その③
※
で。
自室に戻った俺たちだったのだが。
「いやー、皆さん勇気あるっスね! ウチびっくりですよ! ね、ドゥーエちゃん」
セカイが膝の上のドゥーエちゃんに訊いて、ドゥーエちゃんが頷く。
「うん、そうなんだよ。やっぱり人間は本能的に争いを好むものなんだよ」
「アニキやお嬢はともかく、ユイさんまでとは思わなかったっス。信条の変化でもあったっスか?」
「私はただ、エルさんや神奈崎さんのお役に立ちたかっただけですよ。とはいっても、まだ役に立つとは限りませんけどね」
と、ユイは力が抜けたように笑った。
「いや、ユイが立候補してくれたおかげで三人そろったわけだし、十分役に立ってくれてるよ。あとは俺と神奈崎で何とかする……よな?」
「当たり前ですわ。というか、わたくしは最初っから負けるつもりはありませんから。真白かユイのどちらかが勝てばEクラスの勝利は確実なのですわ。足を引っ張らないでいただければそれでいいのよ」
「足を引っ張るねえ……。だけど、実際のところどうなんだ? 俺たちと、俺たちより上のクラスの間の実力差ってどのくらいあるんだろう?」
「……とアニキが仰ると思って! 用意しておいたっスよ!」
「何を?」
「名付けて、下井セカイ特製対戦相手データベースっス!」
セカイが懐から取り出したのは一冊のノートだった。
「これは?」
「おそらくアニキたちが戦うであろう相手のデータを収集しておいたっス!」
「あたしも協力したんだよ」
ドゥーエちゃんが顔を上げる。
「そうっス。子供だと相手も警戒が薄いっスから、簡単に情報を提供してくれるっスよ。やっぱりロリは正義っスね!」
つまり子供を使って相手の油断を誘い、重要なデータを引き出したってわけか。
さすがセカイ。やり口が汚い!
……だが、それが良い!
「方法はともかく、助かるよ」
「とはいってもまだDクラスの分しか集まってないっスけどね……」
「いや、十分だ。早速見せてよ」
「はい、エルくん」
ドゥーエちゃんから受けとったノートを開いてみると、確かにそこには対戦相手の名前と細かな数値が記載されていた。
細かな数値……うん?
「あのさ、セカイ」
「何っスか、アニキ?」
「この85、66、90っていう数字は?」
「あ、それはスリーサイズ(目算)っスね」
「…………」
どうりで女子にしか書いてないと思った。
こいつ、徹底的に下衆……っ!
「実際に測ったわけじゃないっスから確かなことは言えないっスけど、ウチの目に狂いはないと思うっス。誤差は±2センチ弱ってところっスかね!」
「その情報をどう役立てろっていうんだよ⁉」
「そ、それは……アニキの将来のパートナー探し?」
「俺はスリーサイズで人を判断しないから!」
「ほほう、では巨乳も貧乳も関係ないと?」
「そ、そうは言ってない! だけど序列闘争とは関係ないだろ!」
「いや、関係あるっス! もしアニキが巨乳好きで、相手が巨乳の女の子だった場合、もしかすると無意識のうちに手を抜いてしまうことだってあるかもしれないっス! その対策をするためにもアニキの性的嗜好は把握しておく必要があるっス!」
「何をばかなことを言ってるんだよ⁉ みんなもそう思うだろ⁉」
俺は神奈崎やユイのいる方を振り返った。
しかし、彼女らは案外真剣な顔をしていて、
「なるほど。確かに考慮すべき案件ではありますわね」
「うんうん、私たちはチームなんですから隠し事はよくないと思います!」
「ちょ、ちょっと待て! それを知ってどうするんだよ⁉」
「だから、序列闘争に役立てるっス。なーに、悪いようにはしないっスから」
「お前が言うと信用できないんだよ、セカイ!」
「フッ、ウチが人の信頼を得にくいタイプだってことくらい百も承知っス。何をいまさら仰っているのやら」
「開き直るな!」
「なんでもいいから教えるっス! アニキの好きな女の子のタイプを!」
「う……っ!?」
なんだこいつら!
急にどうした!?
別に俺がどんな相手を好きだろうが関係ないだろ!
って、いつの間にか質問の内容変わってるし!
