その⑥
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さて、いよいよ序列闘争の初戦が行われる日がやってきた。
こういう経験は今までないから、なんか緊張するな。
まあ、負けても殺されるわけじゃないし気楽でいいかもしれない。
……なんて考えていると。
「アニキ」
「なんだよ、セカイ」
「ドゥーエちゃんがかかってるっスからね? そこんとこ忘れないでほしいっス!」
「分かってるよ」
俺だってドゥーエちゃんを簡単にくれてやるつもりはない。
それに、Aクラスの連中と戦うためにはDクラスなんかに負けるわけにはいかないし。
なんか目的が混乱してきたな。
とにかく、勝つ。勝って、今の自分の力を見極める。
それが一番の目標だ。
ごめんドゥーエちゃん。君のことはついでみたいになっちゃうけど、愛しているよ(棒読み)。
さて、この序列闘争だけど、校舎の地下施設で行われる。
周囲を観客席で囲まれた、闘技場のような場所だ――というか、実際そうなのだろう。
殺し合いとまでは言わなくても、人同士が傷つけあうところを見世物にするなんて、悪趣味な施設だ。
とはいえ、今のところ観客席に人影はほとんどない。
血生臭い争いを好まない生徒が多いのか、それともEクラスとDクラスの底辺争いなんて見るまでもないと思われているのか、はたまた俺たちが嫌われ者なのか、本当の理由は分からないけれど。
「おーい、真白。応援に来たぜ!」
名前を呼ばれて観客席を見上げてみれば、いつかの男子生徒がこちらに手を振っていた。
その傍らには大きな応援旗が立てかけてある。
えーと、確かEクラス応援団とか言ってた……。
「ごめん、誰だっけ?」
「おいおいおいおい、忘れてもらっちゃ困るぜ! 俺の名は発動木ジン! Eクラス応援団団長だ!」
「団長っていう割に、君は一人みたいだけど?」
「すまねえ! 案外人数が集まらなかったんだ!」
ああ、そう。
この場合どっちの人望が薄いってことになるんだろう……。
フィフティフィフティってところか。
「元々期待はしてなかったし、謝ることはないよ」
「ま、頑張ってくれ! Cクラスとの試合のときには今の十倍は集めて見せるからよ!」
今の十倍ってことは、十人か。
深くは考えないでおこう。
「気持ちはありがたく受け取っておくよ。じゃ、応援よろしく」
「任せろ!」
そう言って発動木君は巨大な応援旗を振り始めた。
「……そういえばセカイは観客席にいなくていいの?」
「ウチはマネージャーみたいなものっスから。特別っスよ」
「ふうん。試合が始まったら客席の方へ下がってろよ?」
「それは当たり前っス。ウチだって自分の身が可愛いっスから」
客席の最前列には出場者専用の席があって、さらにその前面には防壁が張られている。
この防壁は、魔法やその他あらゆる攻撃を防ぐことができる代物だという。
「真白、そろそろ相手も準備ができたようですわよ」
神奈崎の声に、俺はDクラスの出場者席を見た。
ちょうど三人の生徒がフィールドへ降りてくるところだった。
男子が二人、女子が一人だ。
「なんだか緊張してきました、エルさん」
「心配いらないよ。俺たちに任せてくれればいい」
ちなみにドゥーエちゃんは授業中だ。
序列闘争期間中、基本的に生徒たちは授業が免除されているのだけれど、ドゥーエちゃんのいる幼年部は例外らしい。
まあ、あんまり小さいうちから血みどろの戦いなんか見たって良いことないだろうし、当然と言えば当然の配慮なのかもしれない。
「始まりますわよ、真白。覚悟はよくって?」
「俺は俺で修羅場をくぐってきたつもりだよ。ユイにも言ったけど、任せてくれればいい」
「大層な自信ですわねー? あんまり自信過剰だと足元をすくわれますわよ?」
「……忠告ありがとう」
やっぱり最近の神奈崎、ちょっと変わったよな?
「打合せ通り真白に先鋒を務めてもらいますわ。しっかり役目を果たしなさい」
「ああ」
神奈崎たちが控え席へ戻っていくのをしり目に、俺はフィールドの中央へ足を進めた。
同時に逆サイド――Dクラス側からも一人の男子生徒が歩いてくる。
どうやら俺の対戦相手らしい。
男子生徒は俺の前に立つと目を細めた。
「てめーが俺の相手かい?」
「そうらしいね」
「……入学試験の時に暴行事件を起こしたってのは、あんたのことだろ?」
最近知らない人に会うたびに同じことを言われている気がする。
事実だから否定しようがないけど。
「それがどうかした?」
「いや、人は見かけによらねぇもんだと思ってね。とても狂暴な人間には見えねぇから」
「だろうね。俺だって暴力は嫌いだよ」
「それなのにこんなところにいるのかい?」
「色々訳アリなんだよ、俺も」
「そりゃ大変だな。俺はイズモってんだ。よろしく」
「ああ、よろしく」
イズモが俺に手を差し出したから、俺は無警戒にその手を握り返した。
その瞬間、俺の体は宙を舞っていた。
「……っ⁉」
「もう勝負は始まってるんだぜ、お人よしさん」
投げられたらしい。
俺は空中で体をひねり、なんとか着地した。
「不意打ちなんて卑怯だ」
「俺はDクラスなんてクラスで終わる気はねぇからよ。卑怯な手も使わせてもらうぜ」
「そっちがその気なら!」
頭の中で魔法をイメージする。
同時に、地面を突き破るようにして生えたツタがイズモの両手両足を拘束した。
「魔法かい……⁉」
「これで身動きが取れなくなっただろう。俺は男の人をいたぶるような趣味はないから、このまま君が降参してくれるのを期待するよ」
「ふん。この程度で俺を抑え込んだ気になってるなら大間違いだぜ」
「……負け惜しみ?」
「まさか。俺は嘘は言わねえ男さ」
イズモが唸る。
彼の手足を拘束していたはずのツタが音を立てて千切れる。
「嘘だろ……⁉」
まさか力づくで破ってくるとは思わなかった。
だけど、それがどうした。
破られたならもう一度やり直せばいいだけの話だ。
イメージを作り直し、再びツタを出現させる――が、イズモの姿はもうそこにはなかった。
「遅いぜ!」
背後からの衝撃に、俺はまた弾き飛ばされていた。
地面を転がりながら体勢を立て直しイズモと向き合う。
「すごい身体能力だ」
「俺の体術は軍隊式でね。鍛え方が違うのさ」
「軍隊式?」
「知らねぇか? 魔導王国時代に存在した軍部の中で使われていた体術さ。なぁに、焦ることはねえ。今からいくらでも味わわせてやる」
イズモが動いた。
―――速い。
特殊な移動法でも使っているのだろうか。
それとも魔法か?
「突っ立ってるだけじゃ勝てないぜ⁉」
「くっ……!」
ギリギリ目で追うことはできるけれど、捉えることはできない。
一方のイズモは俺に一撃ずつダメージを与えては距離をとる戦法で、俺を弱らせようとしている。
イズモのいう通り、このままじゃ勝てない。
かといって攻撃が当たらないんじゃ……いや、待てよ?
何も無理やり攻撃する必要はないじゃないか。
相手の動きを止めて、ゆっくり倒せばいい。




