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04月21日「魔王と愉しい一日」

20XX/04/21(火)

 戦慄の一日はこの一言から始まった。


「おはようございます、フミ君!」


 いつものそっけない挨拶と違い、葉花は満面の笑みで郁也を迎えた。

 それも席に座りながら言ったのではない。

 郁也が教室にやって来るのを見ると、立ち上がって彼の傍に立ち、言ったのだ。


「えっと、あの、笛月さん……?」

 言われた本人は頭の理解が追いつかず、少しの間呆然と立ち尽くしていた。

 その間も葉花はニコニコとこちらを見つめている。


「どうかしましたか?」


 どうかしてるのは君の方じゃないか、とは言えなかった。

 周りのクラスメイト達の視線が痛い。とにかく今は冷静になるのが重要だ。


「と、とりあえず座ろうか」


「そうですね」


 葉花はウキウキしながら自分の席へ向かった。

 困惑が続く郁也はカバンを置いて早々と学友の所へ逃げようとするが。


「あれ、フミ君。もう行っちゃうんですか?」


「もうって……え?」


「HRまでずっととは言いませんけど、少しぐらい私と話してくれたっていいじゃないですか」


 葉花はわざとらしく頬をふくらませ、上目遣いで見てくる。。

 あざとい。しかし普段の葉花を知ってる身としては違和感しかない。


「いや、でも笛月さんは朝はいつも読書して……」


「本は読もうと思えばいつでも読めます。それよりもフミ君と過ごす時間の方が貴重ですから」


「あ、うん……。えっと、その、こんな言い方はどうかと思うけど今日の笛月さん、いつもの感じと違くない?」


「一つ気になってたんですけど」


「え?」


「私はフミ君って呼んでるのに、どうして私の呼び名はさん付けなんですか」


「そりゃだって……」


「クラスメイトなんですからもっと親しげに呼んでください」


 今の状態でそっちこそクラスメイトなんだからタメ口でいいのでは、という発想は浮かばなかった。


「じゃあ……笛月。こ、これでいいか?」


「駄目です」


「ならなんて呼べばいいんだ?」


「そうですねえ。親愛の情を込めて、葉花と呼んでください」


 ちょっと恥ずかしげな笑顔を浮かべながら、いつもよりほんの少し高い声で葉花が言う。

 瞬間、郁也に限界が訪れた。


「がくー! がくぅぅぅううう!」


「朝から鬱陶しい上に、女子とイチャイチャしてるやつとは話さん」


「そう言わずに助けてくれぇぇぇえええ」


 それに郁也からしても、男に泣きつくなんてしたくない。

 なのに衝動的に男に飛びついてしまうほど、今の葉花は普段の様子とかけ離れているのだ。



 葉花の奇異な行動はこれで終わりではなかった。

 

 ある授業で葉花が教科書を忘れたと言い出した。

 続けて見せてくださいと頼んでくる。

 断るわけにはいかず、机をくっつけて、仕方なく教科書を二人の間に広げた。

 そこまでは別段何も問題はなかったのだが、


「あの、笛月さん」


「葉花です」


「……葉花、流石に距離が近すぎると思うんだけど」


 二人は身を寄せ合うぐらい距離を詰めていた。

 

「何か問題でも?」


「問題しかないだろ。クラスメイトや先生に見られたらどうする」


「大丈夫です。幻惑魔法で周りからは普通の距離を保ってるように見えてますから」


「凄くどうでも良いところに凄い魔法を使うね!」


 というか、それもう確信犯では。

 疑わしげに見つめるも、彼女は既に黒板の方を向いている。

 郁也も正面に向き直った。

 

 だが、少しでも目線を左にやると彼女の顔や上半身が視界に映る。

 彼女の息遣いが耳に届き、甘い匂いが鼻腔を刺激する。

 普通の男子高校生にとってはあまりに刺激の強い光景だった。


 さらに時々、そんな郁也をからかうように彼女もこちらを見つめてきた。

 目が合うとクスリと笑い、その度に心臓が大きく跳ねる。

 

