その①
※
少しだけ早く目が覚めた。
……なんか、嫌な夢を見ていた気がする。
俺はニィおばさんと暮らしていたあの小屋に居て、おばさんのことを探し続ける―――そんな夢だった。
あと十五分くらいなら寝ていても大丈夫だ。
入学から一か月が経った今日この頃だけど、そのくらいの時間が過ぎればもう学校生活にも慣れ切ってしまって、特に事件という事件も起きないので完全に自堕落な学生となり果ててしまった俺なのだった。
これではいけない。
俺は『彼岸』に復讐を果たさなければならないのに。
こんな一分でも長く寝ていたいなんて欲求は捨て去って、一秒でも多く魔法の練習をするべきなのに。
俺がこんなにぐうたらな思考に陥ってしまうのもきっと俺の両親のせいだろう。俺の遺伝子に刻まれた情報がより長い睡眠を求めているのだ。
ろくでもないな、俺の親は。顔が見てみたい――いや、見たくない。
とにかく今は目を瞑って嫌な夢や嫌な考えを頭の中から追い出そう。
ほら、だんだん眠く――。
「みんな、朝なんだよ! 起きるんだよっ!」
勢いよくドアが開けられて、そして威勢のいい大声が俺達の部屋に響き渡った。
思わず俺は跳び起きた――と同時に、何か重たいものが俺の上にのしかかって来た。
「ど、ドゥーエちゃん……っ!?」
そう。
俺にとびかかって来た物体、それはドゥーエちゃんだった。
「おはよー、エル君。遅刻しないように起こしに来てあげたんだよ!」
「こんな早くに起きなくても遅刻しないよ。気持ちだけ受け取っとく」
俺はドゥーエちゃんを脇へ押しのけ、再び布団を頭からかぶり直した。
が、すぐにドゥーエちゃんの手によって引っぺがされた。
「健康に長生きするためには早起きが大事なんだよ!」
「睡眠不足も寿命を縮めるらしいぜ」
「もう、何でそんなこというんだよ、エル君!」
頬を膨らませるドゥーエちゃんは、魔導学園の幼年部の制服を着ていた。
先週から通い始めたらしい。ちなみに学費はロット先生持ちだという。
結局、ドゥーエちゃんの身内が見つからなかったから、その代わりとしての措置だと聞いている。
おかげで俺たちは毎朝毎朝、一緒に学校へ行こうと起こしに来るドゥーエちゃんに付き合わされているというわけだ。
「一体なにが起こりましたの……?」
眠たそうに眼をこすりながら、ナイトキャップを被った神奈崎が体を起こす。
その向こうでユイが伸びをしているのが見えた。
「レエネお姉ちゃんも、おはよう」
「あらドゥーエちゃん! 今日もお早いですわね! こっちへ来て! ほっぺた触らせて頂戴!」
「……お姉ちゃん、朝からテンション高いんだよ……きっと血圧も高いんだよ……」
どことなく引いたような顔をするドゥーエちゃん。
気持ちは分かる。
「ふわーっ……あっ、ロリがいるっす! 目が覚めたっす!」
「おはよー、セカイ」
「おはようっす! さあドゥーエちゃん、ウチに目覚めのキスを――」
「いい加減になさい、下井!」
ドゥーエちゃんに襲い掛かろうとするセカイを、神奈崎が拳で制裁する。
うわー、顔面に入ったみたいだけど大丈夫かな。
「……セカイ、大丈夫?」
心配そうに尋ねるドゥーエちゃんに、セカイは痛みに悶絶しながらも親指を立てて見せる。
「ウチは――ウチは、ロリの応援があれば湖の水を飲み干すことだって、この空を自由に飛び回ることだってできるっす!」
「へー、じゃあ、飛んでほしいんだよ」
「えっ!? あ、い、いや、今のはアレっすよ、ものの例えっすよ」
焦るセカイにドゥーエちゃんの容赦ない視線が向けられた。
「セカイの嘘つき」
「ぐ、ぐはーっ!? ロリに蔑みの目で見られてるっ!? ……あ、で、でもこれはこれで興奮する……」
俺はため息をついた。
「なあ、そろそろ起きて行く準備しようぜ。いつまでこんな茶番続ける気だよ」
「そうね、真白。ドゥーエちゃんも行きましょう?」
「うん、行く!」
神奈崎の誘いに素直な顔で頷くドゥーエちゃん。
「……あれ、ユイは?」
「そういえばどこに行ったっすかねえ?」
なんて言っていると、ドアの開く音がしてユイが姿を見せた。
「ユイ、いつの間に部屋の外に?」
「早めに朝ご飯を食べに行ったんですよー。私お腹すいちゃって」
口の端にご飯粒をつけたままユイが言う。
こいつ、まさか食いしん坊キャラを確立するつもりだろうか。
だとすれば、俺はこれから何キャラで行けば……。
あれ?