しかし困ったなあ。別にこれといってこだわりがあるわけでもないし。
「エルくん、まさか……女の子に興味ないの?」
ドゥーエちゃんが何かを探るような目線を俺に向ける。
「……いや、そういうわけじゃないけど?」
「じゃあさっさと答えるんだよ」
「なんでドゥーエちゃんまで……?」
「あたしは空気の読める幼女なんだよ。だから、便乗してあげてるんだよ」
それって悪ノリっていうんじゃないのか?
変なところで嫌な幼女だ。
「だけどまあ、そうだな。強いて言うならあれかな、明るくて包容力のあるタイプ」
「ほほう、それで、胸の大きさは?」
「うーん、まあ、そんなになくていいかな……って、何を言わせてんだよセカイ」
「いやいや、参考になったっスよ」
「……………」
何の参考になったんだ?
何の参考にされたんだ?
怖い。
「妙に具体的ですわね。もしかして意中の人がいるんですの?」
「え? 俺に? まさか、そんなことないさ」
そう答えた瞬間、俺の脳裏にニィおばさんの顔が浮かんだ。
――いや、それは最悪だろ。マザコンもいいところだ。マザーじゃないけど。……だとしたら、叔母コン? もしくは義母コン?
どちらにせよ胸を張って言えるようなことじゃないな。これは俺の胸中に収めて一生表には出さないでおこう。
だけど、俺を取り囲む女性陣(若干一名を除く)の視線はますます鋭くなった。
「それ本当ですの、真白?」
「当たり前だろ」
「それにしてははっきりしすぎてますよねえ」
「そうっスよね! ウチもそう思うっス。いやー、アニキのハートを射止めたレディはどこのどなたなんスかねえ!?」
「しつこいなあ。話がそれだけなら俺はもう行くよ」
「ちょっとアニキ、どこに行くっスか? 授業ももう終わったのに!」
「散歩だよ、散歩」
俺は部屋にみんなを残して外へ出た。
廊下を歩いて玄関を後にし、なんとなく寮の周りをうろついてみる。
全く、あいつら一体どうしたんだ? そんなに俺に興味あったのか?
それとも悪ノリ的な何かなのかもしれない。まあ、幼少期から山奥で暮らしてきた俺だから、そういう人付き合いのようなものには不慣れだし、あいつらがどういうつもりなのかなんて自信をもって言えるわけじゃないのだけれど。
ふと俺は、暗がりの向こうに人影が立っているのに気が付いた。
『彼岸』の連中か――と一瞬身構えたが、殺気を感じない。それに、俺はその人影をどこかで見た覚えがあるような気がした。
近づいてみても人影は離れようとせず、というか俺に気が付いてすらいないのか、そこに立ち尽くしているだけだった。
数歩近寄ったところでその人影の正体が分かった。
あの特徴的な青白いロングヘアは、斬沢先生の娘でAクラスの中でもぶっちぎりの最優秀成績者、斬沢アオだ。
なんでこんなところにAクラスが?
「……あの、君」
俺が声をかけると、斬沢アオはどこを見ているのかよくわからない視線を俺に向けた。
「……あ、試験で暴れてEクラスになった人」
「嫌な覚え方するなよ……っていうかその話もしかして有名なの?」
アオは無言でうなずく。
俺はちょっと傷ついた。
あれはただ列に割り込んできた神奈崎を――いや、何でもない。言い訳みたいになるからやめておこう。事実は事実だ、残念ながら。
「……実は、有名人」
「嫌な有名人だな……。もっといい有名人になりたかった」
「……私みたいに?」
「意外と自信過剰!? つーか出会って5秒で出る発言じゃねえ!」
「……今のは冗談。というか、私ももしかして有名?」
「そりゃあ、まあ、入学者の中でトップの成績なんだろ、君。斬沢アオ……だよね?」
俺が言うと、アオは目を丸くした。
「……名前がバレてる? どうして?」
「だって入学者挨拶とかやってたし」
「……まさか私のストーカー?」
「話を聞いてくれ! そもそも入学式だって二週間ちょっと前だろ? 名前を覚えてても不思議じゃない!」
と、俺は思うんだけど一般的にはどうなんだろう。
俺の場合、すぐ近くに嫉妬心の塊がいるから、余計に印象深かったのかもしれない。
どうやら本物のエリートらしい、斬沢アオの存在が。




