「か、簡単な話です。あなたは丸二日眠っていた」
「……え」
なんだって?
そんなに長い間眠ってたのか、俺?
「で、ですが安心してください。先ほど私が診た限りではあなたのケガは完治していますよ。後遺症もなさそうです。今日の夜は寮に戻れますよ」
「……いや、でも、大丈夫なんですか? 丸々二日間も眠っちゃうなんて、体はともかく頭のどこかがおかしいんじゃ」
「人体のシステムに関しては私は普通のヒトよりも詳しいつもりです。その私が言うんだから間違いありません」
妙に自信あり気に目里先生が言う。
まあ、そこまで言われるなら敢えてこれ以上詮索しないでおこう。
それに、何か異常があると言われても怖いし。
「分かりました。それじゃあ、俺はもう寮に戻っていいんですね?」
「ええ。昨日もあなたのお友達がお見舞いに来ていましたよ。……慕われているのですね」
目里先生が目を細める。
そのしぐさの意味が俺にはよくわからなかったけれど、それを問いかけるようなことはしなかった。
「慕われてるんじゃなくて、遊ばれてるんですよ」
「……ふふ、そうかもしれませんね」
「そこは否定して欲しかったんですけど」
「そ、それでも、仲間がいるのは素晴らしいことです。研究だって一人で進めるのには限界があります。……あなたたちを見ていると、私も久しぶりに昔の仲間に会いたくなりましたよ」
「昔の仲間――ですか」
「そう。いずれあなたも知るときが来るでしょう。きっと」
「俺が?」
「はい。ですが今は、私の昔話を聞くより寮に戻るのが先でしょう?」
「……それはそうですね。ええと」
俺は自分の体に視線を落とした。
着ているのは入院服だ。このまま寮に帰るわけにもいかない。
そんな俺の思いを察してくれたのか、目里先生は不意に立ち上がり、
「あなたの制服を持ってきましょう。それまでもう少し休んでいなさい」
「ああ、ありがとうございます」
「それと、伝言です」
「伝言? またセカイやドゥーエちゃんからですか?」
「いいえ、もっと別の人です」
「別の?」
「は、はい。校舎裏で待つと言われていましたが」
心当たりはないな……。
もしかして神奈崎?
それともアオ?
大穴でダカミアさん?
とりあえず行ってみるか。
「分かりました。校舎裏ですね?」
「え、ええ。では、少し待っていてください」
そう言い残し目里先生は保健室から出て行った。
……丸二日寝ていたってことはその間授業に出なかったってことだよな。
単位とか大丈夫かな、俺。一応テスト前には神奈崎にノートを貸してもらおう。
※※※
で。
校舎裏に来てみたはいいけれど、辺りには人影も誰かが居そうな雰囲気もなかった。
一体誰がこんなところで俺を待っているんだろう?
「……なるほどな。確かに悪くない面構えをしている」
「!」
突然声がして振り返ると、そこには黒いコートを身にまとった、無精ひげの男が立っていた。
「簡単に背後をとらせた点に目を瞑れば良い反応だ。さすが、血は争えんというわけか」
「あんた、誰です?」
「お前をここへ寄越すように伝言しておいた者だ」
男の瞳の色は異様に赤かった。
……もしかすると、外国の人なのかもしれない。
「目里先生の知り合いですか?」
「目里……? ああ、あの女か。いや、知り合いと言えば知り合いだがそれ以上の関係はない。俺はただ、お前のためにここに来た」
「……? 呼んだのはあなたなんですよね?」
「それはそうだが、俺がわざわざここに来たのはお前のためなんだ。いや、正確に言えばお前の母親の……」
「俺の母親?」
「今のは忘れろ。くそ、結局あの男に全部持っていかれてしまったからな。あいつのライバル枠はこの俺様だと思っていたのに。どうして俺はあの時何も考えず王都に突っ込んでしまったのか……」
「何の話です? 俺の両親のことを知っているんですか?」
「……ああ、知っている。だが今話す気はない。それよりも重要なことがあるからだ。それにお前も今更親の話など聞いてもどうしようもないだろう」
「それは、確かにそうかもしれませんけど」
そうだ。俺を捨てた人たちの話なんか聞いても仕方がない。
だけどそれ以上に大切な話っていったい何だろう?
「見当もつかんと言いたげな顔をしているな。じゃあヒントをやろう。この間、どこの馬の骨かもわからんような奴に敗北したのは誰だ?」
この間の敗北。
心当たりは―――ある。
「ヴィーラさんとの戦いの話ですか? なんであなたがそんなことを」
「理由などどうでもいい。大切なのは、お前に力への意思があるかどうかだ」
「力への意思?」
「ああ。お前に、さらなる力を求める意思があるのかどうか。そこが重要だ」
「……何が言いたいんですか?」
俺が訊くと、男は格好つけたように笑った。
「フッ……。俺が貴様を鍛えなおしてやると言っているんだ。この俺―――エヌがな」




