その⑨
「……ドゥーエちゃんを誑かす敵……!」
「待って、落ち着いて! 俺はドゥーエちゃんを家に帰すつもりなんだ!」
「そ、そうなんだよ! あんまり怒らないで欲しいんだよ!」
「……ドゥーエちゃん?」
アオの動きが止まった。
ドゥーエちゃんの説得が効いたのかもしれない。
これはチャンスだ。
「ほ、ほら、ドゥーエちゃんもこう言ってるし。ここは穏便に事を済まそう。大体こんなところでケンカなんて問題行動だぜ。一度でも変な噂がたっちゃうと後が大変だよ(経験談)」
「そ、そうなんだよ! エルくんなんてずっと不良不良って言われてクラスでも浮いてるんだよ! 友達もいないんだよ!」
「うるせえな、友達の数は関係ないだろ!」
「でも嘘じゃないんだよ。あたしは知ってるんだよ」
「た、確かに友達がいないのは本当だけど!」
「ほらー、本当のことなんだよ。やっと認めたんだよ」
「な、なにぃ、生意気な! こうしてやる!」
「うわーっ、ほっぺたつねらないでほしいんだよ!」
「つねるどころか撫で繰り回してやる! 嫌という程にな!」
「セクハラなんだよ! 不純異性交遊なんだよ! 警察に訴えて市中引き回しの刑からの打ち首コンボを決めてもらうんだよ!」
「え、そんな野蛮な刑がまだ行われてるの⁉」
「……なんか、仲良さそうでむかつく」
ぼそっ、と冷たい声色が聞こえた。
俺とドゥーエちゃんはハッとしたように同時に顔を上げ、アオの方を見た。
やばい、調子に乗りすぎた。
アオの目が据わっている。
「い、今のはアレだから。別に仲いいとかじゃないんだからねっ!」
「エルくん、そのセリフはあたしでもドン引きなんだよ」
「うっ、それはショック」
「……きっとドゥーエちゃんはそいつに毒されてる」
「え?」
「……見ていてドゥーエちゃん。そいつを殺して、目を覚まさせてあげるから」
最悪だ。
状況はさらに悪くなっている。
果たして俺はここを切り抜けることができるのか! 次週をお楽しみに―――ってわけにはいかない。残念ながら。
「こんなところで派手な魔法を使うと、ドゥーエちゃんにも被害が出るよ⁉」
「……私はそんなミスしない。あなただけを確実に殺す」
背筋に走った嫌な感じに、俺は顔をひっこめた。
その瞬間、俺の頭上を光線が掠めていった。
「―――っ⁉」
おいおいおい、当たったら火傷じゃすまないぞ⁉
こんなところで、しかも嫉妬のもつれみたいな理由で殺されちゃ笑えない。
なんとかしてこの場を切り抜けなければ。
しかし、これがAクラスの実力か。まともにやり合ったら死んじゃうと思うけど、よく学園長は序列闘争なんて言えたな? 死人が出たらどうするつもりなんだろう。
「どうするの、エルくん」
「どうするも何も、あいつをどうにかしてなだめないと。そうだドゥーエちゃん、ハダカになってよ」
「な、なんでそんなセカイみたいなこと言うんだよ⁉ 変態が感染ったの⁉」
「いや、それで一瞬でも時間が稼げれば―――」
「ああ、エルくんがアオちゃんをどうにかできるんだね?」
「俺が逃げる隙にはなるかなって」
「さ、最低なんだよ! 見損なったんだよ!」
「というのはまあ冗談として、でも、さすがの俺もあんな魔法を防ぐ術は知らないよ」
「じゃあどうするの?」
「逃げるしかない」
「…………」
ドゥーエちゃんが俺を睨む。
そんな顔で見られたって無理なものはしょうがない。
ただ、一つ打つ手があるとすれば、俺が瀕死の状態になったときに発動するあの力――正体不明で圧倒的なあの力ならアオの魔法にも対抗できるかもしれない。
だけど、そのまま死んじゃったらどうするんだ?
俺は不死身ってわけじゃないし、瀕死の状態なんてなりたいものでもない。
「……余所見なんて許さない」
「!」
いつの間にか空が明るくなっていた。
夜明け―――いや違う。
アオの魔法だ。
恐らくはアオの想像したエネルギーのイメージが具現化しているのだろう。
こんな強大なイメージを魔力に反映させられるなんて、さすがはAクラス。伊達じゃない。
……あれ、待てよ。
夜空いっぱいに光り輝くあの魔力の塊は、次はどうなるんだ?
考えるまでもない。
俺に向かって発射されるに違いない。
「……逃げられるの、エルくん」
「ドゥーエちゃんが裸になってくれたらね」
「ばーか、変態。やっぱり死んじゃえばいいんだよ」
辛辣。
まあ、しょうがないだろうけどね。
だけど、せめて何らかの抵抗はやってみないと、本当に死んじゃう。
俺はアオの方へ視線を戻した。
アオは相変わらず俺を睨みっぱなしだけれど、どこか意識がこっちに集中していないようにも見えた。
あれだけの魔力をコントロールしているのだから、当然と言えば当然かもしれない。
だけどそれは戦闘の中じゃ隙以外の何物でもない。
ツタを生やすなりなんなりして、一瞬でアオを拘束して、あのエネルギーの塊みたいな魔法を解除させればまだ勝機はある。
俺は頭の中でアオを縛るための草木をイメージした―――その時だった。
不意にアオが膝から崩れ落ちた。
「あ、アオちゃん⁉」
ドゥーエちゃんの声が夜の路地に響く。
そして、倒れたアオの背後からゆっくりと人影が現れた。
「いやー危ないところだったね。ギリギリ間に合ったみたいでうれしいよ、僕は」
人影はアオを抱え上げると、友好的な様子でこちらへ近づいてきた。
男の人だ。
どことなく見覚えがあるのだけれど、どこで見たかは思い出せない。
「……あんた、一体誰?」
俺はドゥーエちゃんを背中に隠すようにしながら言った。
「うん? 僕? 無職童貞……あ、いや、訂正。えーと、そうだね。僕のことは、えー……いや、アークンとでも呼んでくれよ」
「アークン?」
「そんな話より、助けてもらったお礼くらいは言ってほしいね」
「お礼?」
「……いや、だからさ、君は今大ピンチだったわけじゃん。あんな魔法食らっちゃったら痛いじゃ済まないし、この街自体も無事じゃなかっただろう……と、僕は思うけど」
なんだこの人?
あからさまに怪しすぎないか?
でも言うことは間違ってない。
あれだけの魔法の塊、発射されていたらどうなっていたかわからない。
「それは確かにそうですけど……えっと、ありがとうございました」
「…………」
「なんですか、変な顔して」
「いや、他人に感謝されるのに慣れてないからさ。こんな時どういう顔をすればいいのかわからなくて。とりあえず笑っておこうかな」
「それはさすがに空気読めてないと思いますけど……?」
「あ、やっぱりそうだよね。あはは」
表情をあまり変えないまま、男の人――アークンさんは声だけで笑った。
ますます怪しい。
っていうか結局笑ってるし……。




