ラッキースケベはトラさんシカさんウマさん、そしてライオンさん
―――椎名 和歌には記録が無い。
彼は幼少時に自分の名を「シーナ」と言った、それだけであった。
どこで産まれどこで育ちどこから来たのかは誰にもわからなかった。
詳細は省くが、慈善家であり良きことを善いとし、
誰にも恩を売ること無く与える、現在の両親は「縁に違いない」と椎名家に引き取ることにした。
彼はそこで無償の愛を受けた、知った、学んだ。
彼はそれをとても尊いと感じた。
ある時から隣家に住む少女と仲良くなった。
しかし、少女はいじめられていた。
「とろい」とか「男子と仲良くしてるから」とか、とにかく下らない理由であった。
幼少期のいじめなんて理由はさほど問題ではない、問題は容赦がないことである。
椎名 和歌は怒った、友人のために、尊い物のために。
しかし彼には暴力が振るえなかった、人を傷つけることが怖かったのだ。
結果として、彼は傷ついた。しかし少女はもっと傷ついた。
いじめ自体は程なくして自然消滅したものの、
それが自分の弱さのせいであると、お互いに自分を責めていた。
椎名 和歌は自分が弱いと、もっと傷つく尊い者のために強くなろうと考えた。
尊いといこと、それが椎名 和歌の行動理念であるが、
そう簡単に変わることなど出来なかった。
――
最近では広い風呂が気に入ったらしいゆずと一緒に入ることが多いようで、
聞くところによると入浴するのに毎回水着は流石に面倒らしい。
俺としてはその方が非常に有り難いのだが、
最近では大勢で入る風呂の楽しさというものも中々大したもので、
風呂は命の選択だとか裸の付き合いだとか言うのもまんざら嘘でもないのかと思うようになっていた。
彼女らが女性で無ければもっと良かったのだろう、きっと。
しかしながら今日は「いつも白だから黒の水着にしてみたので見せたかった」ということ。
どうやら八代さんに余計な入れ知恵をされたようで、彼女の水着にはしっかり「5-3 くらにぃ」
というゼッケンが付けられていた。
『黒い水着とはなんだか大人の色気が増す気がするデス』
とは彼女の言葉だが、どちらかと言うと幼児退行してしまったと思う。
それから。
「見て驚けデス!!なんと!!この風呂にも(やりたい放題だから)
マラーイオンというやつを設置してみた!!デス!!!」
とんでもないことを言ってのけた。
「プラスかマイナスかが問題になりそうだよな」
「プラスだと思うな~、興奮しそうだし」
「郊外にある大型ショッピングモールなのかも」
「マラーなんて地域知らないよね、この辺には無いんだよね」
「オメーら、何言ってるデス?」
細かい議論を交わす俺達を訝しげな目で小学生が見ていた。
「だから、クラニーちゃんが卑猥なものを設置したとか言うから」
「どこが卑猥デス!!見るですこれ!!」
「それ、ゲー吐いてるライオンさんでしょ?クラニーちゃんが設置したのはもっと別の」
「男性器だよね~」
「はぁ!?何言ってんデス!!私はこのライオンさハァ!!!」
何か自分の犯した過去の過ちに気づいてくれたようである。
その何かとは俺達二人が気づいてほしかったナニかなんだよ、成長したなぁ。
「と、とにかく!!どうドゥス!?」
すっかり成長した偽我が子の姿に感動の涙を流していると盛大に噛んだ。
やはりまだ俺達が付いていないとこの子一人じゃあ心配だ。
「急に若女将みたいに聞かれてもなぁ。どうってことも」
「ねぇ?打たせ湯なら既にあるし~」
「打たせ湯が既にあることに俺は驚いているよ。
うちとこの風呂を一体どうしたい……ねぇ、クラニーちゃん。一つ聞いていい?」
「ん?何です?風情が理解出来ない愚民めが」
「その罵声はひとまずおいておくとして、君はこの空間をどうしようとしているの」
我が家の風呂は別にある、それは外から窓を除くことで確認出来る。
更に滅多にしない風呂の掃除なんかも外から見て不審に思われないように
エシリアさんが頻繁に掃除してくれているらしく有り難い限りである。
俺の目に止まったのは、この空間にある風呂もといスパ。温水プール。
そこにある「現在建設中」と書いてある看板の後方にある巨大な、これは、スライダー?
