その⑮
残されたのは、俺とセカイと、ドゥーエちゃんと目里先生……。
「とにかくアニキ、元気出すっス! これを貸してあげるっスから!」
セカイが俺にカバーに覆われた本を手渡す。
「……これは?」
「ウチの秘蔵本っス! それを読めば怪我のことなんて忘れて、夜も眠れなくなるっスよ!」
「あ、ああ、ありがとう」
いやな予感しかしないけど、くれるっていうからもらっておくか。
何かの役に立つかもしれないし。
……一瞬、ページの隙間から肌色面積の広い画像らしきものが見えたような気がしたけど、見えなかったことにしておこう。
「それじゃアニキ、お元気で! ……さあドゥーエちゃん、ウチと一緒に部屋に帰って、二人で楽しいことするっスよ!」
「おいセカイ、それはさすがによくないんじゃ」
「楽しいことってなあに?」
ドゥーエちゃんがセカイに純粋な瞳を向ける。
「それはもちろん お人形遊びとかおままごととか、とっても楽しいことっスよ!」
あ、あれ?
意外とまともなことを⁉
「じゃああたし、お医者さんごっこがしたいんだよ」
「そうっスか! じゃあウチが患者役をやるっス! それでドゥーエちゃんにいろんなところを触診してもらいたいっスねぇ……ぐへへへ」
やっぱりダメだこいつ!
「ドゥーエちゃん、今日は保健室に泊まっていきなよ。寮にいると何をされるか分からないよ」
「な、ななな何を仰るっスかアニキ⁉ ウチは変態という名の紳士っスよ⁉」
「エルくんがそう言うならそうするんだよ」
「……いいですか、目里先生?」
俺が声をかけると、机で作業をしていた目里先生は顔を上げてこちらを振り向いた。
「わ、私は構いません。どちらにしても、もう少ししたら私は隣の部屋に行きますから。何かあったら呼んでください」
「ちょっと待つっス! 密室で幼女と二人きりなんて危険な香りしかしないっス! 青少年育成保護を遵守するウチとしては異議を唱えざるを得ないっス!」
「下井、難しいこと言わないで欲しいんだよ。あたしは別にエルくんと二人で問題ないんだよ。お風呂だって、さっきシャワーを浴びてきたんだよ」
「く、くそーっ! 男なんてみんな狼っスからね! どうなってもウチは知らないっスよ!」
捨て台詞を叫びながら、セカイは保健室を飛び出していった。
相変わらず騒がしい奴だな……。
と、その時、俺は目里先生がこちらを見ているのに気が付いた。
「……そ、その子」
「はい?」
「その女の子は、あなたの関係者ですか?」
「え? ええ、まあ、関係者と言えば関係者ですかね……?」
「い、妹さん?」
「いや、違いますよ。迷子で家が分からないらしくて、身元がはっきりするまで斬沢先生の家に居候してるんです」
「そ、そうですか……」
「何か?」
「い、いえ。私のよく知っている子に似ていたものですから」
へえ?
一体どんな子だろう。
「その子は、今何をしてるんですか?」
「……も、もう子供って年齢じゃありません。大人になっているはずです……生きていればね」
「生きていれば?」
「ふ、深い話はやめましょう。しかし、それにしてもよく似ていますね。君、ちょっとこっちへ来てくれませんか?」
目里先生が俺たちの方へ体を向ける。
「……あたし?」
「は、はい。こっちへ」
「?」
不思議そうな顔をして、ドゥーエちゃんは目里先生の方へ歩み寄っていった。
目里さんは近づいてきたドゥーエちゃんを、まるで実験対象みたいに四方から眺め、
「……ほ、本当によく似ている。初期生産モデルが残っていたのか、あるいは……」
「な、何なんだよ?」
「いえ、何でもありません。何でも……あ。あの、触ってもいいですか?」
「あたしは別に構わないんだよ」
「で、では」
恐る恐るドゥーエちゃんに手を伸ばした目里先生は、そのままドゥーエちゃんの頭に手を乗せた。
「……?」
「ゆ、許してほしい。能力者への復讐心だけで怪物を――あなたたちを生み出した私たちを、私を許してほしい」
「何を言っているんだよ……?」
「……何度も言うようですが、私は隣の部屋にいますから何かあったら呼んでください」
目里先生は立ち上がり、保健室から出て行った。
「一体何だったんだ?」
「さあ、あたしにもわからないんだよ」
どういうことだったんだろう。
もしかすると、ドゥーエちゃんの言うお兄様――つまり、アークンさんと何か関係が?
……まあ、考えても答えは出ないみたいだから、放っておこう。
それよりも俺、いつまで寝てればいいんだろう?
ケガは治ってるみたいなんだけど。
「……幼い子を個室に連れ込むなんて、不潔」
「!!?」
突然俺の真横から声がして、俺は驚いてベットから転がり落ちた。
顔を上げると、そこに立っていたのはアオだった。
「あ、アオ⁉ どうして⁉」
「……Cクラスの人に負けて落ち込んでる君を笑いに来た。ふっふっふ」
表情をあまり変えないまま笑うアオ。
それはそれで不気味だった。
「嘘だな。大方、ドゥーエちゃんが帰ってこないのが心配で探しに来たんだろ?」
俺は再びベッドに這い上がりながら言った。
「……な、なんでわかったの?」
アオの顔に驚愕の色が浮かぶ。
本心を見抜かれたのがよほどショックだったらしい。
「いや、わざわざ君が俺のお見舞いになんか来るはずないだろうし、思い当たる理由と言えばドゥーエちゃんくらいしかなかったからね」
「……完璧な推理。私の負け……」
か、勝った!
俺はあのエリートに頭脳戦で勝ったんだ!
やったぁ!
「……ということでドゥーエちゃん、私と帰ろう」
「いやちょっと待て! 何が“ということで”なんだよ⁉ 唐突すぎるだろ⁉」
「……唐突じゃない。私がドゥーエちゃんを迎えに来たのは私たちの共通認識事項。それとも君はドゥーエちゃんと二人きりで忘れられない夜を過ごすつもり?」
「こんな子供とどう忘れられない夜を過ごすっていうんだよ⁉」
「エル君、あたしはあたしで大人なんだよ。確かめてみる?」
ベッドの上に飛び乗り、何かを誘うようなポーズをとるドゥーエちゃん。
俺は全身に冷や汗が浮かぶのを感じた。
「ええい煩わしい、もう俺を一人にしておいてくれーっ!」
「まったく、泊まっていけって言ったり一人にしろって言ったり忙しい人なんだよ。やれやれ、物分かりのいいあたしはエル君の言う通りにアオちゃんの家に帰ってあげるんだよ」
大人びたため息をつきながら、ドゥーエちゃんは軽やかにベッドから飛び降りた。
「……それじゃお大事に、Eクラスの真白くん」
ドゥーエちゃんの背中を押しながらアオは病室を出て行った。
去り際、ドゥーエちゃんがこちらに手を振ってきたので、なんとなく振り返した。
そしてようやく病室には静寂が訪れたのだった。
一体何だったんだ、目覚めてから数分間の騒ぎは?
まあ、大怪我しても誰もお見舞いに来てくれないよりはいいのかも。
もう一度布団をかぶりなおして眠ろうとしたとき、肩のあたりに何か固いものがぶつかった。
なんだろうと思って拾い上げてみると、セカイがおいて行った写真集だった。
……えーと、『魔導学園美人特集』? 『撮影・編集、下井セカイ』?
これまさか、自作の……。
それも盗撮の……。
セカイお前、いつか訴えられるぞ。
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