第十話 ココロオドル
一言で表現するならば、圧倒的、だろうか…。
魔力を刀に込め、放たれた一振りの剣撃。
それだけでフェルシスは第六訓練場の壁まで吹き飛ばされた。
シオのセリフを聞き、次にフェルシスが見たのはシオが自分のすぐ隣に現れ刀を抜きかけているという姿だった。当然防御する暇もない。
壁に突き当たり、初めて自分が攻撃を受けたことを自覚する。そして壁を背にそのままずり落ちた。
ガハッと口から赤い液体が膝の上に吐き出される。血だ…。
どうやら内臓にまで衝撃がいってしまったらしい。
ヘタな打撃攻撃なら完全に受け流してしまうはずの風の鎧を力だけで何もなかったかのようにあっさりと破ってしまう。その事実にフェルシスは軽い恐怖を覚えた。だが……。
「まだ、だ……」
握り締めたままの剣を杖代わりに立ち上がる。油断したら一瞬で意識が途切れせうな中体の内部に意識をやり自分がどの様な状況か確認。内臓の一部と攻撃をうけた骨が何本か折れているが傷の回復に少し魔力を割けばまだ何とか動けないこともない。
「まだやる気ですか?」
フェルシスが苦しげに声がする方に顔を上げるとすぐそこにシオが立っていた。
「副会長では僕には勝てません。今のでわかったでしょう。これ以上やるというのなら本当に死んでしま…」
「だから、何だ…?」
真剣にフェルシスを説得しようとするシオを彼は一言で切り捨てる。
「平民の貴様には、わからない、だろう。貴族の、家の重さが…、学院の代表として、学生会の一員になるという重さが…、貴様が学生会に、入ることで、ユ………会長にどれほどの負担がかかるかが…」
フェルシスは満身創痍の体の中で唯一試合前と変わらない眼光をシオに向け、傷の痛みを堪えながら途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
「それに、俺はパドロ家の次期当主だ。家の誇りにかけて、混ざり者の平民に遅れを取るわけには、いかない」
「そんなことの為に…」
命を危険に晒すのか。と、思わずにはいられない。シオにとってその感覚は到底理解できることではなかった。
それに、シオは学生会に入る事にそれ程強い執着を持っていない。当たり前だが人を死なせる危険を払ってまで入ろうとは思わない。ある程度自分にとって都合のいい条件が整っているから誘いに乗っただけなのだ。だからこそ、その程度の感慨しかわかない自分が退くべきなのか。シオはその事を真剣に思案した。
だが、シオはその考えをすぐにダメだしすることになる。シオが自分勝手にこの試合を降りることはフェルシスに対してとても失礼な事だと思ったからだ。
だから、自分に出来ることはこの試合を少しでも早く終わらせること。
「わかりました。では、次で終わらせます」
紫紺の瞳が鋭く研ぎ澄まされる。
シオは刀を鞘におさめ居合いの型をとった。
「……」
フェルシスも最後の力を振り絞り魔力を込める。そして意識が朦朧とするなか気力を少しでも長く保つためカウンターにのみ狙いを定めた。
しばしの沈黙。
シオが一歩を踏み出す。
それに合わせるようにフェルシスの体が揺らぐ。
そして数秒後、学院創設以来初めてのハーフの学生会会員が誕生した。
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フェルシスが目を覚ましたのは試合が終了して数時間が経った頃。
目を開けたフェルシスがまず見たものは心配そうな顔で自分を覗き込むエリスの姿だった。
「フェル?」
「…エ、リス?」
ぼやけた意識がはっきりするまで少しの時間を要する。
「ここは…」
「施術科の病室だよ。あなたは試合中に倒れたの。覚えてない?」
「試合……、………………っ!!」
一瞬で覚醒し、ガバッと起き上がる。
フェルシスは目の前のエリスの肩をガクガクと揺らした。
「試合、試合はどうなった!?」
「ちょっ、痛い。痛いってばフェルシス」
興奮状態のフェルシスに顔を赤らめながら抗議の声を上げるエリス。
それにハッと我に帰り「あぁ、すまない」と、フェルシスは反省の色を見せた。
「それで試合はどうなったんだ?途中から意識がハッキリとしないんだが……」
「……うん。まぁ、結果的に言うとね。フェルは負けちゃった。フェルが最後の方であのハーフの一年……えっとシオ・ラーク君だっけ?……そのシオ君の一撃を受けた後、何とか一回立ち上がったんだけどすぐに気絶しちゃって……。それでそれを見たウィスト先輩がすぐに止めに入ったの」
それで試合終了。と少し言いずらそうにしながらも試合内容を詳細に語るエリス。フェルシスはそれに「そうか」と、一言だけポツリと漏らした。
「でも、フェルシスが元気そうで良かった。刀が耐えられなかったくらいの魔力が込められた攻撃を二回も受けそうになるんだもん。ウィスト先輩が止めにはいってくれなきゃ本当に危なかったんだよ?」
「刀が耐えられなかった?
