第十一話 友達
試験の次の日、シオはいつものように人の少ない普通より少し早い時間帯を狙って登校。学院の学舎につき、自分の教室の後ろにあるドアの前に立ち、開けようと手をかけたところで声をかけられた。
「おーす」
「お、おはようシオ君」
性格をそのまま表したような挨拶にシオが振り向くと、そこには指定の制服を軽く着崩した、長身でショートヘアの女生徒と肩の所で切りそろえた髪がその大人しい性格を更に際立てている小柄な女の子の魔族の二人がたっていた。
「おはよう二人とも」
シオはこの三日間で数ヶ月前までは自分の村では普通に行っていた朝の挨拶というものにようやく慣れてきたことに嬉しさを感じ、自然と微笑む。
友達どおしで挨拶をする。
まさに、シオが望んだ学校の生活というものの第一歩。
昨日まで地味に苦労したものだから感動もいち押しだ。
「なんだ、やけに機嫌がいいじゃないか」
嬉しさが顔にまで出ていたので長身の女生徒の方が不思議そうにシオを見る。
「ん、まあね。何かこういうのっていいなって思っただけ」
「何だそれ」
「うん、ホント何だそれって物なんだけどね」
「?」
「?」
シオがいっそう嬉しげに語るのに二人は訝しげに首を傾げる。
でも、こればっかりは体験してみなければわからないことだろう。シオだって当事者でなければ、きっと彼女達のように首を傾げる方にまわっているはずだ。
まあ、会って唐突にこんな事を言われたら誰だって困ってしまうのは当たり前なのだが……。
「まあ、お前の不思議感覚はどうでもいいや。
そんなことより、昨日の試験はどうだったんだよ?
昨日からティアが『シオ君大丈夫かな』とか『ケガとかしてないよね』とかずっと言ってて、五月蝿くてしょうがなかったんだぞ」
「〜〜〜〜っ!!
ちょ、ちょっとロゼッタっ!!」
ティアと呼ばれた女の子、ルテティアは長身の女生徒、ロゼッタの服の袖を顔を真っ赤にして引っ張った。
「わかった、わかった。あたしが悪かったよ。イタッ!!
ちょっ、ごめんってホント。謝るからさ。ね?」
服の上から肉ごと摘まれたらしく早くもロゼッタは悲鳴をあげる。そんなロゼッタにルテティアは「もう、調子だけはいいんだから…」と、文句を漏らしながらも手を離した。
「いったぁ、何もそんなに強くやらなくてもいいのに……。
あ、ごめん、ウソッ、あたしが悪いんだから、これ位当然だよな」
ボソッと呟かれた不満を聞きギロリと睨むルテティアにロゼッタは速攻で白旗を上げる。
シオはそんな二人を見てクスクスと笑った。
まるで悪戯好きな妹を真面目な姉がたしなめているように見えたからだ。
村にいた時の自分も良くこんな感じで怒られてたっけ、と自分に重なるところもあり、その光景を微笑ましく思えた。
「あ、テメッ、何、人事みたいに笑ってんだよ。こっちはお前のせいで責められてるってのに……。
あぁーー、まぁ、いいや。
んで、不思議感覚、お前昨日の試験は結局どうだったんだよ?」
「不思議感覚って………。
とりあえず中に入ってから話そう」
何時までも入り口で話しているワケにはいかないので、シオは呼びかけられて手をかけたままだったドアを開け、今自分につけられた奇妙な呼び名に苦笑しながらも答える。
ドアを開けた教室の中を見回すとまだ朝早いせいかまだ二、三人の姿しかない。いつもと同じみの光景だ。
シオは学院に通う時にハーフだという事で遠巻きにでも注目されることが嫌なため早めに出るのだが、彼らは勉強をするために早く来ているらしく。シオが教室につくと大体同じ顔が目に入る。
シオは気にせずいつものように窓際の一番前にある自分の席を目指した。
数日前ならシオも暇を持て余してぼーっと窓の外を眺めて時間を潰すだけだったが、ここ三日間はシオが教室に着いてしばらくするとルテティアとロゼッタがやって来て話しかけてくれるので、わざわざそんなことをする必要もなくなっていた。
特に今日は彼女達が来るのが早い。
どうやら自分を心配していつもより更に早く来てくれたらしい。二人の気遣いにシオはほんのりと感動した。
席につくとすぐに荷物を置いた二人がシオの所にやってきた。
「んで、結果は?」
先ほどから何回も同じ質問をしているロゼッタはいささかぞんざいな聞き方をする。
「うん、何とか無事合格したよ」
「ホ、ホントに?