「よくぞ聞きやがったデス!!ワタシたっての希望で温水スライダーを建設中デス!!
何、心配いらねーデス。この次元はオメーんとこに影響はねーデスから
ここで何が起ころうと全く問題ねーデス、ちょー楽しいデス!楽しみにしてやがるデス!!」
「まぁ、元々何が起こっても大して驚きはしないんだけど……
これどうやって作ってるの?まさかエシリアさん一人で?」
「まさか、そんな労力いらねぇデス。3Dプリンターみたいなもんデス。
あとは次元ブロックと組み合わせたら自動で出来上がってくるデス、設計するマンパワーは必要デスけど」
「私はいいと思うな!なんか、流れるプールとかも欲しいよね!こうなってくるとね!!」
「お前は順応していくなぁ、俺は今のままでも十分有り難いと思うよ。
あと次元ブロックって当然のように流すけど知らねぇからなそれ」
「流す?!流れるプールだけにかなぁ!?シーナ君、さっむ!!」
意図しない言葉がダジャレのようになってしまった時、どうすればよいのだろうか。
お顔がポカポカするの。
「ち、違うし!ダジャレなんて言うつもりなかった!ダジャレじゃねぇし!」
「?欲のねぇヤツデスね、しかし流れるプール、しかと承ったデス!」
「やったね、言ってみるもんだね、時代の流れに乗ったね」
「時代はとっくに遥か先に行ってると思うしそれもダジャレじゃねぇの?」
上手いことを言ったつもりなのだろうか、鼻を鳴らしているゆずを尻目に
若干とはいえ気になっていることを聞こうと口火を切った。
「なぁ、クラニーちゃんよ」
「ん?なんデス?今更私達はとめらんねーデスよ」
「そんなつもりはねぇよ、あの~、その、こないだナンパされてたやつなんだけど」
「あぁ、確かに!私の魅力にも参ったもんデスね~、美しいということはアル種罪、罪デスか」
「それはいいとして、男もまぁまぁ強引だったし、引き下がってはくれそうになかったし、
意地になってたみたいだし、だけどもまぁ、大丈夫だったかなと思ってな」
「なんだ、真面目な話デスか。面白みのねぇヤツデス。
心配すんな、デス。あの後エシリアがしっかり健康と安全を体に聞いてるデス」
「なんでそんな物騒な言い方すんの?エシリアさんには暴力やグロテスクなシーンが含まれてるの?」
「冗談デス、まぁいいじゃねぇデスか。あいつもしつこかったデスから、当然の結果デス。
ああしないといつまで経っても終わりゃしねぇデス」
何らかの形で諦めるまでは、か。
「まぁ、アレが言う通り安全な物でむしろ健康になるっていうなら信じるよ。
けどな、まぁ、その、なんつーか、な」
「何だ、歯切れのわりーヤツデス」
「シーナはね、会ったことがない他人でも、まぁ、痛めつけられるというか、傷つくというか、
そういうのが苦手何だよね~昔からさ」
訳知り顔でゆずが会話に入ってくる、俺が何か言い淀んでいるのを察して
続けられるように気を使ってくれたらしい。
こういうところには本当に助けられていると我ながら情けなく思う。
「俺はさ、暴力って振るう理由も振るわれる理由もあっちゃならねぇと思うんだ」
「フム……」
「よく『女の子に何するんだ』とか『女に向かって』とか聞くけどさ、
それってじゃあ『男だったらいいのか』って話で、弱い男も強い女も立場ねぇよなって。
例えは悪いかもしんないけど、そこに良し悪しを付けたらいけないよなって考えてるよ俺は」
「だからこないだみたいなのでもちょっと気にシーナになっちゃうんだよね~」
「う~ん、しゃーないなってラインはあると思うんだけどな、でも皆同じだと思うしな~」
「同じ、と言うと、何デス?」
続けようか。
「皆大切にされることがあって、大切にしてるものがあって、
悪人だってそれなりのポリシーとかモラルとか、モラルはあんま無いのか、やっていけないと思うしさ。
そういうのは、平等に尊いものだと、まぁ、言ってて恥ずかしいけどな、そう思うよ」