 そんな状態の五十分はある意味地獄だった。


 もちろん、彼女の奇妙な行動はこれで終わりではない。

 授業中、葉花が消しゴムを落としたので拾ってあげようとすると、分かっているはずなのに彼女は腕を伸ばしてきて、繊細で綺麗な手と触れ合う。

 すると葉花は「あっ……」と小さな声を漏らして触れた手を胸の前に持っていく。

 現実ではあまり見ない仕草だけど、いざ目にするとグッとくるものがある。

 あざとい。


 まだある。

 次の授業が移動教室の休み時間、ノートを忘れたことに気づいて葉花が手渡してくれた。

 その時、ニコッと笑いながら、少し首を傾げる姿勢は見ている者を幸せにしてくれる破壊力があった。

 あざとい。


 そんな中でも極めつけは昼休みだった。


「フミ君、今日の昼食は何ですか?」


「食堂に行こうと思ってるけど……」


「あ、でしたら私と食べませんか? 弁当二人分作ってきちゃったんです」


 出た。弁当二人分。

 個人宛に弁当を作ってしまうと、あまりにも露骨過ぎるから、二人分を作ったと言うことで相手に後腐れなく食べてもらえ、表面的にも妥当な理由と思える。

 しかし、その実、相手のためを想って作られているのが大半な、ラブコメヒロインがよくやるあの弁当二人分だ!


「あー……えっと、二人で食べるのはちょっと恥ずかしいから」


「二人になれる良い場所があるんですよ。付いてきてください」


「は、はあ」


 断ろうにも有無を言わせず、一緒に食べることになってしまった。


 今日は昨日以上に葉花に振り回されっぱなしだ。

 というか、今日の葉花は一体どうしたっていうんだ。

 

 郁也が頭を抱えながら葉花に連れられてやって来た場所は屋上へ続く階段の踊り場だった。


「ここで食べるのか? 確かに人は来なさそうだけど」


「いえ、違います。この先です」


「この先って……屋上か? でも、扉には鍵が閉まってて」


 パッとドアノブ見ると、その周囲が淡い光を放っていた。


「鍵の施錠ぐらい魔法でどうとでもできます。さあ、行きましょう」


「魔法って何でもありだな……」


 開かれた扉の先には開放的な空間が広がっていた。


「風も心地よいですし、空も近い。こんなに良い場所なのにどうして閉鎖されてるんでしょう」


「良からぬことを考えるやつも中にはいるからな」


 屋上は閉鎖されていて入れないはずなのに、周りには金網が張ってあり、頂点には有刺鉄線が巻かれている。

 すごい念の入れようだ。


「気持ちは分かります。けど、かといって何でもかんでも危険だからって禁止したら、本当の危険を理解できなくなるんじゃないかって私は思いますけどね。ま、人間のやることに一々文句つける気もありません。それよりも昼食にしましょう」


 それ、と葉花が掛け声を上げ、地面に光がばらまかれる。

 すると三人くらい座れそうな大きさのブルーシートが出現した。


「出現したんじゃないですよ。私が魔法で創り上げたんです」


 訂正。ブルーシートが創造された。

 土曜に葉花が学校を創造したと言っていたが、今回のブルーシートと同じことを何十、何百倍もの規模で実行したということだろう。

 魔法はよく分からないけど、凄いのは分かる。

 

