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第十三話 直立

ルテティア・アイスヒルは引っ込み思案である。

それは彼女自身も認めていることだし、彼女の親友であり幼なじみでもあるロゼッタ・アルマテアも認めるところだ。

加えて彼女は極度の男性恐怖症。触れるどころか話す事もイヤだという有り様で、彼女の父であるアイスヒル伯爵ですらこのままでは嫁の貰い手がなくなってしまうのではといつも心配していた。

そんな彼女がシオ・ラークにお礼を言いたいといった時、ロゼッタは熱でもあるのではないかと本気で心配した。具体的にはルテティアのセリフを聞いた後、十分ほど硬直。我にかえった後ルテティアを女子寮まで無理やり抱えて帰り問答無用でベットに縛り付けた。そして、夕食の時間まで見張り、それでも意見を変えなかった事でやっと一時の気の迷いでも、熱ゆえの妄言でも何でもなく本気で言っているのだと信じたのだった。そして、勘のいいロゼッタは何故ルテティアがそんな事を言い出したのかを大体察していた。………というか、顔を真っ赤にして「絶対お礼は言うからね」と言われれば誰でも気付く。

勿論ロゼッタは否もなくこの健気な幼なじみに協力する事を決めた。例え相手が一年の女生徒の間で注目の的になっている噂のハーフで、今日大事な親友をつまらない諍いに巻き込み、転ばせ、楽しい昼休みを台無しにした張本人だとしても、だ。

それが今まで散々迷惑をかけて、それでも自分の傍にいてくれた大事な親友へのせめてもの恩返しになるだろうと思った。

「ウルァッ!!」

「ふっ!!」

ロゼッタの渾身の突きをシオは右の腕を盾に軌道をそらし受け流す。そして、体を沈めそのままロゼッタの懐に入り込んだ。足を弾きながら当て身をくらわせロゼッタを地面に転ばせる。すぐさま、ロゼッタは立ち上がろうと顔を上げたが、目の前にはシオの拳が突きつけられていた。

「…………………」

「…………………」

暫し睨み合う二人。

そして、先に動いたのはロゼッタの方だった。

「くっそ……、参ったよ」

悔しげな表情をしながら両手を上げて降参の意を示す。

シオは突きつけていた拳を苦笑しながら収めた。

「しょ、勝負アリ」

審判役をやっているルテティアが声を上げる。

その声を合図にするように、その闘いを自分達の実習そっちのけで周りで見ていた生徒達から歓声が広がった。

今日は学院に入学して初めての実技の授業が行われている。

生徒達はどんな授業を受けることになるのだろうと不安半分、期待半分、といった面持ちで実技館に集まっていた。

まず、生徒達は担当の指導教官の指示に従い三人一組のチームに分かれた。一人は審判役として、残りの二人は模擬戦形式の訓練を行うためだ。

内渉魔法は完全に使いこなせれば少しのタイムラグなく瞬時に魔力を練り、体に張り巡らすことが出来るが、まだ入学したばかりの一年だと貴族でも二秒以上かかる者も珍しくない。これは、戦場では命取りだ。それに魔力の練り具合によって肉体強化の度合いも変わってくる。

この実習は、そのレベルを図る為に実技の最初の授業で毎年新入生が行う恒例行事だった。

シオもルテティアとロゼッタの二人とチームを組みローテーションで交代しながら言われた通りの訓練を行っていた。

最初はルテティアとシオ、次はロゼッタとルテティア、その次はシオとロゼッタ、という順番で続けて実習をして、その後、シオとの闘いで負けたロゼッタが悔しがりもう一度やろうと言ってやったのが先程の闘いだ。

「それじゃあ先生に結果を報告してくるよ」

「う、うん、わかった。

先生なら多分第二訓練場の方に行ってると思うよ」

シオは学生会ということで第一訓練場での実習を許可されていたが、今第二訓練場は平民出の者や内渉魔法が余り自信のない者達への魔力の練り方などの基礎的な部分の指導の為に用いられている。

