その㉗
※
ダカミアさんに部屋へ連れ込まれた俺は十分すぎるほどのお叱りを受けた。
いや、寮母さんに自室へ連れていかれるという経験はなんだか素敵な響きだが、残念ながらピンク色の展開にはならなかった。
連れていかれ損というやつだ……。
それにしても大幅にタイムロスしてしまった。
もしかしたら鬼ごっこ自体終了してしまったかもしれない。
くっそー、俺の雄姿を目に焼き付けさせてやろうと思ったのに。
……いや、そもそもどうして俺はたかが鬼ごっこで躍起になってるんだよ。あんなの子供の遊びじゃないか。
本気になるようなことじゃない。
だけどもしドゥーエちゃんと神奈崎が存在しない鬼のために今も逃げ回っているとしたら、追いかけないわけにはいかないだろう。
とりあえず部屋の様子を見てから、彼女らが帰ってきていなければ外に出てみよう。
そういえばセカイたちはどうなったかな。
ドゥーエちゃんのお兄様とかいう人は見つかったのだろうか。
なんとなく見つかってはいないような気がするけど。
自分の部屋へ戻ると、扉の前に神奈崎が立っていた。
いつまでも探しに行かなかったからきっと怒っているだろう。
「ごめん、神奈崎。ちょっとダカミアさんに捕まっちゃって……」
「真白っ!」
俺の言葉は途中で途絶えてしまった。
神奈崎が突然、俺の胸に飛び込んで来たからだ。
一体これはどういうことなんだ?
神奈崎の俺に対する冷たい態度は好きの裏返しだったのか!?
そうか、これがツンデレ……!
だけど、神奈崎の肩が小刻みに震えているのに気が付いた俺は、そんな奇妙な妄想を中断せざるを得なかった。
「……神奈崎、泣いてるの?」
「ドゥーエちゃんが、ドゥーエちゃんが……!」
顔を伏せたまま神奈崎が言った。
「ドゥーエちゃんが、どうしたの?」
「いなくなっちゃったのですわ……! わたくしが目を離した間に……!」
「!」
「もしあの子に何かあったらわたくしのせいですわ! ねえ真白、どうしたらいいの!?」
目を真っ赤にはらした神奈崎が顔を上げ、叫ぶ。
「ちょっと落ち着けよ。鬼ごっこしててそのまま迷子になっちゃうなんてこと、俺にだってあったから。ちゃんと探せば絶対に見つかるから」
そう、あの時もおばさんが俺を森まで探しに来てくれた。
それが今度は、俺が探しに行く役になっただけの話だ。
「ま、真白……!」
と、そこへ能天気な声が聞こえて来た。
「あれれー、お二人、そんな関係だったんすかぁ?」
セカイだ。
次の瞬間、俺は神奈崎に突き飛ばされていた。
「ち、違いますわ! この男がいきなり襲い掛かって来たのですわっ!」
事実を捏造するのはやめてくれ……。
「って、こんな話をしている場合じゃないんだよ。セカイ、ちょっと困ったことになったんだ」
「レエネお嬢が可愛すぎて?」
「そうそう、神奈崎が最近可愛くて可愛くてしかたな――いやちょっと待てセカイ。それはおかしい」
「おかしいとはどういうことですの!? それはそれで失礼ではなくて!?」
神奈崎が何か騒いでいるが、ここは一旦無視しておこう。
問題はもっと重大で、奥が深く、それでいて大変なことだ。
「実はドゥーエちゃんがいなくなっちゃったんだよ」
「えっ!? あのロリ――もとい、ドゥーエちゃんがっすか!?」
セカイの中では、人間は属性で分類されているらしい。
俺がどの区域に属しているのか少し興味があるけれど、とにかく今はそんなことを話している場合じゃない。
まったく、セカイと話しているとすぐに緊張感がなくなってしまう。
「そうなんだよ。セカイ、見てないか?」
「ウチは見てないっすねえ。そもそもドゥーエちゃんの面倒を見るのはアニキたちの仕事のはずっすよ」
「それを言われると辛いな。だけど、今はドゥーエちゃんを探さないと。そういえばセカイたちの方はどうなんだよ。ドゥーエちゃんのお兄さんって人は見つかったの?」
「それが見つからないんすよ。ゴスロリを好んで着用する妹がいる人なんて……」
それ、訊き方に難があるんじゃないのか……!?
「あ、ああ、そうなんだ。見つからなかったんだ。ところでユイは? 一緒じゃないの?」
「あの人とは手分けして探すことにしていたっす。だから今頃はまだドゥーエちゃんのお兄さんをさがしてるんじゃないっすかねえ?」
「そうか。じゃあお兄さん探しはユイに任せて、俺達はドゥーエちゃんを探すことにしよう。そうだな、ドゥーエちゃんが見つかっても見つからなくてもお昼までに一度ここに集まることにしよう。多分見つかるとは思うけど……ねえ、神奈崎」
「な、なんですの?」
神奈崎が顔を上げる。
よく見ると、彼女はずいぶん憔悴しているようだった。
「ドゥーエちゃんがいなくなったのってどの辺りなの?」
「ええと、わたくしたちは外へ出て、それから校舎まで走ったのですけれど、そこで……」
「だったら学校の方にいるかもしれないな。じゃあ、僕と神奈崎で校舎の方を探すから、セカイは寮を探して」
「分かったっす。任せて欲しいっす」
力強く頷くセカイ。
それがあまりにも真面目な顔をしていたから、少し面白かった。
「じゃあ神奈崎、行こうか」
「ええ。分かりましたわ……」
憔悴しきった様子で、神奈崎がふらふらと歩き出す。
その姿は俺から見ても少し不安だった。
どうやらドゥーエちゃんが行方不明になってしまったのにかなり衝撃を受けているらしい。
「ねえ、神奈崎。具合が悪いなら部屋で休んでいてもいいよ?」
「そんなわけには行きませんわ。わたくしがちゃんと見ておかなかったせいでドゥーエちゃんがいなくなってしまったのですもの。責任は最後まで果たすのがわたくし神奈崎レエネですわ」
「だったら、神奈崎はここでドゥーエちゃんの帰りを待つ係だ。もしあいつがこの部屋に戻ってきたときに誰もいなかったら困るだろうし」
「で、でも」
「ウチもアニキのアイデアに賛成っす。ウチらに任せて欲しいっす」
セカイが自信ありげに胸を張る。
「何かドゥーエちゃんの行方に心当たりがあるの、セカイ?」
「いや、無いっすけど……きっとドゥーエちゃんも迷子で不安になっているはずっす。そんなときに知り合いの姿を見つければ……ぐへへ、普段なら絶対に許してもらえないようなこともさせてもらえるはずっす」
げ、下衆だ!
こいつ、超一流の下衆だ!
下衆でゲス……いや、何でもない。
「とにかく、神奈崎は部屋で待ってて。俺とセカイで何とかするから。えーと、何だったっけ」
「昼頃にはもう一度集まるっすね。分かってるっすよ」
「よし。ドゥーエちゃんを最後に見たのは校舎の近くなんだよな?」
「そうですわ」
神奈崎が頷く。
「分かった。行こう、セカイ」
「了解っす」
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