その④
「……声が大きい」
アオは迷惑そうな表情を浮かべながら、両手で耳を塞ぐ。
その顔立ちはまるで精巧な人形みたいだった。
斬沢先生とはまるで似てないな……。
「ところで話は変わるけど、どうして君はこんなところに」
「……マイペースだね、君」
「いやそれはお互い様というか」
「……私は星を見ていた」
「星?」
「……ぼんやり空を見ながら散歩してたら、ここにいた」
さすがにそれはぼんやりしすぎな気が……。
「別にEクラスの寮に用事があるわけじゃないんだよね?」
「……うん」
「そうか。まあ、俺も散歩しに出てきたみたいなものだし、アオの気持ちはわかるよ」
「……アオ?」
眉を顰めるアオ。
「え、ごめん。名前違ってた?」
「……いきなり名前を呼び捨てにするなんて、失礼」
「あ、ごめん。つい」
確かに呼び捨ては気安いな。
最近はセカイだったりユイだったり、他人を名前で呼ぶことが多かったからうっかりそう呼んでしまった。
「……変な人」
それもお互い様では……!?
「えーと、俺、そろそろ行くよ。呼び止めて悪かったね」
そう言って俺はその場を離れようとした。
だけど、
「……ちょっと待って」
「な、何?」
アオに制止され、俺は立ち止まった。
「……ドゥーエちゃんのいうエル君って、君?」
「え? ああ、うん。そうだよ。たぶんね」
なんでアオがドゥーエちゃんのことを、と思ったが、そういえばあいつ斬沢先生の家に居候してるんだった。面識があってもおかしくはないか。
「……ふーん、そう」
「えっと、それが何か?」
「……序列闘争には出るの、君」
「俺? そのつもりだけど」
「……だったら、勝負」
「え? 勝負?」
「……そう。ドゥーエちゃんを賭けて私と勝負」
アオの目が光った。
「ちょっと待てよ、どうしてそうなるんだ?」
「……ドゥーエちゃんは私の妹にする。だから、あなたは敵」
一体何の話だよ……!?
何か言い返そうと俺が口を開いたとき、背後で足音がした。
「あ、アオちゃんなんだよ」
小さな人影が俺の後ろから走ってきて、そのままアオに駆け寄る。
「……ドゥーエちゃん」
アオは表情をあまり変えないまま、人影――つまりドゥーエちゃんに視線を向けた。
「あれ、どうしてエルくんとアオちゃんが喋ってるんだよ? 二人って仲良し?」
「いや、今ちょうど宣戦布告されたところだけど」
「せんせんふこく?」
「……そう、私とエル君のどちらがドゥーエちゃんに相応しいかを決めるために勝負するの」
「勝負? どういうことなんだよ?」
「……いい、エル君。もし君が私に勝てなかったら、ドゥーエちゃんは私がもらうから。もちろん君たちがAクラスと戦う前にどこかのクラスに敗れた場合も」
「ま、待てよ、なんでそんなことを!?」
「……私の方がドゥーエちゃんを愛しているから」
「……!!?」
何を言ってるんだ、こいつは⁉
まともだとおもったら、案外そんなことないらしい。
やっぱりエリートってちょっと歪んでるのか⁉
「……帰ろう、ドゥーエちゃん」
「うん。またね、エルくん!」
俺があっけにとられていると、アオはドゥーエちゃんの手を引いて行ってしまった。
一体何だったんだ……!?
※
「黙って見過ごしたんですかァっ⁉、アニキ⁉」
「いきなりテンションが高い!」
部屋に戻って、先ほどのアオとの顛末を話すと、突然セカイが食いついてきた。
まあ、セカイは下衆でロリコンだから、ロリが連れ去れたって話に過剰反応するのは目に見えていたけど。
「これが落ち着いていれるっスか⁉ どうして今まで気が付かなかったんスかねえ、ウチは! あの斬沢アオとかいう女はロリと一晩どころか何夜も明かしているっスよ⁉ これは許されないっス! かくなるうえはアニキ、Aクラスを倒してドゥーエちゃんを取り返すっスよ!」
「だけどドゥーエちゃんの面倒を見てるのは斬沢先生だし、ドゥーエちゃんがあの人の家にいるのは仕方ないんじゃないの?」
「で、でも、ロリを独り占めにしようだなんてそんな横暴を許しては置けないっス! いや、仮にドゥーエちゃんの体は売り渡したとしても心はウチのものにするっス! ……あれ、それってそこはかとなく寝取られ臭が……うわ興奮してきた」
何言ってんだこいつ!