連続の模擬戦に疲れ果てて座り込んでいるロゼッタを尻目にシオはルテティアに「わかった。探してくるよ」と言い残し第一訓練場の扉を目指して歩き出した。

「ロゼッタ大丈夫?」

ルテティアはシオが出ていくのを見届けてから、汗だくでへたり込んでいるロゼッタに体を拭く為の布を差し出す。

「あー、ありがとうティア」

ロゼッタは礼をいいながらそれを受け取る。そして、ふぅ、と気持ちよさげな声を上げて顔の汗を拭き取った。

「でも、やっぱ強かったなあアイツ。

普段はそんな風に見えないけど、流石、学生会にスカウトされるだけの事はあるって感じでさ」

「うん、全然かなわなかったね……」

アハハ、と困ったようにルテティアは笑う。実際大きな隙を作った時以外はシオが攻めて来る事は殆どなく手加減されているのが何となく伝わっていた。ロゼッタもそれは分かっているだろう。

「何言ってんのさ。

それでもティアはあたしなんかより全然いい線いってただろ。アイツも驚いた顔してたじゃないか」

「そう、かな?」

初戦が終わった後シオがしきりに誉めてくれたことを思い出しルテティアは照れくさそうに頬を掻く。

「そうだよ。

あー、これでもうちょっと押しが強ければなぁ…。

あたしが男だったら絶対ティアの事を放っておかないのに……」

大袈裟にため息をつくロゼッタ。

「な、何の話をしてるのよぅ」

急な話題の転換にルテティアは親友が何を言いたいのか察して照れ半分、焦り半分といった感じで顔を赤らめる。

「んー、別にぃ…。

ただ相手は競争率が高いんだから早めにアピールしないと他の奴に持ってかれちゃうぞって言いたいだけ…」

ロゼッタはしらじらしく目を逸らす。

「そんな事言ったって……」

落ち込んだ風のルテティアにロゼッタはハァとため息をつく。

「いいかティア。

こういう事は何だかんだで早い者勝ちなんだよ。

んで、あたしが思うに今アイツの一番近くにいる女子って言ったらあたし達だ。

このチャンスを生かさなくてどうすんだよ?」

だろ?とロゼッタは同意を求めるようにルテティアを見る。

「う、うん」

ルテティアは戸惑いながらも可愛らしくこくりと頷いた。

「だから、ちょっとしたチャンスでも逃しちゃダメだ。

さっきだってあたしを気遣うよりアイツについて行くべきだったんだ」

「で、でも……」

「でもじゃない。

そりゃ心配してくれんのは嬉しいけどね。

あたしはこれからもティアに関わって生きていくのは分かってんだからさ。

ちょっとかまって貰えないからってスネやしないよ。でも、アイツは別だ。ずっと一緒にいるわけじゃない。

だから、ティアも後悔しないように頑張んなきゃダメなんだよ」

ロゼッタは真剣な表情でルテティアを見つめる。

此処まで真剣な目をしたロゼッタを今まで余り見たことのなかったルテティアはその熱意におされるようにうんと、力強く頷いた。

「……わかった。私、頑張ってみる」

「おう、応援してる。

先当たってアイツを迎えに行ってこいよ。ちょっと遅い気もするしな…。

教官の奴がなかなか見つからないんじゃないか?」

「え、そうなのかな?

…うん、私ちょっと行ってくるね」

ルテティアはよし、と勢いづき第二訓練場に向かって歩き出す。

「まったく…、世話がやけるんだから」

そんな親友の姿をロゼッタはシオの前では見せたことのない優しげな表情で見送った。

「……はい、僕が二勝、ルテティアが一勝です」

シオはやっと探し当てた教官に自分達のグループの実習の結果を告げる。

シオが来た時、教官は少し前に第二訓練場で貴族出の生徒が起こした乱闘騒ぎで負傷した者を施療室に連れて行っていて、この場にはいなかった。

シオは仕方なく教官が帰ってくるのを待ち。今さっきやっと目的を果たす事が出来たのだ。

待っている間に耳にした話では乱闘騒ぎを起こした張本人はヒプスと言う名前の小太りの貴族らしく、現在は教官室に連行されてしまいここには既にいないのだそうだ。シオは最近その名前をどこかで聞いたような錯覚を覚えたが、丁度教官が帰ってきたので頭の中からは直ぐに消えてしまった。