ホントに昨日の試験、合格することができたの?」
ルテティアは信じられない、というように感嘆の声を上げる。
「うん、今日は授業終わった後に学生会室に来るようにも言われてる」
「流石っ、ヒプスの野郎を数秒で施術室送りにしただけはあるじゃん」
「ヒプス?」
ロゼッタの発した聞き覚えのない名前にシオは首を傾げる。
「この間お前につっかかってきたヤツらがいただろ?
その中の一番えらそうにしてたデブだよ」
「ああ………」
そういう名前だったんだ…。その後の方に濃すぎる出来事がありすぎたので、シオは彼の事をすっかり忘れていたのだ。ここの所、教室でも姿を見かけないので余計に記憶から薄れていた。
「でも、対戦相手には副会長とかもいたんだろ?
良く合格できたよな」
「……ケガとかは…大丈夫なの?」
ロゼッタの言葉を受けてルテティアが心配そうにシオを見る。
「平気だよ。治癒魔法ですぐ治るくらいのケガだけだったから。
それに受かったのだって、たまたま運が良かっただけ。そんなすごい事じゃないよ」
「運が良いだけで学生会に入れるかっての…………。
ま、あたしなら頼まれてもそんな面倒そうな事は絶対しないけどな」
「そういうのロゼッタはあまり好きじゃないもんね……」
「そうなの?」
シオは問い掛けの視線をロゼッタに向ける。
ロゼッタは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「どっちかっていうとあたしは取り締まられる方だからな。
そういうのは向いてないんだよ」
「あぁ、なるほど…」
確かに、そっちの方がロゼッタのイメージに合ってるなとシオは思った。大人しい貴族のお嬢様といった感じのルテティアとは違い、ロゼッタはどこか姉御っぽいというか、さっぱりとしてるが悪戯好きといった性格だから、何かに縛られるということが嫌いなのだろう。悪さをして先生に叱られるロゼッタ、という図は見事なくらいシオの頭の中でしっくりくるのであった。
「何かそう簡単に納得されるとこっちが納得できねえモンがあるな………」
ロゼッタは複雑そうに唇を尖らせる。
シオは誤魔化すように苦笑した。
「でも、本当に良かったね。シオ君、合格おめでとう」
「ありがとう、ルテティア」
ルテティアは心からの物であろう賛辞をシオに送る。シオは少しむずかゆいような照れを感じながらもその賛辞をとても嬉しく思った。
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三日前。シオがヒプスに絡まれて反撃し、ユウに力尽くで止められた次の日。
シオはいつも通り他の生徒より早く教室に入り、自分の席で窓の外をぼーっと見ながら前日に決まった学生会の入会試験の事を考えていた。
ここの所予想以上のことがありすぎて、自分の意志とは関係なしにどんどん深みにはまっていっているような気がする。
こんな事でこの先自分はホントに大丈夫なんだろうか。
そんな不安を抱えてシオは一人、葛藤していたのだった。
「あ、あの…………」
声をかけられたのはそんな時だ。
「?」
顔を向けると、そこには二人組の魔族の女生徒が立っていた。名前までは覚えていないが確か同じクラスの生徒だ。
何だろう、また絡まれるのだろうか。
昨日のこともありシオは少し警戒しながら彼女達を見る。
「………………」
「あの………、その………」
どうも様子がおかしい。喧嘩をふっかけに来たというよりは何かに緊張しているといったふうなのだ。もう一人の背の高い方は、何もせず、おたおたとしている子の方を呆れたように見ていた。
「…………何か、用?」
拉致が空かないと思ったシオは思い切って目前でテンパっている女の子に問いかける。
女の子はビクッと震え、まじまじとシオを見つめた後、小さな声で「はい……」と答えた。
「……………昨日の、お礼を言いたかったんです」
「お礼?」
そんな事をわざわざされる覚えのないシオは何のことだろうと首を傾げる。
「えと………、昨日、私が転んじゃった所を助け起こしてくれたから…………」
「…………?」
昨日……………?
