その⑫
「―――というわけで、彼女の相手は真白にお願いしますわね」
「え?」
「え? じゃありませんわ。何をぼうっとしているの?」
神奈崎は不機嫌そうに眉を顰める。
「ご、ごめん。一瞬考え事してて」
「ヴィーラ・新條の相手は真白にお願いするという話ですわ。集中しなさい、真白」
本気で注意されてしまった。
マジでごめん、神奈崎。
「分かった。えーと、ヴィーラさんは炎魔法の使い手なんだよな? 俺で大丈夫かな?」
「どういうことかしら」
「ほら、俺の魔法は植物系主体だろ? 相性を考えると神奈崎の方がいいんじゃないかと思って」
「まったくもー、アニキはちゃんと話を聞いていなかったっスか?」
「な、なんだよ急に」
「急にも何も、ウチはずっと一生懸命説明してたっス! Cクラスは炎魔法を使う人で固められてるみたいだから、水魔法が得意なレエネお嬢は大将戦まで温存しようって話をしたはずっス!」
俺がくだらないことを考えていた間にそんな話が⁉
これじゃまるで俺が不真面目みたいじゃないか!
ちょっと虚しくなってきた……。
「ご、ごめん、セカイ。話は分かったよ。俺がそのヴィーラって人と戦えばいいんだよね?」
「そういうことっス。アニキのいう通り相性は悪いかもしれないっスけど、きっとアニキなら勝てるっスよ」
「もしエルさんがだめでも、私と神奈崎さんが勝ちますから安心してください!」
ユイが力強くガッツポーズする。
この間のDクラス戦が自信になっているのかもしれない。
ユイが戦ってくれるのなら俺の負担も減るし、気が楽になっていい―――って、何を考えてるんだ俺は。
そもそもこの学園に入学したのは『彼岸』を倒す力を得るためだ。
どうして俺はこんな生温い雰囲気に染まっちゃったんだ。
思い返してみれば、アークンと名乗るあの人に会ってからなんか変だ。
このあたりで一度初心に帰っておく必要があるのかも―――と、俺がモニターに視線を移したとき。
「な、なんですの、この映像はっ⁉」
神奈崎が悲鳴を上げた。
それもそのはず、モニターに映し出されていたのはCクラスの女子の生着替えシーンだったからだ。
きっと体育の授業があったのだろう……。
「や、やべーっス! つけっぱなしにしてたっス! せっかく後でゆっくり鑑賞しようと思ってたのに!」
「早く隠せセカイ! 急ぐんだ――あ、ダカミアさん、実はこれには深い事情があるんだ!」
「下井、そのディスクをわたくしに貸しなさい! たたき割って差し上げますわ!」
「ええい仕方ない、ここは一度逃げるっス!」
「お、おう!」
あわただしく部屋を飛び出していくセカイとジン。
忙しいな、あいつら……。
「こら、待つなの! そんなビデオは没収なの!」
一瞬遅れてダカミアさんがセカイたちを追いかけて行って、ようやく部屋は静かになった。
「全く、これだから庶民は困りますわ!」
ふん、と鼻を鳴らす神奈崎。
というかよく思い返してみれば、ユイも神奈崎も部屋の中で普通に着替えてたりするよな?
セカイもわざわざ盗撮なんかしなくても……いや、待てよ。この部屋自体にカメラが仕掛けられているという可能性だってある。
いやな予感に従って、俺は部屋の中に視線を巡らせてみた。
案の定、部屋の天井の片隅にそれらしきものが設置されていた。
セカイめ、抜け目のない奴だ。
一応取り除いておこう。
天井からツタを生やし、カメラを引きはがす。
剥がしたカメラはツタを伝わせて(特に深い意味はない)俺の手元に運んだ。
「……あれ、エル君、その手に持ってるの何?」
「え? い、いや、何でもないよ。気にするなよ」
「なんでもないって言われたら気になるのが人間ってものなんだよ。隠し事はよくないんだよ」
「後でドゥーエちゃんには教えてあげるよ」
「ふーん。二人だけの秘密ってやつ?」
「そうそう。ドゥーエちゃんだけ特別」
俺が言うと、ドゥーエちゃんは納得したように目を輝かせた。
「やっぱりあたしは特別なんだよ、エル君にとって」
「うん? ……まあ、そういうことにしておこう。それよりも神奈崎」
「急にわたくしへ話を振って、どうしたのかしら?」
「たとえ俺が勝ったとしても神奈崎が負けると一気に不利になる。任せたよ」
「……あなたに言われるまでもありませんわ。むしろわたくしは真白やユイの方が不安ですわね」
「善処するよ。ユイも自信があるみたいだし……ね?」
「もちろんです! 最近魔法に磨きがかかってきたみたいなんです。今度一緒に特訓しましょう!」
「ああ。俺もヴィーラって人の対策を練りたいところだったし」
「それじゃ明日の放課後なんてどうですか?」
「望むところだよ。神奈崎も一緒にどう?」
「わたくし? ……ま、どうしてもと言われれば行ってあげなくもないですわ」
「分かった。後でセカイにも声をかけておくから」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。どうしてわたくしが行く前提になってるのかしら⁉」
「だって今行かなくもないって」
「どうしてもと言われれば! ですわ!」
妙なところでプライドが高いんだから。
「はいはい。どうしても来てもらわなきゃ困りますー」
「果てしなく棒読み! あのですわね真白、わたくしを呼んだら簡単についてくる軽い女だと思われたら困ります!」
「俺は別にそんなこと思っちゃいないけど」
「そう思っていなくても、あなたの物言いがそうなのですわ! ……わたくし、お風呂に行ってきます!」
ぷい、と俺に背を向け、神奈崎は部屋を出ていく。
「あ、待ってください神奈崎さん! 私も行きます!」
ユイもその後を追って行って、部屋には俺とドゥーエちゃんだけが取り残された。
「……なんなんだよ、一体?」
「女心は複雑なんだよ、エル君」
「神奈崎にも同じようなことを言われたけど、分からないな……」
「エル君がもっと余裕のある大人にならなきゃ」
「確実に言えるのは、今の俺にその要求はハードルが高すぎるってことかな」
「はぁー、そんなことばっかり言ってると周りに人がいなくなっちゃうんだよ?」
「元々俺はおばさんと二人暮らしだったんだから、いいんだよ」
「良くないんだよ。あーあ、一体誰に似てこんな風にひねくれちゃったんだろうねえ?」
「ドゥーエちゃんこそ、いつからそんな年寄りみたいなこと言うようになったのさ。っていうか、時間大丈夫なの? もうかなり遅いけど」
「あ、今日はエル君たちのところに泊まるって言っておいたから大丈夫なんだよ。ロットおじちゃんもアオちゃんとあたしの距離を少し置かせたいみたいだし」
ふーん。
人にはそれぞれ事情があるってわけか。
「色々大変なんだな……」
「で、エル君」
「何?」
「さっき隠したものは何なんだよ? 教えてくれるって約束だよ?」
「ああ、ただのカメラだよ」
「カメラ?」
「まあ、気にせず風呂でも入って来いよ。神奈崎やユイがいなきゃ、一人じゃ入れないだろ?」
「うーん、エル君と一緒に入るからいいんだよ」
いやそれは……。
ちょっと問題では……?
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