その⑤
「わ、分かったよ。神奈崎のいう通りだよ」
「そう。分かればいいのですわ。さあユイ、わたくしも魔法のコツを伝授してさしあげますわ。大丈夫、あなたも魔導学園に入学した一人なのですから、きっとすぐにできるようになりますから」
「は、はい。神奈崎さん。ありがとう」
多少戸惑ったように笑うユイ。
そういえば、まだ授業では座学ばかりで魔法の実践訓練みたいなのはやってないもんな。
こんな状況で序列闘争なんて物騒なことをやるなんて、理事長はどういうつもりなんだろう?
魔法もろくに使えない生徒が大半なのに……。
今度誰かに聞いてみよう。
「それでは早速わたくしが魔法のコツを教えて差し上げますわ」
「はい! お願いします!」
ユイの従順な眼差しを受け満足そうな神奈崎。
「良い返事ですわね。では最初に手のひらを出してくださる?」
「こうですか?」
ユイは手のひらを上にして、両手を前へ出す。
「よろしい。では、その手の上に水があふれているのをイメージするのですわ」
「なるほど、水ですね」
そう言ってユイは再び目を瞑り、眉間に皺を寄せ始めた。
だが、やはり水は現れなかった。
「結局のところ魔法はイメージですから、徐々にイメージを明確化させていくことが大切ですわ、ユイ」
「は、はい!」
「そうそう。それが大事だって俺のおばさんも言ってた」
「おばさん? 真白、あなた魔法をその方に習ったんですの?」
神奈崎が俺に怪訝な目を向ける。
「うん? あ、ああ。そうだけど」
「魔法の使用が許されているのはわたくしのような一部の特権階級だけなのですわよ。あなたのおばさんという方は一体何者ですの?」
「何者と言われてもなあ……」
俺はおばさんのことを思い出していた。
明るくて優しい、ろくでもない俺の両親の代わりに俺を育ててくれた恩人だ。
……最期は血肉の破片になって死んでしまったけれど。
「確かに、庶民のくせにわたくしと同等の力を持っているなんて納得できないと思っていたのですわ。あなたのおばさんもわたくし同様エリートだったのなら、少しは府に落ちるというもの」
「そうかなあ? 特権階級だったようには思えないけど」
実際、山奥のよくわからないところとか人気の少ないところを転々として暮らしてきたわけだし。
エリートだったらそんな目にあうわけないしな。
それもまた偏見なのかもしれないけど。
「それか、もしかするとっスねぇ……」
「お、情報通が喋りだしたぞ」
「からかうのはやめてほしいっスよ、アニキ」
心外そうに俺を睨むセカイ。
「ご、ごめん」
「仕方ないっスね。ドゥーエちゃんのパンツをウチに提供してくれたら許してあげる―――うわ冗談っス! だから腕をねじらないでほしいっス!」
まったく。
人が下手に出ると調子にのるんだから。
「で、なんだよ。もしかするとって」
「魔法に対する厳しい規制が行われるようになったのは、この国が創られてから――らしいっスから、もしかするとアニキのおばさんって人はかつての魔導王国時代に魔法を覚えた人なのかもしれないっスね」
「というと?」
「魔法を使える人が必ずしもエリートってわけじゃないってことっスよ。突然変異的に使えるようになる人もいるわけですし、そういう人を一括で管理するための魔導学園っスから」
えー、なんかこの人急に頭よさげなこと言ってるんですけど?
でも確かに、似たようなことは前にユイから聞いた気がする。
「話を続けていいっスか?」
「あ、どうぞ」
「ここで一つ問題なのは、魔法が使えるアニキのおばさんって人が、国の特権階級じゃないって部分っス。もしその人が魔導王国時代から魔法を使えるとしたら……」
「したら?」
「国の管理から逃れた人って考え方もできるっスよね? つまり、魔法を管理されるのが嫌で国に抵抗している人」
国に抵抗している人?
それは『彼岸』の連中―――いや、違うかもしれない。
セカイの考えを素直に受け取れば、おばさんが人目を忍んで生きてきた理由もわかる。
国に追われる立場だったから、あんな生活をしてきたんだ。
いや待てよ、そうなると俺は?
こんなところでのほほんとしてて大丈夫なのか?
「もしセカイのいう通りだとしたら、どうなるんだ?」
「別にどうもならないと思うっスよ。アニキは今こうして魔導学園にいるわけっスから、国の手中に収められているも同義っス。アニキのおばさんがどうであれ、関係ないってことっスよね。じゃなかったら試験の通知なんて送られないでしょ?」
「確かにそうだね。納得納得」
「……途中からわたくし置いてけぼりでしたけど?」
「怒るなよ、神奈崎」
「置いてけぼりでしたけど……」
「な、泣くなよ! 急にそういう反応されると困る!」
「フッ、困らせて差し上げましたわ」
勝ち誇ったように神奈崎が笑う。
なんかこいつキャラ変わってきてないか?
俺の気のせいか?
「そうだ、ユイ。魔法のコツは分かった? 結局はイメージが大事って話で……」
と、俺がユイの方へ顔を向けたとき。
真っ赤な何かが俺の頬を掠めてどこかへ飛んで行った。
「……何か出ました、エルさん!」
両手をこちらへ向けながらユイが言う。
恐る恐る背後を振り返ると、校舎の壁に焼け焦げたような跡が残っていた。
まさかさっき俺の頬を掠めたアレは……っ!?
「ゆ、ユイ、もう一度やれるか?」
「やってみます!」
再びユイが俺の方に両手を向ける。
「い、いや、ちょっと待って! 俺の方に向けないで! できれば別の方に向けて!」
「あ、は、はい! わかりました!」
ユイは両手を何もない方向に向けると瞳を閉じた。
同時にユイの両手のあたりに赤黒く発光する球体が現れた。
球体は拳ほどの大きさまで達すると、ユイの手を離れ、ものすごい速度で虚空へ発射された――と同時に、空中で爆発した。
「…………」
俺は開いた口が塞がらなかった。
周りを見ると、神奈崎やセカイも同じように唖然とした表情を浮かべていた。
そんな俺たちに、ユイが言う。
「あれ、また私なんかやっちゃいました?」
きょとん。
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