その⑪
※※※
「……アオの魔法を打ち破る方法ですって?」
次の日の放課後、俺は神奈崎を校舎裏に呼び出していた。
もちろんアオの攻略法を考えるためだ。
……うん?
なんか言い方に語弊があるな。
正確には、アオの魔法の攻略法を考えるためだ。
「そうなんだよ。昨日、ドゥーエちゃんを送ったときに遭ったんだけどさ。寮から見えなかった? 夜の空がいきなり昼間みたいに明るくなったんだけど」
「覚えてませんわね。こっちはこっちでセカイが裸になろうとするのを抑えるので手一杯でしたもの」
何やってんだ、あいつ。こんな大事な時に。
「ま、まあそれはそれとして。アオを倒すにはこっちにも作戦が必要だと思うんだよ」
「真白の考えには概ね賛成ですわね。確かに、強力な敵を倒すためには策が必要ですわ」
「やっぱり神奈崎もそう思うだろ? じゃあ、どうやって―――」
俺の言葉を遮るように、神奈崎は俺の鼻先を指さした。
「でも、油断は禁物ですわ」
「油断?」
「そう。いいかしら、真白。私たちはまだDクラスを倒しただけなのですわよ。これから先、Cクラス、Bクラスとの戦いが控えているの。わたくしが何を言いたいか分かるかしら?」
「え? えーと……」
「ふん。庶民の頭では理解できないようね。いいかしら真白、よく聞きなさい。まだAクラスと戦うと決まったわけでもないのに、アオとの戦いを考えてどうするつもり? まずは目の前のCクラス戦に勝利することを第一目標にするべきですわ」
う。
確かにそれはごもっとも。
さすが隠れ常識人。
「わ、分かったよ。神奈崎のいう通りだ」
「そう。分かればいいのですわ。だけど真白の気持ちも理解してあげられなくはないわね。いずれ超えなければならない高い壁が見えてしまえば、どうしてもそちらに意識が向いてしまうもの。それに、アオを倒すために早くから手を打っておくということには賛成ですわ。ただ、それでCクラス戦を疎かにしては勝てる戦いも勝てませんわよ」
「そうか。そうだよな。まずは目の前の相手をどう倒すかだよな。ありがとう神奈崎、少し気持ちが軽くなった気がするよ」
「庶民の相談事にのってあげるのもエリートの役目ですわ。……だけど、真白」
「え、何?」
急に神奈崎の視線が鋭くなる。
俺、何か余計なことでも言っちゃっただろうか。
「わたくしをこんなところに呼び出したのは、この話をするためだけですの?」
「ああ、そうだけど。ユイやセカイには分からないだろ、魔法のことは」
「……あなたには女心というものが分かっていませんわね」
え?
なんのこと?
女心?
「急に何の話?」
「なんでもありませんわ。とにかく、アオの魔法への対抗策はわたくしも考えておきますから安心なさい。まずは情報を集めるところから始めなければなりませんわね?」
「あ、ああ。それはセカイに任せよう」
「……いいこと、真白。くだらないことにうつつを抜かしていると思わぬところで足元をすくわれるものですわよ」
「分かったよ。別に俺は気を抜いているつもりはないけど」
いい加減くどいな、と思っていた俺だったから、つい無愛想な口調になってしまった。
それが神奈崎には面白くなかったらしく、はあ、とわざとらしいため息をつくと、
「本当かしら。あやしいものですわね」
と言い残し、俺に背を向けて去っていった。
……あ、結局アオの対策についてあんまり話せなかったけど――まあ、今はいいか。
※
「それじゃあ、Cクラスの戦力を発表するっス!」
数日後、Cクラスとの試合(と呼んでいいのだろうか?)の日程が公開された。
それに合わせてセカイも情報収集を終えていて、俺たちは授業終わりの平日、寮で夜な夜な作戦会議を始めていた。
「おっと、今回は俺も協力したぜ! こいつを見てくれ!」
そう言ってジン君が立ち上がる。
同時に部屋のドアが開き、台車に乗ったモニターが運ばれてきた。
運んできたのは寮母のダカミアさんだ。
「頼まれていたものを持ってきたなのー。役立てて欲しいなの」
「名付けて、Cクラスを丸裸にするマル秘ビデオとでも呼ぼうか! こいつがあれば百戦錬磨の負けなしだぜ! ポロリもあるよ!」
「いやそれは嘘だろ」
「フッ……さすが真白エル。鋭いツッコミだぜ!」
そりゃそうだろう、俺たちはまだ未成年。うかつにポロリなんか出しちゃったら児童ポルノ法に―――っていうかこいつ、いつの間に俺達の部屋に⁉
全く気が付かなかった!
そして全く違和感がなかった!
この発動機ジンって男子生徒に慣れてきているのかもしれない……。
それもそれで嫌だな……。
「で、そのマル秘ビデオっていうのはどういう内容なのさ」
「よく聞いてくれたな! 言うなればこれは、Cクラスの様子を隠し撮りしたビデオだな!」
「ウチがこっそりCクラスに忍び込んでカメラを仕掛けておいたっス!」
「さすがセカイだぜ!」
固い握手を交わすジンとセカイ。
こいつらいつ仲良くなったんだろう……?
ジンがモニターに接続されたディスクドライブに、どこからか取り出した記録ディスクを差し込むと、画面にCクラスの教室の様子が映し出された。
それはちょうど俯瞰で教室全体を眺めるような映像で、まさしく隠し撮りといった風体だった。
「それじゃ早速説明させていただくっス! Cクラスから選抜された三人はーっ! この三人だぁーっ!」
妙に高いテンションでセカイが叫ぶと画面が切り替わり、三人の生徒の顔写真が映った。
「この人たちが次の対戦相手というわけですね?」
ユイが物分かりよさそうに頷く。
なんだか久しぶりに顔を見たような気がするけれど、気のせいだろう。
「まず最初にこの女子生徒! ヴィーラ・新條さん! スリーサイズは上から68・56・70! これからの成長に期待っスね!」
「いやスリーサイズはいいから、戦闘能力について教えてくれよ」
「そう慌てないで欲しいっス、アニキ。せっかちっスねーっ!」
やれやれとでも言いたげに首をふるセカイ。
む、むかつく……っ!
「落ち着けよ不良少年。このヴィーラって女の子だけど、料理が得意らしいぜ!」
「知らねえよ!」
「……ほほうアニキ、家庭的な人は好みじゃないということっスか?」
「う、うるせえよ! 早く本題に入れよ!」
「とういうわけでアニキがキレる前に本題に入らせていただくっス」
「もうキレてるよ! うおおおお暴れてやるうううううっっ!」
「エル君、悪ノリが見苦しいんだよ……」
「やめろドゥーエちゃん! 俺をそんな道路に不法投棄された生ゴミを見るような目で見ないでくれっっ!」
「さて、壊れかけのアニキは放っておいて、彼女の戦法は炎魔法を主体とした遠距離戦で―――」
くそ、誰も俺にかまってくれない!
全裸で床を転がりまわってやろうか⁉
「……いい加減にしなさい、真白。今は真面目な話をしているのですわよ」
「わ、分かってるよ! 畜生、覚えてろよ!」
自分でもよく理解できない捨て台詞を吐きながら俺は脱ぎ掛けた服を着なおした。
この悶々とした感情を何にぶつければいいんだろうか。
……ドゥーエちゃん?
そう考えた瞬間、俺の隣に座っていたドゥーエちゃんの体がびくっと揺れた。
「なんか今、とても気持ち悪い気配がしたんだよ……」
「それはきっと気のせいだよ、ドゥーエちゃん」
恐るべし、幼女の勘。




