その⑧
「それじゃ第一回隠し芸大会! 一番下井セカイ、とりあえず脱ぐっス!」
「脱ぐな!」
「ついでにドゥーエちゃんも脱がすっス!」
「脱がすな! そして通報されろ!」
という風に(どういう風だ)祝勝会は粛々と執り行われていったのだった。
※
で。
夜も更け始めたころ、俺は斬沢先生との約束を果たすべく、ドゥーエちゃんと一緒に寮を出た。
「楽しかったんだよ。またやろうね、エルくん」
「試合の度にあんな騒ぎをやられると、俺は体力がいくらあっても足りないよ。しばらくは遠慮したいね」
「えー? エルくん意外とお祭り騒ぎ苦手なんだよ?」
「俺はもともと人目を忍んで生きてきたような人間だからさ。そもそも大人数と一緒にいるっていうのにも未だに慣れないし」
「ふーん。人生いろいろなんだよ」
「っていうか、ドゥーエちゃんはどうなんだよ」
「どうって?」
隣を歩いていたドゥーエちゃんが俺を見上げた。
「だから、ここに来る前は何してたのかなって。結局君のお兄様って人は現れてないわけだしさ」
「よく覚えてないんだよ」
「覚えてない?」
頷くドゥーエちゃん。
「あたしがはっきり覚えてるのはこの学校の中に入ってからのことだけなんだよ。あとのことはぼんやりとしか思い出せなくて」
「思い出せないって、そんなことないだろ。ドゥーエちゃんにも親がいて、そのお兄様って人がいたわけなんだろ?」
言いつつ、俺は神奈崎のことを思い出していた。
デザイナーベビーの話を。
……親がいるとは限らないってことか。
まあ、俺みたいに親のことを覚えてないって場合もあるわけだし、一概にどうとは言えないよな。
「それよりもエルくん、アオちゃんのお家知ってるの?」
「え? ドゥーエちゃんが知ってるんじゃないの?」
「もちろん知ってるんだよ。だけどエルくん、もしあたしが適当な場所に案内したらどうするの?」
うん?
つまりどういうことなんだ?
いや、ちょっと考えればわかることなんだ。
ドゥーエちゃんはもともと斬沢先生のところへ戻りたがっていなかった。
そして、今この瞬間、斬沢先生の家の場所を知っているのはドゥーエちゃんただ一人。
つまり、ドゥーエちゃんの気分次第では、永遠に斬沢先生の家にたどり着けない可能性があるってことだ。
そうなると大変だ。俺は斬沢先生との約束を違えることになる。
なんということを……!
「何が望みだ、ドゥーエちゃん」
「うん? 別に何も望んでなんかいないんだよ。ただ、あたしが有利な立場にいるってことを教えておいてあげたんだよ」
「…………」
「その上で聞くけど、エルくん」
「……なんでしょう?」
「エルくんのおばさんってどんな人?」
「どんな人? いや、普通の人だったよ。魔法が得意だった以外はね」
「じゃあ、その人ってさ、もしかして……」
と、ドゥーエちゃんが何か言いかけたとき、強烈な殺気に俺は思わず顔を上げた。
敵か―――いや、相手は見覚えのある制服を着ている。
「……どうして、ドゥーエちゃんと二人きり?」
俺とドゥーエちゃんの行く手を阻むように立っていたのは、Aクラストップの成績を収めるエリート中のエリート、斬沢アオだった。
「ちょっと待って、多分君は誤解してるんだろうけど、俺はただドゥーエちゃんをアオの家に送り届けようとしてただけだよ」
「……夜中に、思春期男子が幼女と二人きり……」
「いや、特に深い意味はないから!」
「……この道は私の家と逆方向。つまり、あなたはドゥーエちゃんを送り届けるふりをしてこの子を攫い出した」
「誤解だ!」
「ロリコン」
「誤解だって!」
この世界には俺の話をちゃんと聞いてくれる人はいないんだろうか。
「……私のドゥーエちゃんに触れるものは抹殺する」
アオが発する殺気がさらに強くなる。
これはまずいのでは――っ!?
「落ち着いて話し合おう! きっと俺たちは理解できるはず」
「……ロリコンと語り合う必要はない!」
ついにアオが動いた。
彼女の頭上に光が集まり、巨大な槍を形成した。
大気を震わせながら出現したその槍は、間髪入れず俺めがけて放たれた。
……えーと。
さすがに俺、死ぬのでは?
「エル君、動いて!」
「あ、ああ!」
あまりにも強大な殺気と魔力に呆気に取られていた俺を正気に戻してくれたのはドゥーエちゃんだった。
俺はドゥーエちゃんを抱え、反射的に真横へ飛んだ。
ギリギリのところで槍は俺を掠め、道路のアスファルトを抉りながら空の彼方へと飛んで行った。
直後、夜の空の片隅で何かが爆発したように発光した。
おいおい、あんな魔法規格外だろ。
っていうか、当たってたら本当に死んでたな。
せめて即死なら―――いや、余計なことは考えない方がいい。
今はこの理性を失った状態にあるこのエリートをどうにかしなければ。