まさかこの部屋にいる人の中で、キャラが一番薄いのはまさか――俺、なのか?
ヤバい。アイデンティティが崩壊しつつある。
早く何らかのキャラを獲得しなければ。
※
「それじゃまた帰りにお会いしましょうね、ドゥーエちゃん」
「うん。またね、レエネお姉ちゃん、エル君、みんな」
校舎の前で手を振って、俺達はドゥーエちゃんと別れた。
俺達と幼年部のドゥーエちゃんでは校舎が違うのだ。
「……おお、今日も早いねえ、君たちは」
箒片手に僕らに声をかけてきたのは、この学校の掃除夫であるコモン・マローさんだ。
「コモン・マローさんこそ、いつも朝早くから大変ですね」
俺が言うと、
「なあに、普通の掃除をやっていられるうちは幸せさ。昔よりはずいぶん楽になった」
「昔?」
「そうそう。俺は王国時代からここで掃除人をやってるんだよ。……ま、こんな話はいつでも聞かせてやる。それよりも知ってるかい? 今日は朝から学園長先生からお話があるそうだよ」
「学園長先生? ミシアなんとかって人ですか?」
「ああ。一体何の話だろうね。君たち、何か事件でも起こしたかい?」
「いや、俺達は何も――」
していないわけではないけど、今更そのことについて何か言われるとしたら、時期を逸しているような気もする。
「さ、早く行った行った。俺はまだ仕事があるんだから」
「あ、はい。すみません。それじゃ」
俺達はコモンさんと別れ、教室へ向かった。
※
で。
教室につくと、ロット先生をはじめクラスの皆さんが待っていて、そのまま講堂へ行くよう指示された。入学式のあったあの行動だ。
というわけで、俺と神奈崎、ユイとセカイは並んで座席に座っていた。ちなみにEクラスの席は最後列だ。
「コモンさんの言っていた通りでしたわね。一体何のお話があるのかしら?」
神奈崎が俺の方へ顔を向けながら言う。
どうやら魔導学校の全生徒が集められているようで、座席のあちこちでざわつく声が聞こえていた。
「俺に聞くなよ。こっちだって知りたいくらいだ」
「ま、庶民に聞いても分かるわけありませんわよね」
「うるせえ。お前だって知らないくせに」
「私はエリートだから許されるのですわ」
「俺と同じEクラスだろ?」
「……うるさい庶民ですわねー。ほら、静かにしないと。そろそろ始まるみたいですわよ」
ホールの舞台上に明かりがともり、座席側の照明が暗くなった。
ざわめきが小さくなっていく。
そのタイミングを見計らうようにして、壇上に女の人が現れた。
確か、ミシアとかいう学園長先生だ。
彼女は舞台中央に設置されていたマイクを手に取ると、口を開いた。
『端的に話します。本日の午後より、序列闘争を解禁します』
……序列闘争?
なんだそれ。
初めて聞く言葉だ。
「……あのさ神奈崎、序列闘争って」
僕が小声で訊くと、
「簡単に言うと、クラス間の抗争ですわ。他クラスを倒せばそれだけクラスのランクを上げることができますの」
「……つまり、僕らがAクラスを倒せば……」
「その瞬間私たちがAクラスに成り代わることができる、というわけですわ」




