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第十六話 理由

シオは走りながらユウもしていたように自分の愛刀を手元に転移させる。


俗に『喚ぶ』と呼ばれるこれは転移魔法の小規模版だ。


普通、転移魔法は複雑な魔方陣や膨大な魔力、長い時間を必要とする大儀礼魔法でそうそう使われることはないが、この魔法はそれらを大幅に削った上で簡単に行うことができる簡易魔法だ。


しかし簡単であるがゆえにさまざまな制限もつけられていた。


まず、大規模な転移を行うことができない。せいぜいが自分の武器を手元に召喚するぐらいの小さなモノ限定だ。


それに『喚ぶ』モノにも目印となるものが必要だ。たとえば何度も魔力を流したことがある武器に特殊な文字を刻み、遠くからでもその気配が感じ取れるようにする必要がある。


さらにはいくら魔力を通常より軽減できるとは言っても必要な魔力量はそれなり。


だから潜在魔力が少ないものは使わないし、使いたいと思っても使えないのだ。ましてや学院生がおいそれと使えるものではない。


しかし、シオはそんな常識をものともせず九の歳より共に戦いを切り抜けてきた愛刀、迦那多(カナタ)を握り締める。


シオは久々に喚んだ愛刀の切れ味を確かめるように、手始めに一番早くルテティアに襲いかかろうとしていたギエルの首を叩き落とした。


首は宙を飛び、頭を失った巨体は地響きをたてて地面に横たわる。


突然の来訪者に他の三体が戸惑いを見せた直後、シオの後に続いて現れたユウが手近にいた一体を斬り伏せた。


残りは二体。対岸から遅れて渡ってきた一体と下流の方からやってきた一体。


シオはすぐに下流の方にいるギエルを追撃。迫って来るシオにギエルは応戦。シオは敵の爪での攻撃を跳躍することでかわし、着地際にギエルの頭に刀を突き立てることで相手を絶命させた。


このあっさりとした攻防が最後のギエルの危機意識を駆り立てたのか、シオが刀を抜き振り返ると同時に対岸の森の奥へと一目散に逃げていってしまった。



シオは溜め息を一つ。


手の刀をひとふりして着いた血を振り落とし腰の鞘におさめた。



「大丈夫だった?」



ルテティアの側まで行き、ポカンとしている彼女に話しかける。



「………シ、シオ君?」



急に現れて自分の危機を救ってくれたシオの存在が信じられないのかルテティアは確認するように問いかけた。



「うん?」

「ふぇ………………」


堰を切ったようにだんだんと瞳から涙をこぼし始めるルテティア。


なに?とで言いたげな表情のいつも通りのシオに今さっきまでの危機がさった事をようやく実感して安堵を覚えたのだろう。彼女はシオに抱きつきその場で泣き出してしまった。


シオは一瞬驚いた顔をしたが、何も言わずただルテティアの頭をポンポンと叩く。



しばらく泣き続けようやく落ち着いたルテティアは今の自分の状況に驚き、「あ、あ、ご、ごめんね」と礼を言い慌てて距離をとった。


そこに見計らったように声が割って入る。



「…………もう、よろしいですか?」



ユウだ。


表情はいつも通りなのだがその声の雰囲気には何か尋常でない気配が込められていた。


ユウは怯えだしたシオをチラリと見てからルテティアに目を向けた。



「すみませんでした、ルテティア・アイスヒルさん。

どうやら予定外の事が起きてしまったみたいで…………。

本来ならあなた達には一匹のギエルとだけ追いかけっこをしてもらうはずだったんですが、こ

ちらの手違いで怖い思いをさせてしまいましたね」



神妙に謝罪するユウにルテティアは慌てた。



「い、いえ、そんなことは………。

私は大丈夫でしたし……。それに、私も覚悟が足りなかったと思いますから。

だ、だから、そんなに気になさらないでください」



ユウはその言葉を聞き「ありがとうございます」と頭を下げた。



「とりあえず私達は逃がしてしまったギエルを追わなくてはならないですから。

その間、アイスヒルさんはここで待っていていただけますか?

護衛は置いていきますので………」

「会長」



そこでシオが急に声をかけた。その声には何故か幾らかの焦りが混じっている。



「どうやら探す必要もなく、向こうからやってきてくれたみたいです。

………多少のオマケがついてるみたいですけど」



ユウとルテティアがシオの言葉を聞き森の方へと振り返ると、そこにいたのは先程対岸にいたギエルと目算で二十以上はいるのではないかと思われる黒装束の集団だった。



(ああ………………)


やっぱりか、とシオは内心嘆息する。

もしかしたらと思っていたがハズれではなかったらしい。


黒装束の集団の中から一人が進み出る。そして、恭しく片膝をつき頭を垂らした。それに続くように後ろに控えていた者達も片膝をつく。



「突然の無礼をお許し下さい。

しかし、これは我々にとって故あってのこと。

どうかそのお命を頂戴したい」



自分の予感が当たっていたことにシオは頭が痛くなるのを感じながらもあまりに勝手な物言いに溜め息をつく。


つまり、彼らは自分の命を狙いにきた刺客ということだろう。



「いきなり襲って来ない所を見ると魔族の方ですよね?