「だから、どうするんデス?」
そう言うな、そう言われると困るんだ、それは自分でも理解している。
結局の所、話しが通じない相手とのやり取りで行き着く先はどうあれ喧嘩だ。
それが法の元で行われるかどうか、という違いでしかないのだ、遺恨は残ってしまうだろう。
「そういうことはクラニーちゃんの方がきっと経験豊富だと思うし
そういう人から見て俺が何を言ってもきっと『わかった口を聞くな』って思うだろうけどな」
「そうデスね、甘いデス。そういう感情はあまり持たネーほうがいいデス。
最も、私の経験上、という前提なのでオメーらとはきっと状況も立場も、違うんでショーが
大別しても結局の所武力を持つしか無くなるデス」
わかっちゃいるけど、立場、ね。
そういうなよ、お前と俺も、ゆずとお前だって、何も変わらないだろ。
「そんなことない。クラニーちゃんは一人の女の子で、俺の大切な友人だよ。
立場がどうとか関係ないだろ、今はこの家の一員だ、無くなっちゃ困るよ俺達はな、そう思ってる」
「うっせーデス、恥ずかしいこと言ってんじゃねえデス」
「恥ずかしくないじゃーん、クラニーたん!もう家族みたいな~?もんだし~?
私も同じ気持ちですよ、もうホントね、愛しい、マジいとし」
照れるクラニーちゃんを茶化すようにゆずが突付く、こういうのもバランスかな。
「まぁそういうわけでな、別にシリアスにするつもりは無いんだけど」
「わーってるデス、まぁ、そうデスねぇ……ん~、オメーいっつも体鍛えてマスよね」
「あ、あぁまぁ、喧嘩するためじゃないけど一応、ね」
「事情は知ってるデス、なんとなくそこに至った理由も。
私だけ知らねーワケがねーデス、オメーがここにいる理由だって知ってしまうデス。
だから、そうデス、オメーは一度エシリアに見てもらうといいデス」
「事情って程でも無いよ、そんなに大事になったわけでもないしな」
「取り敢えず、オメーの弱さ、トラさんウマさんシカさんとさよならするには
それが一番てっとりばえーデス」
「今、余計な動物がいなかった?」
「じゃあ明日は応援だね!」
クラニーちゃんが言う事情という程でも無い、というのは本当だ。
ここにいる理由、それは俺が尊いと思うもののためだ。
両親が一時的にこの地を離れるのに、一緒に育ったもう一人の家族、この家が寂しいと思った。
だから、俺はここに残って一緒に暮らそうと思った、それだけのことである。
聞く人が聞くと気持ち悪いと思われるのかもしれないけれど、
俺にとって俺を育んでくれたものは等しく皆尊いものであり、そのために俺は行動する。
ともかく、俺は弱い、と。
そういうわけだから、一度エシリアさんに見てもらうのが最も効率的らしい。
それがどういうことなのかわからないが、
俺が大切にしている友人が誰かに暴力を振るうのも見たくはないし
かといって俺が代わりに殴られればそれでいいと本心で納得しているわけではない。
ああいうことが起こった場合、『俺はこんなに強いからお前がどれだけ何をしようと無駄だ』
と相手に思わせることが出来ればそれが最も良いのかもしれない。
殺し合いをしよう、自分は死んでも構わないと思っているわけではないのだから
要するに制してしまうだけの能力があれば良い。
そういう意味では護衛のエシリアさんはうってつけの人だと、そういう事なのか。
俺は、一人でベッドに潜り考え込んでいるつもりで、そのまま意識が遠のくのを感じていた。
今日はお気に入りの音源を聞く気にもあまりならなかった。
―窓から朝日が差し込む。
「……奥さん、このキノコ……こすると匂いが増すんですって……んぅ」
「お、おぉぅ……これは、これが学園トップを誇り決して譲らないという……。
確かに、匂いが強くなってるデスこれ、こんな凶悪史上稀に見る……」
重い、何か体に乗せられているようだ、金縛りってやつか。
……目を開けるとそこには、真っ白且つ赤い布の何かが鎮座していた。