その⑤
え?
列を譲る?
「……先に来た人が前に並んで、あとから来た人が後ろに並ぶのが常識なんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっと、エルさんっ!」
ユイが俺の袖を引っ張る。
「なんだよ。少なくとも俺はおばさんにそう教えてもらったよ」
「そ、そういうことじゃなくてですね!」
「なんで俺が譲らなきゃいけないんだよ? 常識がないのはこの人たちの方じゃないの?」
俺は黒服の方を指さした。
「貴様! 神奈崎家を愚弄する気か!」
同時に、黒服が俺の腕を掴む。
が。
真白さんとは違い、隙だらけだ。
「遅い」
俺はそのまま黒服の腕を掴み返し、相手の体重を利用して地面に叩きつけた。
背中から落ちて肺に衝撃が加わったのだろう、黒服が咳き込む。
魔法の練習や試験勉強の他に、俺がこの一か月間にやっていたことがもう一つある。
それは、護身術の訓練だ。
真白さんが武道をやっていたとかで、その技を教えてもらったのだ。
もちろん赤の他人に使うのはこれが初めてだけど、なんだかんだうまくいった。
「き、貴様っ!」
少女の傍に控えていた黒服が二人、俺に掴みかかって来る。
俺が真白さんから教わった技は、基本的に一撃必殺。
敵の急所を突いて行動を不能にさせる技だ。
言い換えれば、一人を相手するのに時間をかけない攻撃だ。
だから、決着は一瞬で着いた。
気がつけば俺の足元には、呻きながら転がる黒服たちの姿があった。
「エルさん!」
ユイに揺さぶられ俺は我に返った。
「はっ! ……しまった、ついうっかりやっちゃった」
「ついうっかり、じゃないですよ! どうするんですか!? 入学試験で暴力沙汰はマズいですよ!」
「俺に言うなよ。先に突っかかって来たのはこの人たちだろ? なあ君、神奈崎とか言ったっけ? ちゃんと順番は守った方がいいと思うな、俺は」
俺は金髪少女に言った。
少女は手に持っていた扇をパチンと閉じながら、
「……生意気な庶民がいますわね」
「え、なんだって?」
刹那、俺の足元の地面が裂けた。
いや、裂けたというよりは、何かが突き刺さった――!?
粉塵と水滴が舞う。
少女は言う。
「ここまでやられて黙っていたのでは神奈崎家の名に泥を塗ることになりますわ。庶民の分際でわたくしに歯向かったことを後悔させてあげましょう」




