その㉖
それにしても鬼ごっこか。
俺にとって遊び相手はニィおばさんしかいなかったから、二人で出来るような遊びはあらかったやったような気がする。
ニィおばさんは足が速かったので――というか、子供相手でも手加減なかったので、鬼ごっこなんてやっていたらすぐに捕まっていた思い出がある。そして俺が鬼のときは永遠に逃げられ続けるのだ。
しかし、今は違う。
今は俺が鬼で、相手はただのガキだ。
すぐに捕まえて永遠に逃げ続けてやる。
ふっふっふ。
幼いころからの山に混じりて駆けまわっていた俺に鬼ごっこで挑んだことを公開させてやろうじゃないか。
なんてことを考えながら顔を上げた時。
すでにドゥーエちゃんの姿はもちろん、神奈崎の姿さえも見えなくなっていた。
完全に逃げられた。
「くそっ、中々足が速い!」
だが、まだだ。
この学生寮の廊下は円状になっているから、完全に逃げ切ろうと思えば寮の外に出るのが自然だ。
そして、玄関に行かなければ外には出られない。
つまり、先回りして俺が玄関に着いてしまえば、二人を一網打尽に出来るというわけだ。
問題はどうやって玄関に先回りするか、という点にある。
もう一度寮の構造を考えてみたい。
確かに廊下は円形になっていて、もちろん玄関もその廊下の途中にある。
ということは、当然だが、室内を通るとなれば、大きく弧を描くようにして玄関に向かわなければならない。
が、実は中庭を突っ切れば直線で玄関まで行けてしまうのだ。
俺は廊下の窓を開け、サッシに足を掛けて中庭へ飛び出そうとした。
よし。これで完全にタイムロスを挽回できる。
ドゥーエちゃん、俺の勝ちだ。
――が。
しかし。
ジェバンニは一晩でやってくれるように、想定外のことはいついかなる時でも起こってしまうものだ。
俺が窓から中庭へ飛び出そうとしたその瞬間、俺の襟を掴む人影があった。
「真白エル君っ! 何をやっているなのっ!?」
若作りしたような甘ったるい声。
それは寮母のダカミアさんだった。
「あ……」
文字通りあっという間に窓から引きずり降ろされる俺。
「窓から外に出るなんてお行儀が悪いなの! 礼儀作法というものをきっちり教えてあげるなの!」
急がば回れだよ、エル君……と言うおばさんの声が聞こえた気がした。
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