気持ち悪いな!
「でも、セカイのいうことも一理ありますわね」
「寝取られ系が⁉」
「ち、違いますわよ! わたくしは売られた喧嘩は買うと言っているのですわ。馬鹿な事言わないでいただける、真白?」
「ご、ごめん」
確かにそりゃそうか。
いけないな、俺までセカイの思考に毒されているみたいだ。
「でも、エルさんや神奈崎さんの目的はAクラスを倒すことなんでしょう? だとしたら目的は変わらないんじゃないですか?」
ユイの言葉に神奈崎が大きくうなずく。
「良いこと言いますわね、ユイ! その通りですわ! Aクラスがわたくしたちの敵であることに変わりはないのですわ!」
「なるほど、ドゥーエちゃんを手に入れて、ついでにAクラスの座を手に入れるっスね⁉ ウチも燃えてきたっス!」
「いまやわたくしたちは一心同体! 勝ちますわよ!」
「うおおおおおおお(声にならない叫び)」
うわ、なんか神奈崎とセカイが熱くなってる!
とにかく俺も、他のクラスに負けないよう魔法の練習をしておこう。
「……あの、エルさん」
「ユイ? どうしたの?」
服の袖をつままれ、俺はユイの方を振り返った。
「私に魔法を教えてくれませんか?」
※
魔法を教える、か……。
俺にできるんだろうか。
もちろん、ユイのことをサポートすると言った手前、何かはしてあげようと思っていたけど。
「じゃあ早速だけど始めようか」
次の日、俺とユイは学校が終わると、校舎の裏手の広いスペースにやってきた。
ユイと魔法の練習をするためだ。
「はい! お願いします!」
やる気十分な様子のユイ。
問題は、他人に魔法を教えられるほど俺が魔法のことをわかっているのかって点だけど。
まあ、やれるだけやってみよう。もしこれでユイが魔法を使えるようになれば戦力アップにもなるし。
「それじゃまず、イメージしてほしい」
俺はニィおばさんに言われたことを思い出しながらユイに喋り始めた。
「イメージ……ですか?」
「そう。例えばユイの足元に花を咲かせる魔法を使おうとするだろ? その時に、足元に咲く花をできるだけ明確にイメージするんだよ」
「それだけで魔法が使えるんですか?」
「あとは、なんていうか、魔力の流れ? みたいなものを感じて、それにイメージを乗せるんだ」
「……わかりました、やってみます」
そういうとユイは目を閉じて、唸った。
顔中に力が入っているのがわかる。
「えーと、あんまり力いっぱいやってもダメなんだ。大事なのはイメージすることと、魔力の流れをつかむこと」
「魔力の流れをつかむ……」
ユイは一度目を開け、再び目を閉じた。
そのときだった。
「あれれー? 二人で何してるっスかぁー? ウチらに断りもなくーっ!」
この、絶妙に不快感を催す声は!
振り返ると、そこにいたのはセカイだった。
すさまじい下衆顔を浮かべている。
その後ろにはドゥーエちゃんを連れた神奈崎もいた。
「一体どういうことですの、真白? わたくしたちを放っておいてユイと二人で、こんなところで」
「魔法の練習だよ。昨日ユイも言ってただろ?」
「わたくしたちはチームなのですわよ、真白」
「……え?」
「こういうときはお互い協力しなきゃいけませんわ。その、魔法の練習とやらにわたくしも参加させなさい」
た、確かに神奈崎の言う通り俺たちはチームだけど!
協力し合わなきゃならないっていうのも本当だけど!
まさかそんな言葉が神奈崎の口からでるとは思わなかった!




