あまりにも暇すぎる休日は仕事に行きたくなるというバグが発生するよね
「お前さ。明日からもう仕事に来なくていいよ」
モーニングコーヒーを入れたマグカップを片手に持ち、自分専用のオフィスデスクに腰を下ろしたと同時、開口一番直属の上司から唐突にそう告げられた。
「はい?」
急なリストラ宣告を受けた私は、状況を飲み込めずにポカンと口を開けたまま石のように固まった。
「お前な。ここに来てから……」
「ど、どうして私がクビなのでしょうか⁉ 業務態度に何か問題があったでしょうか⁉ サボらずに毎日ちゃんと真面目に働いていますし、毎月のノルマだって達成しています!それに脱税だってしていません!」
上司が着ているスーツの襟首を両手でガッチリと掴み、泣きすがるような形で食ってかかった。
「ちょっ、お前の納税事情なんて訊いてないからとにかくこの手を離せ! 上司の首を絞めようとするな! 本当にお前をクビにするよう社長に掛け合うぞ!」
「へ?」
上司は無意識の内に首を締め上げていた私の手を振りほどき、ゴホゴホと咳き込んだ。それから乱れた服装を元の通りに正し、髪の毛をしっかり七三分けに整えてから私の方へ少し呆れた様な視線を向けてきた。
「お前。この会社に入って何年目になる?」
「あの~それはどういった意味の質問でしょうか」
上司からの質問の意図が分からずに、私は質問に対して疑問を投げかけた。
「いいから答えろ。何年目だ?」
横暴な上司だな~と思いつつも私は淡々と答える。
「えっと、確か今年で〝300年目〟です」
「そうだ。お前がこの《神様はいるんです社》に新神の社員として入社してから今年で300年目だ」
最初から知ってたのならわざわざ聞かなくてもよかったのに……。
不満を胸の中で吐露しつつ上司の言葉に耳を傾ける。
「その300年の間、お前はどれくらい働いてきた?」
「あの、それなら出社記録を見た方が……」
「いちいちファイルをほじくり返すのが面倒なんだよ。ほら、早く答えろ」
まったく、部下の神様使いが荒いんだから。
ムスッと不満を込めた視線を上司に送りつつも、記憶を頼りに計算を始める。
私の場合は〝出社した日数を数える〟よりも、〝休んだ日数を全体の日数から引いてあげる〟という方が考えやすいかな。
え~っと、1年が365日で300年だから300に365をかけて……で。休んだ日数が……だから。
頭の中でサッと計算を終えて、改めて上司と向き合ってニッコリと笑顔を浮かべながら計算結果を報告する。
「だいたい299年と364日ですね」
「働き過ぎなんだよお前は! とにかくお前にはこれだ。ほら、受け取れ」
上司は自分のビジネスバッグから一枚の紙を取り出し、私に渡してきた。
その紙に大きく明朝体で書かれたタイトルを読んだ私は大きく目を見開き、わなわなと震えだす。
「な、なんですかこれは」
「なんですかって、そこにでかでかと書いてあるだろ。『休暇命令』って。ちなみにそれは俺じゃなくて社長命令だからな。逆らったら仕事を失ってお前の生きがいが無くなるぞ」
「生きがいって……」
別に私は仕事を好きでやっているわけではない。ただ、休日や休暇というものが苦手なのだ。だってそれは……。
「終日特にやる事の無い暇な休みの日なんて嫌ですよ!」
「おうそうだ。終日特にやる事の無い暇な休みの日で休暇と言うんだ。よく解ってるじゃないか」
「一日中暇すぎて私死んじゃいますよ⁉」
「はっはっは! お前も一応は神様なんだから生きるも死ぬも無いだろよ。面白い神がかったゴッドジョークだな。わっはっは!」
あんただってさっき生きがいとかなんとか言ってたじゃないか! なんてことも言えず。
「あぁ、それと」
「それと?」
「勘違いしてるのかもしれないが、休暇は一日だけじゃないぞ。命令書の下の方を読んでみろ」
「下の方?」
上司に促されるまま、渡された命令書の下の方に長々と書いてある文章を読み上げる。
《いつもお仕事ご苦労さん! どうも、《神様はいるんです社》の社長です。最近、新神社員達の中で上司に足掛けといったイタズラが流行っているみたいですね。私も足掛けを回避するために毎日ぴょんぴょんぴょんぴょんジャンプしてたらなんと、数日前に空中浮遊できるようになりました(笑)。
さて本題に入りますが。真面目で働き者なあなたに私から素敵なプレゼントがあります。
それは、『全世界通行許可証』です。
なななんと! これがあれば天界から地上、さらには地獄のあらゆる場所に許可申請いらずで立ち入ることができるんです!
あ、だからって無許可で社長の入浴シーンを覗いちゃダメだゾ?
そして休暇の日数のことですが、一応目安としては一か月を予定しております。別にそれより少し伸びても構いません。その代わりと言ってはなんですが、地獄に遊びに行った際には閻魔大王様から足掛けをしてくる部下の地獄送りの方法を聞いて来ておいて下さい(笑)。
長くなりましたが、それでは楽しい休暇をお過ごし下さいませ。
部下を愛する優しい社長(笑)より》
命令書を読み終えた私は、その場で力なく倒れ込んで床に両手をついてうな垂れた。
「一か月……。一か月も休暇があるなんて……。ここは地獄ですか……?」
「いやいや、普通は一か月も休暇が貰えたら手放しで喜ぶんだけどな……。まぁ、さっさと観念して大人しく休暇を楽しんでくることだな。それと、ついでに何かお前らしさでも見つけて来い」
上司はうな垂れている私の肩をぽんぽんと叩いて慰めてくれた。
「…………そうですね」
私は立てた右膝を支えにしてよろよろと立ち上がった。
「一つだけ……行ってみたい場所が浮かんだので、そこへ行ってみようと思います」
「おっ? どこに行くつもりなんだ?」
私は上司の黒い瞳を真っ直ぐに捉え、そして、ピンと上へ立てた人差し指を下へ向けて笑顔で答える。
「ここのちょうど真下。日本です」