その⑦
俺はもう一度、地中から生えるツタをイメージした。
「おいおい、同じような手は食わないぜ?」
言いつつ、イズモは加速する。
フィールドを縦横無尽に駆け回るその背後をツタが追うけれど、捕まえられる気配はない。
「……!」
「試験の時に暴れたせいでEクラスになったって話だから少しは期待してたんだが、これじゃ俺の見込み違いだったみてえだなァ?」
再びイズモが俺に接近してくる。
「それは……まだ分からないと思うよ」
「何?」
がくっ、とイズモの体が揺れる。
「俺だって同じ手が通用するなんて思ってない。だから、ちょっと考えたんだ」
「こいつは……いつの間に⁉」
どんな風も木々を揺らさずに吹き抜けることはできない。
だから俺は、周囲にツタの結界を張り巡らせていた。
「さっきまで生やしていたツタは直接君を狙っていたわけじゃない。君を確実に捕らえる罠を張るために使ったブラフだったんだよ」
「……何をどう勘違いしているか知らねぇが、さっき俺にツタを破られたのを忘れたかい?」
イズモの全身が強張る。
さっきみたいにツタを引きちぎろうとしているのだろう。
―――でも。
「同じ手が通用するとは思ってないって言ったのを忘れたのかな?」
「……っ⁉」
「今度は、引っ張れば引っ張るほど締まる結び方にしておいた。だからもう、君は逃げられない」
「いつの間にか俺はお前に踊らされてたってわけかい」
「ま、そういうことになるね。どうする? 降参してくれれば俺も気が楽なんだけど」
「……ここで手の内をすべて晒すわけにもいかねえか」
「え?」
「いや、なんでもねぇ。降参だ」
両手を上げるイズモ。
その瞬間、試合終了を告げるブザーが鳴った。
なんだろう、何か引っかかっているような気がするけど。
まあ、勝利は勝利だ。とりあえず俺の役目は果たしただろう。
※
蓋を開けてみれば、Eクラスは三戦三勝、負けなしでDクラス戦を突破していた。
「いやー、さすがアニキたちっス! 問題行動さえなければAクラス間違いなしって噂は本当だったっスね!」
「一応付け加えておくと、あの入学試験の日以来俺は何の問題も起こしてないつもりだけど」
「あれ? 純粋で幼気な幼女のあたしを自室に連れ込んだのはどこの誰だったんだよ?」
「……いや待て、勝手に記憶を書き換えないでほしい。ドゥーエちゃんは勝手に俺たちの部屋に入ってきたよな?」
「えーと、他に真白の問題行動はあったかしら。思い出せばたくさんありそうな気がしますわ」
「探すな探すな」
「何はともあれ、無事一回戦突破です! おめでとうございます! ……というわけで、お祝いのパーティといきましょう! ダカミアさんに言ってたくさんお菓子を分けてもらいましたよ!」
「わたくしも部下に料理を用意させて運び入れさせましたわ。今は勝利を祝いましょう」
部屋の中央には所せましときらびやかな料理やデザートが並んでいる。
見渡してみると、部屋中に飾り付けが施されていた。
「あれ、いつの間に飾り付けなんか……」
「フッフッフ。ウチとドゥーエちゃんで準備しておいたっス。あとこの人が」
「そう! Eクラス応援団長のこの俺、発動木ジンがな!」
いつからそこにいたのか、堂々とした様子で発動木くんがセカイの隣に座っていた。
「あのー、ここ人の部屋なんだけど。勝手に入っていいの?」
「無礼講だろ、こういう時は!」
四人だけでもかなりぎゅうぎゅう詰めなのに、ドゥーエちゃんやこいつまで来ちゃうとせまっ苦しいんだけどな。
「Eクラスの団長だっていうなら、食堂を貸切るくらいやってよ」
「うん? ああ、まあ、次回からそうするぜ! 任せときな! お、この料理美味そうだな神奈崎さん俺にも取り皿を分けてくれ」
「……あなたは一体何をした人なのかしら?」
「応援団長だろ。Cクラス戦の時には期待しててくれよな!」
神奈崎は哀れなものを見るような視線を発動木くんに向けながら、紙皿を手渡す。
「……庶民に施しを与えるのもエリートの務めですわね……」
「お、すまねえな! この恩はいずれ返す!」
神経の図太い男だ。
図々しいとも言える。
そんな彼でも応援者を集めることができなかったということは……もしかして俺たちってよっぽど嫌われてるのか?
なんか悲しくなってきた……。
「エルくん、どうしてそんなに悲しい顔してるんだよ? もっと喜ぶべきなんだよ」
「あ、ああ、ドゥーエちゃん。その通りだね……」
「食欲がないのならあたしが食べさせてあげるんだよ。ほらエルくん、口を開けるんだよ」
「や、やめろ無理やりスプーンをねじ込むな!」
「いいっスねーアニキは。幼女に好かれて」
「そんなに羨ましいなら代わってやろうか―――と思ったけどやっぱりダメだ!」
「ど、どうしてっスか⁉ ウチなら喜んで代わりますけどっ⁉」
「喜ぶからダメなんだよ!」
「名言風に言われても! いいから代わってほしいっス! ドゥーエちゃんにあーんしてほしいっス!」
「暴れるなよセカイ! 部屋が狭いんだから!」
「……ハッ、これはラブコメでお約束の誰かが暴れた影響で女の子の体にうっかり触っちゃうラッキースケベのパターン!」
「何がラブコメだ! わけのわからないことを言わないでくれ!」
「うおおおレエネお嬢の意外と小さい胸を触りたいいぃぃぃっ!」
「欲求丸出しで暴れるなあぁぁっっ!」
俺は暴れるセカイを抑え込もうとした―――えっ、神奈崎が意外と小さい⁉
そうなの⁉
と、一瞬意識が神奈崎の方へ向いたときだった。
俺は机の角に足をぶつけ、そのまま転んでしまった―――無情にも、セカイの方へ。
もつれ合って倒れる俺とセカイ。
「あ、アニキ……こんな公衆の面前で」
「ほ、頬を染めるなっ!」
そういえばセカイを男湯で見たことないような……。
男にしては小柄だし……。
このことについてはいずれ真相を突き止めよう。
「ごほんごほん。お取込み中のところ悪いね」
咳払いに顔を上げると、困ったような顔をした斬沢先生が入り口のところに立っていた。
「せ、先生……」
「まあ、浮かれるのは分からんでもねーけど、ほどほどにしておけよ。不純な交遊は校則違反だからな」
「いやそれは勘違いです別に俺はセカイとそんな関係じゃ」
「もー、アニキったら照れちゃって」
「うるせえ! 余計なこと言うな!」
「落ち着けよ真白くん。一応俺はお祝いのつもりで来たんだけどな」
斬沢先生は片手に持った紙袋を揺らしながら言った。
それを見つけたドゥーエちゃんが目敏く駆け寄ってくる。
……駆けるほどの距離は、この狭い部屋にはないのだけれど。
「わーっ、おみやげ? おみやげなんだよ⁉」
「お前、またここにいたのか? いい加減にしないと俺の嫁が心配するだろ。暗くならないうちに帰りなさい」
「えーっ⁉ やだやだ、あたしもっとエルくんたちのところにいる!」
「……わかった。じゃあ真白、帰りはちゃんとこいつをウチまで送ってくれ」
「は? は、はい」
「そういうことだから。ま、Cクラス戦も頑張ってくれ」
そう言いのこし、斬沢先生は颯爽と部屋を出て行った。
一応俺たちのことを気にかけてくれていた―――のかな?