「さ、座ってください。食べましょう」


 ブルーシートに腰を下ろすと、葉花は手に持っていた弁当箱を置き、包みを外した。

 二段重ねにしてある二つの弁当箱が晒された。

 バランスをきちんと取るためか、弁当箱はそれぞれ大きさが異なっている。

 下の弁当箱は上の弁当箱より平面積が少し大きい。


「はい、こちらはフミ君の分です」


「あ、ありがとう」


「この時期の男の子はよく食べると聞きましたから。私の分よりほんの少しだけ量も多いですよ。足りるといいんですが」


 渡されたのは下の方に置かれた弁当箱だ。

 まさかそこまで考えてるとは思わず、ちょびっと感動する。


 異世界の人間ははたしてどんな弁当を作ってるんだろうか。

 期待半分、不安半分といった気持ちで蓋を開けた。

 半分はふりかけがかけられたご飯、残りの半分であるおかずにはミートボールや卵焼き、アスパラガスのソテー、一口サイズのスパゲッティなどが敷き詰められていた。

 普通に完成度の高い弁当に郁也は意表を突かれた気分だった。


「……どうですか? 私の弁当、変じゃないですか?」


「いや、そんなことは……。むしろ期待以上で正直驚いたというか」


「これでも結構頑張ったんですよ。ネットで配置を見て、考えて、作り上げたんです」


「そうなのか、そりゃあ……嬉しいな」


 心からの言葉だった。


「ありがとうございます。ただ、美味しさは期待しないでください」


「どうして?」


「えっと、それは……」


 葉花が言いよどむ姿を初めて見たかも知れない。


「ほとんどが冷凍食品だからです。卵焼きだけは自分で作りましたけど」


 葉花の声の調子が明るくない。

 冷凍食品ということに引目を感じているんだろうか。


「ふえ……葉花は地球(こっち)にやって来て間もないんだろ? なら別に料理ができなくても仕方ないというか。むしろ卵焼きを作れるだけ立派だと思う。俺なんか、十七年暮らしてきても卵焼きの一つ作れやしないし」


「卵焼き一つ作れるだけでそこまで褒められるとは思いませんでした」


「料理する意欲があるだけで俺からしたら凄いからなあ。あと、冷凍食品使ってることを気にしてるようだけど、別に良いんじゃないか? 俺、結構冷凍食品好きだよ」


「ホントですか!?」


 冷凍食品を褒めるとものすごい勢いで食いついてきた。


「良いですよね、冷凍食品。安いし、美味いし、手頃だし、量もそれなりにあって……。それだけに限らず、地球にやって来て感動したのはレトルト食品なんですよ。お湯で温めるだけでカレーが食べれるって凄いことですよね。お店に比べると劣りますが、カップ麺だって色々種類があって、飽きはこないですし」


 よくわからないが、どうやら葉花はインスタント食品に並々ならぬこだわりがあるらしい。

 魔王の庶民派な一面が垣間見れた。

 熱弁したことに気づいた葉花が、ハッと言葉を止める。

 頬を少し染めながら小さく咳払いをし、手を弁当箱に向けた。


「いい加減、食べましょう」


「そうだな。いただきます。……うん、美味い!」


 ありきたりな言葉だけど、何も言わないより数倍マシだ。

 葉花も満足そうに綻んでいた。

 

 しばし二人は食べることに集中する。

 途中、葉花が弁当箱に視線を落したまま、ジッと考え込む姿を見せた。

 口の中のものを飲み込んでから訊ねる。


「どうかした?」


「いえ……いや、フミ君」


 何故か葉花は決然とした表情で郁也を見た。


「あーん」


 と、箸でつまんだ卵焼きを郁也に向けるではないか。

 これは昨今、あまりにメジャーすぎて、最近ではあまり見ない定番イベント、「あーん」だろうか。弁当を二人で食べるシチュエーションに加え、イチャイチャするシーンも見れる、伝説のあれか!?

 

 いや、でもしかし、まだそこまで好感度は高くないと思うというか、素直に恥ずかしいというか、こういうのは恋人同士がやるもんというか、恋人同士でやりたいというか――。

 そんな草食男子的な考えが行動を阻害し、郁也を固まらせた。

 葉花が不審げにこちらを見てくる。


「こういうのはお嫌いですか?」


「嫌いじゃないけど、その……」


「あ、もしかしてこういうのは恋人同士がやるものだと思ってます?」


「それはまあ、ちょっとだけ」


「なるほど。でしたらフミ君、私達付き合いましょう」


 葉花はさも当然と言った風な口調で衝撃的な発言をした。


「は、はあああ!?」


「嫌ですか?」


「嫌とか、そういうことじゃくて、いや……え?」


「あ、もしかして誰か付き合ってる人がいるんですか?」


「今はいないけど……」


「好きな人がいるとか?」


「それもいないけど……」


「でしたら問題ないですね」


「問題しかないだろ!?」


 思わず郁也は立ち上がってしまう。


「いやさあ、今の時代、互いに両想いで、健全な交際をしましょうとは言わないけどさ。幾らなんでもこんな軽い気持ちで付き合うのはどうなんだ? いや、俺の考えが純粋過ぎるだけなのかもしれないけど!」