「………………あっ」
…………確かに。頭に血が上っていたので目の前の女の子だったかははっきりしないが、そのようなことをしたかもしれない。
でもそれは、シオが殴り飛ばされた時に巻き込んでしまったためで、非があるのは自分の方だ。助け起こしたのは関係がないのに被害を与えてしまった罪悪感からの行動。わざわざ礼を言われるようなことじゃない。
シオは申し訳なさそうに顔を歪めた。
「そうか……。ごめんね、昨日は巻き込んじゃったみたいで…」
シオが急に謝ったことに女の子は驚く。
「あ、いえ、大丈夫です。それに昨日のは私がのろのろしてにげおくれちゃったからで……、あなたのせいじゃないです」
「わざわざありがとう…。だけど、お礼はいいよ。元々の原因は僕にあるんだし……」
「で、でも………」
そこに、ガラッという音とともに、教室の前の方にあるドアが開いて、シオ達のクラスを担当している教師が入ってきた。
シオの席は一番前にあるので、ドアを開けると自然とシオ達のことも目に入る。
教師は少し驚いたような表情をした。
シオが誰かと話しているということはここ1ヶ月全くといっていいほどなかったからだ。だが、それも一瞬。すぐにシオの近くにいる女子達を注意する。
「ほら、授業を始めるぞ。早く席に戻れ」
「あ、はい。すみません」
小柄な女の子は教師に頭を下げながらもシオをチラッと見る。
シオはそんな彼女に手で、早く席に戻った方がいいよ、と合図を送った。
女の子は何か言いたそうにしながらもしぶしぶ自分の席に向かう。だが、もう一人の大柄な子の方はジッとシオを見たままだった。というより、睨んでいるといった方が正しいかもしれない。
そして、一度も開かなかった口をおもむろに開いた。
「おい、あんた、もうちょっと愛想良くできねえのか?
せっかくティアが勇気出して、お礼しに来てんだ。素直に感謝しときゃいいんだよ」
シオはそんな男勝りなセリフを急にかけられていくらか驚いたような顔をして彼女を見た。そしてシオが何か言う前に彼女はフンッと鼻をならし、自分の席に戻るため、おもむろにきびすを返したのだった。
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「あの時はホント、驚いたよ。男を女と間違えてたのかなって本気で心配した…」
シオは三日前のロゼッタの印象を苦笑しながらも告げる。
そんなシオの第一印象にルテティアは口を抑えて必死で笑いをこらえている。
ロゼッタはそれを傍目に見ながら
「何だよ。お前あん時、間抜けヅラでそんな事考えてたのか?」
と、不満そうに鼻をならした。
「だって、すごい漢らしかったから…」
シオは話しながら食後のお茶を口に含む。
ここは学院の外にある広場近くの喫茶店だ。
シオが試験に受かったのでお祝いを兼ねて三人はここで昼食をとっていた。というより、ここのところ毎日昼はこの喫茶店でとっている。人が少ない穴場なのでシオは良く昼食をここで食べていたのだが、彼女達と友達になってからは三人で良く利用するようになっている。
「んだよ、失礼なヤツだな。あたしは歴とした女だぞ」
「しょ、しょうがないよ。……ぷっ、ロゼの口調が紛らわしいのがいけないんだもん」
ルテティアは笑いを漏らしながらシオを何とかフォローしようとしてる。
「でもさぁ………」
ロゼッタはなおもグチグチと不満を述べる。ルテティアはそれに顔を緩ませながら律儀に答えた。
そして、シオは自分が原因で始まった二人の言い合いを傍目に、彼女達と友達になれて良かったとふと、思うのだった。