どういうことだ?」
「あぁ、そっか。フェルはその場面を見る寸前に気絶しちゃったもんね」
あのね、と前置いてエリスは話し始める。
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エリスが見たのはシオの一撃をくらったフェルシスが何とか立ち上がり、一中必殺の意志を込めて互いの剣と刀が交差しようとした時、フェルシスの体がグラリと揺れたところだ。
そして、余りのダメージに前に倒れ込む彼を庇うためにウィストが自分の武器を持って割り込み、それを見たシオが刀をウィストのギリギリ手前のところで止めた。その時にシオの持っていた刀がパリンッという音を立てガラスのようにバラバラに砕けたのだ。
その様な光景を今まで見たことがなかったエリスはそれがとても不思議だった。だから、試合終了後にエリスはウィストと共に、倒れたフェルシスを運びながら彼にその事を聞いた。
何故当たってもいない武器が独りでに粉々になるのか、と。
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「ウィスト先輩も試合後にシオ君に聞いたらしいんだけどね。シオ君って生まれつきかなりの潜在魔力があるらしいの。それこそ魔力を込めた武器を片っ端から壊しちゃうくらいに、ね。」
「な…、では奴は魔力を込める度に武器を壊してしまうというのか?」
「うん。だから、今回の試合でも武器を使う気は全くなかったって言ってたらしいわ………」
武器を壊してしまう程の魔力。
それは一体どれほどの魔力が必要なのだろう。少なくともそれはフェルシスの想像の範囲外だということは確かだった。
「あいつは………シオ・ラークは試合前にそんな事を決められるほど余裕があったということか………」
「………どうだろうね。少なくとも私達に本気を出す気はなかったんじゃないかな」
「……………くそっ!!」
落ち込んだふうのフェルシスにかける言葉が見つからず、どうしようと悩むエリス。
気まずい空気が部屋に立ち込める。
すると、その空気を打ち払うためかのようにエリスの後方にあるドアがギィと開いた。
「あら、目を覚ましたんですね」
「あ、ホントだ」
「………………」
入ってきたのはユウとカリナ。それに続くようにロマリナも顔を見せた。
「会長……」
「ケガは大丈夫そうですねフェルシス。施術師の先生も3日ほどここに通って治療魔法を受ければ骨もくっつくと先程言っていましたよ」
良かったですね、と言ってユウはフェルシスのベットに近づく。
施術師とは主に回復魔法を得意とし、それを専門に扱う者達のことをいう。この学院にも常に数人の優秀な施術師が在住しておりケガの多い学院生のため力を尽くしており、また、講師として教鞭もとっていた。
ベットに近づいたユウは脇の椅子にすわるエリスに笑いかけた。
「シュテインスさんも今日はご苦労様でした」
「あ、いえ、とんでもないです」
急に現れたユウに驚きを隠せずエリスはしどろもどろに返事をする。
一方カリナはユウとは反対側のベットに回り意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「しかし、見事に負けたもんねフェル。あんだけ偉そうなこと言ってたのに…」
「………何ですか、わざわざ笑いに来たんですか?」
ぶっちょうずらで顔を背けるフェルシスをカリナはおかしそうに笑う。
「まあ、私は大体そんな感じ。ユウとロマリナはちゃんとしたお見舞いなんだから安心しなさい」
ね、とユウに笑いかけるカリナ。
エリスと話していたユウはそれに「先輩も心配してたじゃないですか」と、苦笑いを返す。カリナも「余計な事言わなくてもいいの」と、苦笑した。
「まあ、フェルのケガも長引くようなヤツじゃなかったし、飛びきり優秀なメンバーは増えるし良かったじゃない」
「ええ、そうですね」
「フェルもまさかここまできてシオが学生会に入るのは反対とか言わないわよね?」
未だぶっちょうずらのフェルシスは苦い顔をしながらも頷く。
「分かってますよ。
約束は守ります。俺もアイツを推薦しましょう」
「たくっ。あんたが始めから、うんと頷いてればそんなケガ負うことも無かったのに…」
「それは………」
フェルシスは少し顔を赤らめてチラッとユウを見る。
カリナはその行動を見て意味深な笑みを浮かべた。
「はは〜ん。ナルホドね。」
「な、違いますよ。変な誤解をしないでください」
「あら、誤解なの?」
「そうです。俺はただヤツの実力が学生会の者として相応しいか試すために……」
「で、逆にやられた、と」
「くっ……………」
カリナにおちょくられ、微妙に哀れさを漂わせ始めるフェルシスにユウは助け舟を出す。
「まあ、良いじゃないですか、カリナ先輩。結果的にはシオ君を迎えることができたんですし」
「ま、ユウがそういうなら私は別に良いんだけどね…」
カリナがあっさり引いたことにホッとするフェルシス。
カリナは真面目なフェルシスをいじるのが大好きなので、一度始まるとなかなか終わらないのだ。
ウィストが止めたワケでもないのにこうも簡単に引いたことにフェルシスは拍子抜けした。
しかし、それは…
「でもさ、今回はうまくいったから良かったけど、もしシオが負けたとしたらあんたどうしたの?」
ただ、標的を他に移しただけだった。
だが、ユウもさるもの、ただ長年カリナとつれだって来たわけではない。試合の時のような失態をみせるようなことはかった。
「あら、それは考えていませんでしたね。
シオ君が負けるとは微塵も思ってませんでしたから」
「へえ…………」
動揺もせず言ってのけるユウにカリナは感心するように口元をゆがめた。そして、ふとベットの上に目をやる。
「……………………」
そこには三日前と同じことを結果論込みで言われ、精神的にダメージを受けてがっくりとうなだれる可哀想な後輩の姿があるのだった。
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「何か入りずらい雰囲気になっちゃいましたね」
「なに、もう少しカリナ様達が落ち着いたら入ればいいさ」
試合の後片づけを終えフェルシスの様子を見に来たシオとウィストは入る機会を逃し、病室の少し開いたドアの前で立ち呆けていた。
「しかしこれでお前も俺達の仲間入りだな」
「そうですね。まだ何をすればいいかもわかりませんけど」
「一年の時は仕事を覚えることに集中すればいいさ。少し大変だがお前なら何とかこなせるだろ」
「わかりました」
「ま、これからもよろしくな」
ウィストが右手を差し出した。
「ええ、これからよろしくお願いしますウィスト先輩」
シオも右手を差し出し、ウィストの手を握り握手する。
シオはこれから始まる新たな学院生活に少し心が踊るのを感じた………。