その⑥
ぼくはニィおばさんを追う人影の一つに狙いを定め、頭の中でイメージを構築した。
地面から出現した植物の枝葉が、人影の動きを止めるイメージを。
それから目を瞑り、魔力の流れを感じ取る。
行け、とぼくは心の中で唱えた。
手ごたえがあった。
目を開けると、黒い影はその半数以上が地面に倒れこんでいた。
成功だ。
「やった……!」
あとはぼくが逃げるだけ。
そして、ニィおばさんと合流するだけ。
森の中を目指して、ぼくは背後を振り返った。
その瞬間、ぼくは大地に叩きつけられていた。
顔に焼けるような痛みが走ったのはその直後だった。
「え……」
衝撃で視界が揺れる中、ぼくは、ぼくを見下ろすように立つ黒ずくめの男の姿を見た。
男は両手で長い筒状の物を持っている。多分、あれで殴られたんだ。
「やはり魔法に覚醒していたか。どちらにせよ排除対象である危険分子には違いないがな」
男が僕に筒状の物を向ける。
ふと僕はニィおばさんの血の感触を思い出していた。
もしかすると、ニィおばさんはこの筒にやられたのかもしれない。
だけどもう逃げられない。急いでここを離れたって、すぐに追いつかれて殺されてしまうだろう。
魔法でどうにかしようとしても、顔の痛みのせいでイメージがうまくまとまらない。
ぼくは死ぬのか?
ぼくは死ぬんだ。
筒の先はぼくの方を向いている。
今のぼくにはただ目を瞑ることしかできなかった。
軽い破裂音がぼくのすぐ近くで鳴った。
「――エル君!」
「おばさん?」
ニィおばさんの声が聞こえたような気がして、ぼくはゆっくり目を開けた。
そして、ぼくの目の前に両手を広げて立つ人影に気がついた。
ニィおばさんだ。
刹那、筒状の武器を構えた男の体がバラバラに裂けた。
血と肉が飛び散り、その飛沫がぼくにも飛んできた。
「な、何が、あったの……!?」
目の前の光景に、ぼくは呆気に取られていた。
そんなぼくを温かいものが包んだ。
おばさんの腕だ。
気づけばぼくはおばさんに抱きしめられていた。
「お、おばさん?」
「エル君、忘れないでね。あたしは君のことを愛している。君は愛されているんだよ。どんなに辛いことがあっても、君ならきっと乗り越えられるんだよ」
「何言ってるんだよ、おばさん……?」
おばさんの体がだんだん冷たくなっていく。
その時になってようやくぼくは、おばさんがぼくの盾になってくれたんだということが分かった。
「君が生きることが、あたしの一番の望みなんだよ、エル君。だから逃げて」
「――!?」
ぼくは再び地面に倒れこんでいた。
おばさんに突き飛ばされたからだ。
「さようなら、エル君。君と過ごせて良かった」
おばさんは――ぼくの方を見て、笑った。
彼女の背中越しに、黒ずくめの男たちがこちらへ駆け寄ってきているのが見えた。
「おばさん!」
「おばさんじゃなくて、お姉さんなんだよ」
ニィおばさんはそんなことを言ったような気がした。
直後、彼女の体を突き破るようにして何本もの太い樹木が出現し、ぼくの前に巨大な壁を形成した。
おばさんの魔法だ。
おばさんは、ぼくを襲撃者たちから守るために、最期の力で、どこまでも続くこの樹木の壁を創り出したのだ。
ぼくの服はおばさんの血で真っ赤になっていた。