その⑧
「何を言っているのかよく分かりませんわね。それより、あなたの周りをごらんなさい」
神奈崎に言われ、俺は周囲を見た。
俺の周囲は、いつの間にか霧がかかったように白く霞んでいた。
「霧……!?」
「正確に言えば、微小な水滴がわたくしとあなたのいるこの空間全域に散布されているのですわ。そしてその意味がお分かりかしら? ま、庶民の頭にそれを分かれというのも難しい話ですわね」
うわ、この人、一人で喋ってるよ。
怖。
「お前、友達いないだろ……」
「う、うるさいですわね。エリートは常に孤高なもの。大勢と慣れあうことはしないのですわ。それよりも自分の心配をされたらどうかしら?」
分かっている。
微少な水滴が俺の周囲を取り囲んでいるという意味。
それは、四方八方どこからでも水の弾丸を発射される状態にあるということだ。
そして脇腹の傷の痛みで魔法をイメージすることも難しくなっている。
もしこの女が俺を本気で殺す気なら――。
「死ぬってことか」
「大正解。褒めてあげますわ」
直後、予想通り全方向から水の弾丸が発射された。
一撃で俺の体を貫く弾丸が。
これだけの数の攻撃ををまともに受けると、さすがに致命傷じゃすまない。
確実に死ぬ。
しかし、それと同時に俺の体は奇妙な浮遊感に包まれていた。
あの時――襲撃者たちを皆殺しにしたときと同じ感覚だ。
だとすると、ダメだ。
この感覚に身を委ねてはダメだ。
俺の両手に、臓器の感触が蘇る。
このままではまた誰かを殺してしまう。
だけどもう遅い。
俺は、体が自分の意識から離れていくのを感じた。
俺に接近した弾丸が、何かに触れたわけでもないのに一瞬で蒸発する。
神奈崎の驚いた顔が見える。
次の瞬間には、俺は神奈崎の目の前に移動していて、彼女を地面に叩きつけていた。
そして相手の確実に命を奪うべく右手を振り上げ――。
「――ッ!」
止めた。
右手を、止めた。
俺の眼前には、恐怖の表情で涙を浮かべる神奈崎の顔があった。
「だ、だから……」
「ひっ!?」
俺の声に、神奈崎が悲鳴を上げる。
「だから、ちゃんと並べって言っただろうが……っ!」
俺の意識は、そこで完全に途絶えた。