 どちらかが一方のことを好きって気持ちがあるならまだ分かる。

 でも葉花が郁也に恋心を抱いているのはまずあり得ないし、郁也にしてもそのような視線で葉花のことを考えたことはなかった。

 

「時間があるのでしたら、私だってこんな事言い出しませんよ。けど、生憎ですが私には時間がありませんから、強行です。それに軽い気持ちで付き合い始めても、時間の経過で両想いになることだってあるんですから」


「断言しやがった。どこ情報だ?」


「私の読んだ少女漫画ではそのようなカップルが書かれてました」


「少女漫画ァ!?」


 更なる衝撃の発言だった。

 魔王が何読んでんだ、とか漫画の内容を鵜呑みにするな、とか他にも色々言いたいことがありすぎて混乱を極めた。

 その間に葉花がさっさと話をすすめてしまう。


「どうしても嫌というなら、別れます。けどそうじゃないんなら、今から私たちは恋人ってことで。良いですよね」


「ぐぬぬ……」


「はい。カップル成立です。よろしくお願いしますね、フミ君。それじゃあ続きです。あーん」


「ぐむ」


 無理矢理おかずを口に詰め込まれる。

 驚きの表情のまま、ミートボールを咀嚼して飲み込んだ。


 口が自由になったところで、文句の一つを垂れようとする。

 だが、郁也を見つめる葉花の満面の笑みがあまりにも眩しくて、強く言葉をかけるのが躊躇われた。

 結局、勢いが萎えた郁也は、葉花を見てため息をつくことしか出来なかった。


「はあ……。分かったよ。俺と葉花は期間限定の恋人同士。そういうことだな?」


「フミ君が手下になってくれれば、どちらかの愛想が尽かない限り、関係は続きますけどね」


 思った通り、葉花が地球で目的を果たすまでの一時的な関係らしい。

 それでも、あまりに強引で突発的なものであったが……。


「では、めでたく恋人になったところで恋人らしく昼食を摂りましょう」


 葉花の言う恋人らしいこととは、互いにおかずを食べさせてあげることらしかった。

 あーんするのもしてもらうのも、最初は恥ずかしがったが食べ終わる頃には慣れたものだった。

 弁当箱が空なった後は、最初の混乱が嘘のように穏やかな時間が流れていた。


「こうして二人で弁当を食った後に言うのは何だけど」


「どうしたんですか」


「昨日、もう俺には何もしないって言ってたよな。なのにどうして昨日よりも深い交流してるんだ、俺たち」


「私、言ったじゃないですか。接するにしても魔王としてではなく、一人の女として接するんでご安心くださいって。だから手下じゃなくて恋人になろうって持ちかけたんです」


「どんな理論の発展だよ……」


 思わずため息をつく。

 隣に座る葉花はそんな郁也を見てクスクス笑っていた。


 色々納得いかないこともあるし、言いたいことはあるけど、彼女の笑顔を見ていたら口にする気が失せた。

 それにこういうのも悪くないと思える自分がいたのも確かだった。

 ブルーシートに寝っ転がって空を見つめる。

 問いただす代わりに、かねてからの疑問を聞いた。


「じゃあ次の質問。どうして急にフミ君って呼び始めたんだ?」


「そう言えば話していませんでしたね」


 葉花は記憶を思い出すようにふむ、と首を傾げてから答える。


「フミ君に絡んでやろうって決めた時、これまで通り戸田君って呼ぶのは味気ないと思ったんです。だからって下の名前で呼ぶだけなのもつまらないので、しっくり来る呼び名を考えました。それがフミ君の由来です」


