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第十七話 突き刺さる刃

「ごめんなさい」




まず、僕はそう言って謝られた。

抱きしめられた肩がカタカタと震えているのがわかる。


目を覚ましたばかりで意識がはっきりとしていなかった僕は自分と同じように赤くて、自分より長い髪を持つ頭を訳も分からずよしよしと軽く撫でた。

いつもと立場が逆だけどこうされるとくすぐったくて、でもとてもあったかい気持ちになる事を目の前の人から教わっていた。

その行為に驚いたようにこちらを見るその人の顔を見て僕は少し戸惑う。



「どうしたの?お母さん」



いつも笑顔を絶やさず、優しい眼差しを向けてくれている母の目には溢れんばかりの涙で濡れていた。

その顔を見て僕は何だかとても悲しい気持ちになる。吊られて泣いてしまいそうだった。

そんな僕を母はもう一度きつく抱擁した。



「ごめんなさい、シオ。

アナタにとても怖い思いをさせてしまいました」



怖い思い?


何の事だろうと僕は首を傾げる。


そういえば何で僕はベットの上で寝ているんだろう。


確か今日は村の形だけの教会でお姉ちゃんと遊んでいた……………。


久しぶり村にやって来たお姉ちゃんが元気なさそうにしていたから、僕はお母さんに教わった契歌(ハリス)っていう唄を教えてあげた。

これは大切な儀式で、一緒にいましょうという約束らしい。

だから、僕はそれを元気になってもらいたい一心でお姉ちゃんに詠って上げた。

お姉ちゃんは初めはキョトンとしていたけど、僕が唄の説明をすると凄い嬉しそうに「ありがとう」って言ってくれてニッコリ笑ってくれた。

その後は………………

あれ?


急に不安が体中を駆け抜けた。


体が小刻みに震え出す。


どうしてかその先は思い出してはいけない気がした。



「シオ?」



異変に気付き抱きしめていた腕をほどきお母さんが心配そうな表情で僕を見る。


僕はそれに反応を返すことが出来ずに頭を抱えて俯いた。


頭が割れるように痛い。


僕は今まで経験したことのない痛みを我慢することが出来ずに嗚咽をもらし始めてしまう。


「シオ?

どうしたんですか!?

シオッ!!」


お母さんが僕を心配して必死に何か話しかけてくる声が左から右へと通り過ぎる。

そして心配して僕の顔を覗き込んだ拍子に、僕の視界の中いっぱいに僕と同じ赤い髪が広がった。

それは燃えるように赤く、綺麗な色をした髪はまるで血の色のようで……………。

雪の上に広げられる赤い色彩のようで……………。

それをキッカケにぼやけていた思考がクリアになり始め…………………。

お姉ちゃんがどうなったかを思い出し始め…………………。








……………その後の事は良く覚えていない。

シオは無駄のない動きで自分の間合いに入ってきた敵を拳で打ち払い、蹴りで牽制した。


魔力の籠もったその強烈な打撃の一つ一つが当たりどころが悪ければ簡単に命を刈り取る威力を持っている。シオはそれを容赦なく相手の致命傷になるであろう場所に叩きこんだ。




「ぐぁっ!!」




また悲鳴が上がる。

木の葉の様に舞うシオの振り向き様に放った肘での一撃で、また一人戦闘不能に陥ったのだ。既に四人目。


黒装束達が敬意の現れでもある名乗り上げを終えて、この戦闘が始まってからまだ数刻も経っていなかった。まさに驚異的といってもいい戦果だ。


だが、一見有利そうにも見えているシオは小さくない焦りを感じていた。


元々、少数対多数の戦いでは一撃必殺が基本。出来るだけ最小限の力で敵につけいる隙を与えないで戦うのがセオリーだ。


だが、先程から自分の繰り出した致命傷となる攻撃の悉くを避けられ、あまつさえヒヤリとするような反撃を返してくる。


おそらく、彼らは個人だけでもシオを今までに襲ってきた刺客達の中でもトップクラスに入る者達ばかり。


加えてこの連携の巧みさからシオは敵が当初予想した通り魔族の正規部隊、しかも裏の仕事を専門とする者達だと確信した。


正直厳しい状況だ。


こんな事なら多少の無理をしてでも結界を張る時に刀を手放すべきではなかった。


シオは今更ながらそんな後悔の念を抱いていた。


元来、シオは魔力制御が苦手だ。


だが、それは他者とは一線を帰す魔力量を持つがため。誰だってカップから零した何の気もない一滴が、実は桶を数回組み直す程の量だったと言われても困ってしまうのではなかろうか?


