その⑰
「あ、あはは、冗談っすよ冗談」
いやー態度きついっすね、今日生理なんすかね、と、セカイが神奈崎に聞こえないくらいの声で俺に囁く。
「ふーふ? ふーふって何? お姉ちゃん」
フォークを片手にドゥーエちゃんが神奈崎を見上げる。
「夫婦というのは……互いに契りを交わした男女のことですわ」
どこか遠い目をする神奈崎。
そういえば両親とあんまり関係が良くないって言ってたよな。
どんなことを思い出しているのだろうか。
「ちぎりって何なんだよ?」
「契約のようなものですわ」
「けーやく? もっとあたしにも分かるように言って欲しいんだよ」
「分かるようにと言われましても……」
神奈崎が困ったような顔をする。
そこへユイがやって来て、神奈崎の隣に座った。
「夫婦間の契りといえばあれしかありませんよねぇ!」
「あれ? あれとは何ですの?」
困ったままの神奈崎にはお構いなしに、ユイは俺達の方へ視線を向け、そしてセカイが納得したように頷く。
「そうっすねやはりあれっすね、いうなれば夜の営み――あべしっ!」
あっ、しまった。
ついうっかり手が出てしまった。
「い、痛いっすよアニキ! 近距離のぐーパンはヤバいっす。肩外れたかもしれないじゃないっすか!」
「ごめん、つい」
「つ、ついじゃないっすよ! ウチが何か言ったっすか!?」
「……セカイ、悪かった」
「お、おお、謝られた。まあ、そんなに気にしなくてもいいっすよ」
「次は頭を殴ることにするよ。そうすれば少しはまともになるかもしれない」
「よりエスカレートしてるっ!?」
「いやー、私は婚約指輪とかプロポーズとか、そんなのを考えてたんですけどねー?」
人畜無害そうな笑みを浮かべたままユイが言う。
……多分、嘘をついている。
「ねーねーお姉ちゃん、夜の営みって?」
再びドゥーエちゃんが神奈崎を見上げる。
一方の神奈崎はどこか顔を赤くして、
「そ、そんなことは子供が知るべきじゃありませんわっ! 卑猥ですわっ!」
が、その言葉をセカイは見逃さない。
「へー、卑猥っすか。ウチはただ営みって言っただけで何も具体的な内容は言ってないんすけどねー? エレナお嬢様は一体何を想像されたんですかねー……うわらばっ!?」
神奈崎の投げたフォークがセカイの額に突き刺さる。
「わたくしは部屋に戻りますわ! 行きましょう、ドゥーエちゃん!」
「うん。セカイ、女の子をいじめるのは良くないんだよ」
神奈崎とドゥーエちゃんは席を立ち、そのまま食堂を出て行った。
取り残された俺とセカイは顔を見合わせた。