「自分の手下になるような人間を見つけようとしてたんだよな。手下にするだけならわざわざ特別な呼称を付ける必要はなかったんじゃないか?」


「そうかもしれません。面白そうっていうのが一番の理由ですけど、親しい呼び名の間柄があると分かれば牽制にもなる。そのような理由もありますね」


「牽制? どういうこと?」


「そうですねえ……フミ君は年上の女と年下の女、どちらの方が好みですか?」


 葉花は手を後ろに付いて、上半身は起き上がらせたまま足を伸ばしてリラックスしている。

 その体勢で横たわる郁也に顔だけを向けてきた。


「と、突然何だよ」


「いいから答えてください」


「お、おう。えーっと……正直、年による好みの差はないかなあ」


「ほんとですか。それは嬉しいです」


「はあ」


「フミ君、私の外見は女子高校生の見た目ですけど、何千何万といる魔物達の王なんですよ。獰猛な彼らを従えるにはそれ相応の力や振る舞い……それと経験がないといけないんですよ。この意味、分かりますか?」


 言葉では何度か言われているし、頭では理解しているつもりだ。

 けど人間と代わり映えしない姿、可愛らしい女の子の振る舞いを見ていると、つい彼女が人間とは別の存在であることを忘れてしまうことがある。

 

 笛月葉花は魔物だ。

 そして、創作における魔物は、ほとんどが人間よりも長寿な生物として描かれる。

 つまり、葉花が言いたいことは。


「……いくつなんだ?」


「女の人に年を聞くのはデリカシーがないですよ。けど、そうですね。フミ君が歩んできた人生より十倍以上とだけ言っておきます」


 郁也の年齢は現在十七歳だ。

 その十倍と考えると、まだ子供の郁也には途方もつかない。

 

 ちなみに郁也の誕生日は四月一日で、つい三週間ほど前に一七歳になった。

 この一七歳であることと、誕生日が四月一日であることは後に重要な要素となる。


「年上どころか、年下に思える見た目だけどな。質問の意図はわかったけど、牽制って言葉にどう繋がるんだ?」


「今は魔王も世襲制なんです。魔物の中では若い部類に入るとはいえ、いい加減跡継ぎのことを考えてもいいと側近から口を酸っぱくして言われるるんです。リリスも事これに関しては彼らの味方ですし。私が少女漫画を読んでることは話しましたね」


 こうして落ち着いて見ていると、葉花は意外と表情豊かだ。

 よく笑うし、今だと疲れたとも呆れたともいえるような表情をしている。

 少なくとも憮然としている普段の葉花より数倍輝いているように見えた。


「言ってたな」


「それもリリスが良かれと思って私に勧めてきたんです。跡継ぎを作るための相手もいないし、せめて出来た時のことを学べって」


 つまり葉花は一国(?)を治める王だから早い内に跡継ぎを決めておいた方がいい。

 けど、跡継ぎを決めるどころか、跡継ぎとなる子供を作るパートナー、言ってしまえば結婚相手がいない。

 さらに付け加えると、結婚相手どころかそれ以前の恋人もいない、ということらしかった。


「確かに私はこの世界を学ぶために文献から知識を得ることを選択しました。しかし、それとこれでは話が違うと思いませんか?」


「でもしっかり読んでるんだよな……?」


「…………はい」


 同意を求めてきたくせに自爆する魔王様であった。


「とにかく背景は分かって貰えたと思います。ただでさえ地球侵攻という一大イベントが控えているので、その前に早く早くと急かされまして。とか言って侵攻前に地球見学するといったら、地球で相手を見つけに行くんですね、と顔を輝かせて。全く、遊びに行くわけじゃないんですよ。それ相応の目的があって行くというのに彼らときたら……」


「魔王も苦労してるんだなあ」


 しかも、思った以上に庶民的な悩みだ。

 まさか魔王からこんな愚痴を聞けるとは思わなかった。

 

 ただ、それ相応の目的という言葉の方が気になった。

 もし本当に葉花がパートナーを探しに来ていたのなら、この時点でその目的は達成されたといえる。

 しかしそうでないのであれば、別の目的があるということになる。

 すなわち、人間の手下を捕まえる以外にも、地球にやって来る理由があるというわけだ。


「そこでフミ君の登場です。親しい間柄で呼ぶ相手が出来たと分かって、側近たちは大人しくなりました。恋人になったことも伝えれば、彼らも何も言わないでしょう。そうすれば何も気にせず、目的を果たすために堂々と動けます」