報告を終え、もう授業もないので帰ってもいいと許可をもらったシオはそれじゃあルテティア達に教えてあげなきゃときびすを返す。

そして、第一訓練場に続く長廊下に出てしばらく歩いた所、後一角曲がり少し歩けば第一訓練場に着く所で

「こんにちはシオ君」

と、後ろから声をかけられた。

その聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、案の定そこには見つからないようにこっそりと隠れていると言っていたユウの姿があった。

シオは溜め息をついて今自分が来た道を少し戻りユウに近付く。

「会長………、見つからないように隠れているんじゃなかったんですか?」

「フフ、大丈夫ですよ。もう実技の授業は終わりなんですし……。

それに仕事はちゃんとしましたから」

宥めるように語りかけるユウにシオは嘆息。でも、ユウの言うことも本当で、シオ自身ルテティア達に教官に報告したことを伝えたら帰ろうと思っていたし、周りにも報告を終え帰路につこうとする者が目に入る。

「それでめぼしい人は見つかったんですか?」

シオは邪魔にならないように道の端によけながらユウの今日の目的の成果を聞く。

「はい、何人か良さげな人達はいましたね」

「じゃあ、その人達を学生会に?」

「いえ、それはまだです。

でもその中から決めることにはなるでしょうから、あまり他言はしないようにしてくださいね?」

内緒ですよ?と口に指をあてるユウ。

シオはその普段と違う可愛らしい仕草に少し顔を赤らめ、はいと頷いた。

そしてそれを誤魔化すように言葉を紡ぐ。

「じゃあとりあえずはこれで終わりなんですね?

今日は学生会の活動は休みと聞いてますし、良かったら途中まで一緒に帰りませんか?」

照れを誤魔化すためにシオの口から出た言葉だが、それは別段珍しい事ではなかった。学生会の仕事でユウを手伝うようになってからは作業の終わる時間もだいたい同じになりシオは男子寮と女子寮の別れ道までよく彼女と帰り道を同じにしていたのだ。だが、シオから誘ったのはこれが初めて。ユウはとても嬉しそうにっこりと微笑んだ。

「有難うございます。

でも、まだ他にやらなければいけない事があるんでもう少しだけ待って頂けますか?」

「他、ですか?」

何をするのか思いつかないシオは、何だろうと首を傾げる。

「はい。

シオ君、元々学生会のメンバーを集めるという事になったのは何故だか覚えてます?」

「え?それは……」

シオの身の回りの事で会長に相談を持ちかけたから、だろうか?

「はい、その通りです。

では、何故私はメンバーの目星をつけてからすぐに立ち去らなかったかわかりますか?」

シオはうーん、と考えこむ。確かにユウが授業の終わりまでここにいる必要はないのだ。

なかなか答えが浮かんでこないシオを見てユウは笑顔を浮かべる。

「あのですね。なるべく人が多い所の方が効果があると思ったんです」

「効果?」

……………何の?

「つまり………」

ユウの顔が悪戯っぽくニコッと笑う。

「……こういう事です」

そう告げるなりユウはガバッとシオに抱きついてきた。

「え゛っ!!」

驚いたのはシオだ。

全く予想だにしていなかった行動をとられ、体が石のように直立不動で立ち竦む。しかも、ここはまだ生徒が行き交っている実技館の廊下だ。

当然シオとユウを遠巻きに見ていた周りの生徒は何事かとざわめき出す。

さらに事態は最悪な物へと近づいていく。

「シ、シオ君?」

「……え?」

その人混みの中にルテティアの姿があったのだ。

彼女は驚きに目を見開いて、シオとシオに抱きついているユウをいったりきたりしながら見比べていた。

シオは知り合いに見られた事で顔をさらに真っ青にしながらも、そのショックで恐慌状態を脱する。

体が自由になったことでシオは即座に自分の体に巻き付いているユウの手を引き剥がした。

「ちょっ、会長とりあえずこっちきてください」

シオはそのままユウの手を掴み人目から逃れるため、兎に角人気のない所を目指して走り出した。


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