ハァ……………、誰の差し金ですか?」

「……………」




黒装束は沈黙を保ちシオを見つめる。


主に害が及ぶようなことは話せないということだろう。



(まぁ、人間みたく見境なく襲ってこないだけマシか…………)



これから殺そうとする相手にまで礼を尽くそうとしている彼らは雇われの身などではなくおそらくどこかの正規部隊だろう、とシオは推測する。


シオの経験では暗殺ギルドの者や人間ならばわざわざ姿を見せることなどない。

それが普通と言えばそうなのだが、シオの場合は魔族の暗殺者が相手だと少々事情が変わる。

それだけ彼の母が彼らに対して影響力があったという証だろう。

まぁ、そのおかげでシオは命を狙われているのだが…………。

シオは男の沈黙にフムと頷く。



「………まあ、いいです。

…………細かい事は聞きませんから一つだけ答えてください。

何故僕じゃなくルテティアを狙ったんです?」

「…………我らを率いる者の案です。

アナタにはそのぐらいの策を持ってかからないと勝ち目はない、と」



その言葉を聞きシオはもう一度盛大な溜め息を吐いた。


それが合図にでもなったかのように辺りに尋常ではない空気がのしかかる。


シオの周囲にいる者たちは怖気を覚えるほどの威圧感に包まれた。


シオは普段の彼からは想像も出来ないほど冷たい顔で目の前の者達を睨む。



「答えになっていない。

僕の友達を襲って何をしようとしたのか、と聞いているんだ。

お前は何と命令された、言え」

「…………………その者を人質として使いアナタを打ち取れ、と」



口調が変わったシオの絶対的な威圧感に耐えきれず黒装束の男は口を割る。きっとあの覆面の下は冷や汗でびしょびしょになっていることだろう。


返答を聞き彼はフンと鼻を鳴らす。理には叶っているが襲われる方としてはたまったものではない。


シオはルテティアの方へと向き直り申し訳なさそうに謝った。



「ごめんね。巻き込んじゃったみたいだ」

「…………え?」



事情を飲み込めずルテティアは戸惑いを見せる。


シオは困ったように笑った。


仕方がない事だ。突然こんな状況になれば誰だって困惑するに違いない。


こんな事に慣れている自分の方がおかしいのだろう。


せめて危害が加わらないようにと迦那多を抜き放ち自分の足元に突き刺す。これで刀を機転にルテティアやユウのいる場所まで円形に魔力を走らせれば結界ができる。


シオは右手を刀の上に掲げ魔力を込めようと力をこめようとする。


その時



「待ってください」



とルテティアの側に控えていたユウが異論を唱え、結界としてまだ成り立っていない境界を越えて歩いてくる。


シオは驚いたようにこちらに向かってくるユウを見た。


事情を知っているユウがこの状況で会長としてすべき事は分かりきっていると思っていたのだ。



「私もお手伝いします」

「……………会長はもしもの時の為にルテティアを守ってあげて下さい」

「それなら大丈夫。

ロマリナがいますから」



ユウはそう言って振り返る。


彼女の目線の先。ルテティアの側にはいつの間に現れたのかロマリナがいつもの無表情で立っていた。


目を見開くシオにユウは「さっき呼んでおいたんです」と悪戯っぽく笑みを漏らした。


あの状況で自分にも気づかせず、いつそんな事をしたのか。と幾分自嘲気味にシオは笑う。


だが、有り難いことも確かだった。


刀を使えない今の状況はかなり不利だ。


しかし、結界の構成をあまり得意としないシオは自らの愛刀を機転としなければ望んだ強度のモノを張る事ができない。


加えてユウの実力は本物。先程のギエルとの戦闘でシオは背中を預ける事ができる程度の力があることを感じていた。


かざした手に魔力を込めてロマリナとルテティアの周囲を魔力の壁で包み込む。



「事が終わるまでなら保つはずです」



かざした手を下ろし、困ったようにユウを見ながらシオは言う。



「正直助力は有り難いですよ?

でも、多分あいつ等は相当のてだれです。

こうして僕の無駄話が終わるのを待っているのも何だかんだで余裕があるからでしょう。

それでも考えは変わりませんか?」

「愚問ですよ?」



ユウは笑みを崩さず平然と答える。


シオは本日三回目となる盛大な溜め息を漏らした。


引く気はないとその強い眼差しが語りかけてくるのが分かったからだ。


ユウにだけ聞こえる程度の声で「自分の身を第一に考えて下さい」と呟き、黒装束の方へと向き直る。




「あえて聞く。

引く気はあるか?」

「我らにとって命令は絶対ですので………」




つまり断じて否ということだ。


黒装束達は頭を上げて立ち上がり各々短剣を取り出した。



「裏切り者は一族朗等処罰されねばなりません」

「聞き飽きたよ。

僕を殺しにくるヤツは皆同じ事を言って死ぬことになる。


僕は普通に生活出来ればそれでいいんだけどな………」

「シオ・レイヴィス・アシュヴィン様、

アナタにそれが望めるとでも?」

「…………………………」

「レイヴィスの名を冠し、黒の血族であるだけだったならばそれも可能だったでしょう。むしろ、誰もが羨む生活を送れたはずだ。

だが、アナタには汚らわしい人間の血が流れている………。

危険なのですアナタは……………」



レイヴィスと黒の血という単語に結界の中にいるルテティアの驚きの気配が伝わってくる。


とうとう秘密が露見してしまったことにシオは忌々しげに舌打ちした。



「勝手な物言いだな」

「だが、それだけの力をアナタ達はお持ちでしょう?」

「……………………」

「シオ様にはお気の毒とは思います。

ですが、白の血まで継いでいるアナタやアリステル様はもはや我らの敵にまわるかもしれない不安要素でしかない……………。

国のためにも脅威は排除しなければなりません…………」



そこで、黒装束の男は一回言葉を切る。


そして、高々とシオが狙われる理由を言い放った。






「例え貴方が我らを導いて下さったクルシェナ・レイヴィス様の……………魔王陛下のご子息であったとしても………………」


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