 感極まったのか、葉花は小さくガッツポーズをしていた。


「事情は分かったよ。その側近たちを黙らすために俺と付き合うことにしたってことだろ」


「そんな悲しいこと言わないでください。そういった思惑が全くないといえば嘘になりますが……。でも、フミ君と関係を一歩進展させたり、戸田郁也という個人と話すのは、その目的を果たすための一巻なんですよ。つまりですね」


 葉花がこちらを覗き込んでくる。


「私がしたいからしてるんです」


 その言葉には嘘や欺瞞は含まれていなかった。

 しばし見つめられていた郁也は、表面は澄まし顔で、内心はドキドキしていた。

 けど少しすると昼休み終了のチャイムが鳴り響き、恋人との甘い一時は終わりを告げた。


「さて、戻りましょうか」


 二人が立ち上がった後、葉花がブルーシートに人差し指を向けると、手品のように消えて無機質なコンクリートの床が剥き出しになった。


「ん、そうだな」


 突然とはいえ、葉花とは恋人同士だ。

 彼女の目的とやらは分からないが、わざわざ警戒する必要もないと思う。


 どうせなら純粋に楽しむべきだ。


 そう思い、恋人らしいことをしようと、葉花の手に腕を伸ばした。

 指と指が触れ合った瞬間、弾かれたように手を引っ込め、信じられない物を見るような目でこちらを見てきた。


「な、なな」


「あの、葉花さん?」


「何をするんですかーっ!」


「え、ちょ、おーい」


 葉花は触れた指をもう片方の手で抑えながら、一足先に屋上の出口へ駆けていった。

 突然の事態に郁也は一人屋上に取り残される。


「な、何だあの反応……?」


 しかも、見間違いでなければ、顔を真っ赤に染めていたような。

 恋人がいないどころか、今まで一度もいたことがないのではないか。

 あの初心な反応を見るとそう思える。あるいは、少女漫画の影響かもしれないが……。


 夢と偽の学校で出会った金髪の美女と見知らぬ側近の達の顔を想像する。

 確かに、跡継ぎ問題は苦労しそうだ。


 その後、指が触れ合った案件を葉花は引きずったらしく、昼休みまでの奇行は起こることなく、無事一日が終了したのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 優里奈から電話がかかってきたのは葉花と恋人になった日の夜のことだった。


「もしもしゆり姉? どうかした?」


『夜分遅くにすまんな、今大丈夫か?』


「大丈夫。しかし電話をかけてくるなんて珍しいな」


『魔王の件があるからな。心配してたんだ。今日一日問題はなかったか?』


「……なかったよ」


 一瞬間が空いたのは、今日一日の出来事が問題だったかどうか悩んだからだ。


『嘘つけ。聞いたぞ。郁也が魔王と二人で昼休みにどこかへ向かったと』


「う……いや、まあ、事実だけど、問題となるような事は起きなかったし」


 なんだか言い訳をしているような気分だった。


『郁也が問題じゃないと思っても、私達にとっては問題となることはある。何があったか説明してくれないか。もちろん、昼休み以外の事もな』


 昼休み以外にも、午前中は葉花と色々あった。全てではないだろうが、今日の出来事をクラスメイトから聞いているらしい。

 隠し通せないと考えて、朝から様子がおかしかったことを優里奈に説明した。


『ふむ。何がしたいのか分からんな。まるで恋人みたく振る舞っているように見えるが……』


 念のため、葉花と付き合うことになったことだけは伝えなかった。

 むしろその事実を明かしたら、葉花や優里奈、果てには星光軍とも一悶着が起きるに違いない。


「俺もよくわからないんだ」


『だがまあ、魔王が郁也にちょっかいをかけようとしているのは理解した。ならばこちらにも考えがある』


 電話の向こうで優里奈が不敵な笑みを浮かべたのが想像できた。


「……何を企んでるんだ、ゆり姉」


『それは明日のお楽しみだ。準備があるから、今日はここまでだ』


「お、おう」


『おやすみ、郁也』


「ああ、おやすみ、ゆり姉」


 電話が切れた。

 郁也はスマホの画面に表示された奥岡優里奈の名前を見ながら呟く。


「何かものすごく嫌な予感がする……」


 あるいは、この時、郁也は今後の自分の運命を予感していたのかもしれなかった。




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