その㉘
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というわけで俺は校舎までやってきた。
まあ、何がというわけなの? と訊かれたら答える言葉は持ち合わせていないのだけれど。
というか、わざわざそんなことを聞いて来るような人もいないだろうと信じたい。現に、今この瞬間校舎付近には俺しかいないわけだし。
そもそも今日は休日なのだから人気がないのは当たり前だ。
これだけ閑散としているのなら、ドゥーエちゃんを探すのは簡単なような気もしてきた。
さて、まずどこを探そう?
神奈崎からは校舎付近でいなくなったとしか聞いていないし。
ふと俺は、おばさんと山の中で暮らしていたときのことを思い出す。
山や森の中で探し物をするとき、おばさんはなぜか迷いもせずに探し物を見つけ出すことができた。
今思えばあれも魔法を使っていたに違いない。
恐らくは周囲の魔力の流れを利用し、目的とする相手の気配を探る魔法だ。
ドゥーエちゃんの行方についてこれといった手掛かりもない今、試してみない手はない。
俺は目を閉じて魔力を感じ取った。
……駄目だ、いまいちわからない。
こうなったら自分のできる範囲で手掛かりを集めるしかない。
俺に使えるのは植物を使った魔法――となれば。
再び目を閉じて、俺はイメージする。
草で編まれた絨毯が地面を覆う様子を。
その絨毯と俺の感覚をリンクさせる。
目を開けた時、鬱蒼とした苔のようなものが俺を中心として円状に生え渡っていた。
ちょっとイメージとは違うけど、これで問題ない。
苔が地面の凹凸を感じ取り、俺はその中からドゥーエちゃんくらいの子供の足跡を探した。
この学校にあんな子供が入って来ることはまずありえない(と思う)。
だから、ドゥーエちゃんサイズの足跡を見つけるのにそう時間はかからなかった。
「……こっちだ」
足跡は校舎の中へと向かっていた。
だけど、ドゥーエちゃんの足跡に付き添うように、一回り大きなサイズの足跡もあった。
だとすれば、ドゥーエちゃんは何者かによって連れ去られたのかもしれない。
なんとなく嫌な予感がする。
俺は足取りを速めながら校舎の中へ入った。
校舎の中は昼間だというのに薄暗く、どこか陰気だった。
電気もついていないのだから暗いのは当たり前かもしれない。
さて、この棟は校舎の中でも一番背が高くて、中には職員室とか図書室とかの共用施設が集められている。
ドゥーエちゃんはどこに行ったのだろうか……。
と、俺は廊下の隅の扉が開いているのに気が付いた。
あんなところに扉なんてあったっけ?
しかし、このタイミングで開いている扉なんて、ドゥーエちゃんが通った扉以外に考えられない。
いや、考えられないというとちょっと言い過ぎかもしれないけど、それでもその扉の向こうにドゥーエちゃんがいる可能性は高い。
俺は廊下を突き進み、扉の中を覗いた。
扉の向こうは階段になっていて、地下に続いているようだった。
ここまで来たら行くしかない。
石造りの古めかしい階段を一段ずつ降りていく。
そして俺は、大きな両開きの扉の前に辿り着いた。
扉の上の所には資料室と書かれたプレートがあった。
「資料室……?」
思わず声に出していた。
この学校、資料室なんて建物あったっけ?
少なくとも俺の記憶には存在しない。
まあ、俺も入学したばかりだし、俺の知らない教室があったとしても不思議じゃない。
だけど、あんな隠し扉みたいなところを潜って来て、さらに隠し階段みたいなものを降りて来たとなれば、この資料室には何か秘密があるような気がするのも自然だろう。
資料室の扉には鍵穴があった。
鍵がかかっていたらどうしようと思っていたけれど、少し押してみると扉が開いたので、そのまま静かに開けて部屋の中へ入った。
中は埃臭くて、足元には――というか、部屋全体に本や雑誌が散乱していた。
あまり派手に動くとすぐに足音が立ってしまう。ドゥーエちゃんがこの資料室にいるかどうかは分からないが、その同行者が何者かが敵か味方か分からない以上ここは慎重に行こう。
部屋は広く、いくつもの本棚が所せましと並べられていた。
資料室というのは本当らしい。
だけど、ドゥーエちゃんはここにいるんだろうか?
ここ全部を探すのはちょっと億劫だな。
かといって派手に動くわけにもいかないし。
俺は一人でここまで来てしまったことを少しだけ後悔した。
せめてセカイでもいれば手分けして探せたのに。
……まあ、仕方ないか。
校舎の方を探すって言ったのは俺だし、自分の言ったことには責任を持とう。
突然、足元の感触が変わった気がした。
よく見ると、俺の立っているところを境に床の部分の木材が新しいものに変わっていた。
部分的にリフォームしたのだろうか。
なんだか意味深だ。
俺はそっと、足元の床をつま先で蹴ってみた。
軽い音がした。
どうやら床の向こうは空洞になっているようだ。
さらに地下の階があるのかもしれない。




