その③
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「単刀直入に言って悪い知らせだけど、聞きたいかな?」
真白さんは、ニィおばさんの淹れたハーブティーを啜りながら言った。
「悪い知らせならあんまり聞きたくないかな。もっと楽しい話をして欲しいんだよ」
「楽しい話か。強いて言うなら外交努力によって他国との開戦は回避されたとか、新しい大統領の網須という男はなかなかやり手だとか、そのくらいだね。個人的なことでいえば、買っていた猫が子供を産んだよ。猫のお産というのも大変だね」
「ふうん、猫を飼っていたなんて初めて聞いたんだよ。……エル君、ちょっと自分の部屋に行っていてくれるかな?」
ニィおばさんが、窓辺に座っていたぼくに言う。
「分かったよ、おばさん。どのくらい時間がかかりそうなの?」
「そう長くはかからないさ。すぐ終わるから」
ぼくの質問に答えてくれたのは真白さんだった。
髪の毛は真っ白なのに顔つきはまだ若いから、彼の実年齢は僕も知らない。
この男の人は時々こうやってぼくらの家へやって来るのだ。
悪い人だとは思わないけれど、いまいち掴みどころがないとは思う。
ぼくはおばさんに言われた通りに部屋を出た。
ドア越しに、おばさんと真白さんの話す声が聞こえた。
「『彼岸』の連中が――」
「じゃあ、ここの拠点も――」
「エル君を魔導学園に――」
声色から察するに、あまりいい話ではないらしい。
確かに悪い知らせだと言ってはいたけれど。
もしかしたら、また引っ越しなのかもしれない。
物心ついた時から、僕はニィおばさんと何度も引っ越しをしている。
その度に人の少ない町や海辺など、色々なところに住んだ。
引っ越しの理由は教えてくれなかったけれど、それがあまりいい理由でないことはなんとなく分かる。
念のため荷物をまとめておいた方がいいのかな、なんてぼくが思っていたとき、ぼくの背後でドアが開いた。
ニィおばさんだ。
「エル君、そこにいたの? 部屋に戻ってって言ったつもりだったけど」
「た、たまたまだよ。もう話は終わったの?」
ニィおばさんは真白さんの方を見る。真白さんは、何も言わずに頷いた。
「……終わったんだよ。エル君、悪いんだけど部屋を片付けておいてくれるかな。また引っ越しをするから」
「引っ越し? いつ?」
「明日の朝、ボクが迎えに来るよ。だからそれまでに準備をしておいて欲しい。急な話で済まないが、とにかく一度ボクの家に来てもらう。それから君たちが住む場所を探すから」
そう言いながら、真白さんは困ったように笑った。
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