シオはそれと同じ感覚を体に魔力を垂れ流すだけで感じている。本来なら内渉魔法を使うときには体に十分な魔力を流した後に体の部分部分に最適化させるために"研ぎ澄ます"という工程が必要になるのだが、シオにはそれが必要ない。


何故ならシオは流すのではなく"垂れ流す"だけで十分だからである。無意識下とでもいえる"ちょっと右腕に意識を集中した""つま先に違和感を覚えた"という程度のことでシオは内渉魔法と呼べるレベルの肉体強化を成すに至るのだ。


だから、シオが生まれてから行っている訓練の最たるものは魔力をいかに効率良く運用するための制御を行えるかではなく、いかに造らないかということに重点を置いていた。


しかし、"研ぎ澄ます"という行為が出来ないわけでは勿論ない。"研ぎ澄ませ"ば確かにシオの身体能力は格段に向上する。そうすれば敵を圧倒することも出来るだろう。


だがそれは、今のシオが行えば数分と保たずに体が限界を迎えるという荒技でもある。学生会の入会試験の時のような短期決戦の場ならいざ知らず、この緊急化では勝てるという確証を得るまで本気で内渉魔法を使うことは出来ない。


だが、そんな問題を解決する方法が一つだけあった。


迦那多だ。


迦那多(カナタ)はシオの膨大な魔力に耐えることができる数少ない一振り。加えてシオが体に魔力を流し、研ぎ澄ませた時の負担を大幅に軽減してくれる働きも持っている。


迦那多さえ手元にあればシオは一日中でも全力で戦い続ける自信があった。


でも、そうすることは出来ない。


刀を使うという事は結界を解くのと同義だ。


そうすれば敵は迷わずルテティア達に群がり、瞬く間にこちらの不利な状況に追い込まれてしまうだろう。


これは決闘ではなく殺し合いなのだ。


相手の弱点をつくのは当然のことだし、二度も恩情を与える義理は彼らにはない。


彼らは正々堂々と名乗り上げることで自分達の存在を知らしめ真正面から戦いを挑んでいる、既に一度シオに恩情を与えているのだ。

刺客という時点で迷惑この上ないが、それでも彼らはマシな部類に属する者達だった。




「はあぁぁァッ!!」




ユウの怒声が背中で響く。




「ぐあっ!!」




続けて悲鳴が上がった。


ユウが仕掛けてきた敵の一人を返り討ちにしたのだ。


シオは思わず舌を巻く。


確かにユウの実力を信じて一緒に戦う事を了承したが、ユウはシオの予想を遥かに超える働きをしてくれていた。


この人数を相手にシオの背中を守りきるだけでなく、下手すればシオ並に巧みに敵と渡り合っている。


おかげで迦那多が使えないというハンデがありながら、戦局は拮抗、もしくはやや此方が押しているという状況になりつつある。敵の数も当初の半分近くにまで減っていた。


と、そこにこの場にそぐわない軽快な拍手が鳴り響く。同時に今まで絶え間なく続いていた攻撃がピタリと止んだ。


シオは警戒しながらも音のした方、木の上に目を向ける。


そこには他の黒装束達と同じ姿をしながらも他と違う存在感を持った男が座っていた。


男は拍手を続けたまま愉快気にシオに語りかける。




「いやいや、流石はシオ様です。これだけの精鋭を相手に良く戦っていらっしゃいます。

相変わらずお強い」

「……………お前は?」

「おっと、これは失礼を。

僕はこの部隊を率いている者。

………あなたのご友人を人質にとるという作戦を立てた者だと言えば分かりやすいですか?」




男は拍手を止め、覆面の上からでも分かるくらいの上機嫌で話しかける。そんな男をシオは忌々しげに睨みつけた。




「なる程、卑怯者の親玉ということか………」

「フフフ、騎士道でも説きますか?

