その⑮
「落ち着いてください先生。まだ先生の挨拶の途中ですよ。ほら、涙を拭いて」
「真白君は親心の分かる男だなあ! 困ったことがあったら何でも俺に相談しろ!」
「あ、あはは……」
なんだか気に入られてしまった。
適当でも良いからそれっぽいことを言ってみるものだ。
「おい、あいつそういえばクラス分け試験の時に……」
「ば、馬鹿、静かにしろ! 目が合ったら殺されるぞ!」
「しかし、あの斬沢先生を手なずけるとは……さすが学年一の不良だぜ。俺たちにできねえことを平然とやってのけやがる!」
クラス中から尊敬と畏怖の入り混じったような視線が俺に向けられる。
……困った。なぜか有名人扱いだ。
っていうか学年一の不良ってなんだよ。いつの間に僕はそんなキャラになった?
そんなこんなの内に先生が挨拶を済ませ、そして一人ずつ自己紹介をすることになった。
さて、こういう時どうすればいいものだろうか。
ただでさえ俺は目立っているようだし、無難なことを言って済ませるのが一番だろう。
俺は自分の番が回って来るのを待った。
「下井セカイっす! 巨乳より貧乳派っす! 特技は四十八手をすべて暗唱できること! 得意科目は保健体育! 特に女子の皆さん仲良くしましょう! ヨロシク!」
冷え切る教室の空気。
前の席の小柄な男子が盛大にスベッたのを見て、多少安心しながら俺は席を立ち、なんとか考えていた台詞を噛まずに言い切って、多少の安堵感と達成感を噛み締めながら再び席に座った。
このまま俺に対する誤解も解けてくれると嬉しいんだけど。
そんなことを考えていると、後ろの方で席を立つ音が聞こえた。
俺の席は教室の隅の列だから、そろそろ自己紹介の時間も終了だ。これが終わると次は寮の部屋割が発表になる。実はちょっとドキドキしていたりもする。
「――神奈崎レエネ」
ああ、そういえば俺の後ろの席は神奈崎だった。
ちなみに席順は成績で決まっているらしい。俺と神奈崎がワンツーフィニッシュを決めているということは、そういうことだ。
「ただの庶民には興味ありませんわ。この中に宇宙から来た庶民、未来から来た庶民、異世界から来た庶民、超能力を使える庶民がいたら、わたくしのところへいらっしゃい。以上」
俺は思わず振り返っていた。
その時には既に、神奈崎は席に座り直していた。
そして再び教室の空気は――バナナで釘が打てるんじゃないかと思うほど、冷え切っていたのだった。