構いませんが、きっと無駄ですよ?」

「……………貴様」

「おやおや、そんなに熱くなられないでください。

ほんのお茶目ですよ。まったく、アナタは昔と変わりませんね。少しからかうとすぐムキになる………」

「昔………?何のことだ?」

「フム、お分かりになりませんか?」




それは寂しいですね、と男は目に見えて肩を落とす。




「良く遊んであげたじゃないですか。

リトの湖に行ったときは楽しかった。二人でどちらが大きな魚をつるか競い合いましたね。結局は僕の勝ちだった。

近くの森にククの実を探しに出掛けた事もあった。

アレはあなたの圧勝でした。まぁ、お陰でククの実が沢山なっている秘密の場所を教えて頂けましたけど。

後は…………」

「何故…………」

「はい?」

「何故そんな事を知っている!?」




シオは明らかに動揺していた。有り得ない。そんな事があるワケがないのだ。

男はそんなシオを不思議そう見た後、木から飛び降りシオに向かって歩き出す。




「まだ、お気づきになりませんか?

それとも…………信じられませんか?」

「そんな筈はない。だって………」

「だって…………何です?

フフフ、あなたは本当に変わらない。甘いままだ。

でもまあ、認めたくない気持ちも分かります。

なら、これならどうですか?」




男は頭に巻いている布をゆっくりと取り外し始める。

男の顔が露わになるにつれてシオの顔色は青く転じていった。




「……………ニク、ラス?」




直視していたシオだけでなく、隣に立っているユウも言葉をなくす。

男の顔には左側が、本来そこにあって当然のものがなかったのだ。




「あらためてお久しぶりですシオ様。ですが、そう驚かなくてもいいでしょう?

これは君がやったことだ。"なくした"のは君なんですよ?」

「何、で………………」




シオは空気を求めるように言葉を紡ぐがニクラスにはまるで聞こえていない。ニクラスは自分の心の淵を吐き出すのに精一杯なのだ。




「傷付きます。傷付きますね。

そんな風に見ないでください。見ないでくださいよ。

僕は僕のままなんですよ?そのままなんです。

なのになのになのになのに、

あぁ……、許せないなあ。許せない。許せないですよ。許せない。特に許せないのが…」



ニクラスが右半分でにっこりと笑う。




「君が兄さんを殺したことだ………」




その瞬間シオの背後で魔力の気配が跳ね上がった。






ユウはニクラスが現れてから戯れ言を言っている間も細心の注意を払っていた。ああも堂々と出てきた以上シオの意識をニクラスに向け何らかの策をろうしているとおもったからだ。結果、その予想は当たることになる。シオとユウの背後で魔力が高まったと感じた瞬間、敵が突如としてその魔力が高まった場に現れたのだ。


"転移魔法"


本来なら有り得ない。だが、ユウは気付いてしまう。返り討ちにした敵は必ずと言っていいほどユウ達の攻撃を一度はかわしていた。その避けきった刹那の隙に彼らは何をしていたのか?

答えは簡単だ。転移魔法を行うための必要最低限の用意をする。そのために彼らはユウ達に気付かれないよう地面を削り、もしくは自分達の血を使い陣を引いたのだ。

ユウはシオに凶刃が届きかける走馬灯の中で"あーあ"と呟く。

左の手に水走を持っていては間に合いそうにない。じゃあ刀を捨てるしかない。手だけでは彼への攻撃は防げそうにない。じゃあ体を使うしかない。

シオの前に体を投げ出す。胸に冷たい刃が突き刺さる。

ユウは他人事のようにそれを感じ"もうちょっと上手くやるつもりだったのに"と口惜しむ。

でも、倒れる瞬間に彼が自分の名前を呼ぶのが聞こえた。無粋な"会長"ではなく"ユウ"と。

どうせならちゃんと正面から聞きたかったな。




"ああ、ホントに…"

ユウは倒れシオの絶叫が響く。







"あーあ"

遅れてすみませんでした。

微妙に良いところですが実はこれから少し忙しくなりそうなので次からの更新は不定期になると思います。

連載は続けるのでどうか気長に待っていただければ幸いです。

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