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04月17日「警告」

20XX年/04/17(金)

 不良に絡まれた葉花を救った翌日。

 郁也はちょっぴり期待を抱きながら登校した。


 もしかしたら昨日のことがきっかけで態度が変わるかもしれない。

 そんな気持ちを落ち着かせながら、数日ぶりに声をかけた。


「おはよう、笛月さん」


「おはようございます」


 会話終了。

 

 ええ、どうせこうなると分かってました。

 それでも男は期待せずにはいられない生き物なんだ!


 こんな感じに結局何も変わらず一日が過ぎていくと思いきや、昼休みに有馬から呼び出しを受けた。

 

 職員室に向かい、有馬を見つける。

 彼の周囲には黄色い声をあげる三、四人ほどの女子生徒が群がっていた。

 もはや見慣れた光景だ。


「あのー、先生、来たんですけどー……」


「戸田君、来てくれたか。皆ごめん。クラスの子と話があるから、分からない箇所があったらまた来てくれ」


 有馬の言葉に女子生徒たちは「はーい」と軽快に頷く。

 満面の笑みを浮かべた女子生徒たちが脇をすり抜けていった後、郁也は有馬の前に立った。


「相変わらずのモテっぷりですね、先生。羨ましいです」


「いやー、正直大変だよ。どんなに想われていても立場上、手を出したらアウトだからね。出来ることなら高校生をやってみたい」


「生徒に対してその発言はどうなんですか?」


「ははは。まあ、戸田君も悔いのない高校生活を過ごせよってことで。……さて、呼び出した用件は分かってるね?」


「昨日のことですよね」


 笛月葉花がチンピラ達に暴力されそうになったところ、偶然それを目撃した郁也と幼馴染の優里奈が救いだした件だ。

 あれ以外呼び出される理由が見当たらない。

 

 郁也は葉花と別れた後、真っ先に優里奈の元へ向かった。

 すると路地にはガラクタの山のように積み重ねられたチンピラたちと、毅然と立ち尽くす優里奈が待っていた。

 状況を把握してない人から見れば、こちらが加害者に見えたに違いない。


「ああ、そうだ。結果的にうちの生徒達も怪我一つなく穏便に済んだし大きな騒ぎにはならなかったけど、だからって注意しないわけにはいかない。話を聞くと、状況に気づいた戸田君が先行したんだったね?」


「はい」


「……先生がこういうのもなんだけど、そこは一言、奥岡さんに伝えるのが一番だろう。良いことなのか悪いことなのか分からないけど、奥岡さんならプロの殺し屋を数人雇わないと倒せないぐらい強いんだから。彼等、ナイフを持ってたんだろう? 一歩間違えてたら、それで怪我してたかもしれないんだ」


 プロの殺し屋は流石に言い過ぎなのでは。

 ただ、この言葉が誇張でも何でもないことを知るのはもう少し後の話だ。


「今回は事態が事態だったから仕方ないとは言え、生徒二人が止め入るのも危ないんだ。まずは警察を呼ぶ。あまり危険なことに首突っ込み過ぎちゃだめだよ」


「……すいません」


 確かにあの時、取れる選択肢は他にもあった。

 でも気がついたら体が動いていた。

 ああいう行為は自分自身はともかく、周りの人に心配をかける。

 だからあまり許された行為ではない。


 きちんとそのことを把握しているからこそ、郁也は素直に謝った。


「でも、まあ」


 真剣な声音から一転、有馬は声を明るくした。


「戸田君の気持ちも分からないでもないよ。それに、実際に危険な現場に遭遇してすぐさま行動する力は評価するよ。後は周りの人の気持ちを考えてから行動するように。先生からのアドバイスはこれぐらいかな」


 先生から、と言いつつも一人の人間として有馬が真正面から見てくれているのが分かった。

 男子生徒からも好意的な目で見られるのは彼のこういった気概も一つの理由だろう。


「というわけでお説教は以上だ。貴重な休み時間にごめんよ」


「いえ、以後気をつけます」


「殊勝な子だなあ。あ、そうだ。関係ないことなんだけど、ついでに一つ。笛月のクラスの様子を聞いてもいいかい?」


「また突然ですね」


「この時期は多忙でね。申し訳ないとは思ってるんだけど、クラスのことまで頭を回してる余裕はないんだ。僕の教師経験が足りてないってのもあるんだけどさ」


 有馬は頭を掻きながら苦笑した。


「あと、本来ならこの時期ってクラスが探り探りの状態だから、無闇に気を回す必要もないって先輩方からも言われてたりするんだ。それも一つの理由かな」


「でも笛月さんのことは気になるんですね」


「まあ、クラス替えとほぼ同時とはいえ、転入生だしね。それに彼女、あまりクラスに馴染めてないって聞くから……。隣の席代表としてどんな様子なのか聞いておこうと思ったんだ。で、どうなんだ?」


「そうですね、笛月さんはなんていうか……マイペースって印象を受けました。友達になるにはちょっと時間かかるかもしれないってのが素直な感想です」


 昨日優里奈に言った感想をマイルドに言い換えてみた。

 これなら先生もあまり悪い印象を抱かないと思う。


「なるほどね。わかった。ありがとう」


「礼を言われることでもないですよ。ただ、その」


「どうかしたのかい?」


「いえ、あのゆり姉が……じゃなくて、奥岡が笛月さんに並々ならぬ関心を抱いてるみたいなんですよね。先生と同じようなことを聞いてきて。それでちょっと不思議に思ったんです」


「……次期生徒会長候補として転入生が気になってるんじゃないかな?」


 有馬の回答は答えに困ったあげくの茶化したようなものだった。

 しかし、何故かその顔は妙真剣で違和感を感じた。


「ああ、そうそう、今回の件で一番心配してるのは奥岡さんだ。きちんと機嫌、取っときなよ」


 そして次の瞬間には笑顔に切り替える。

 態度の豹変が気になりはしたが言わないでおく。

 しかし、心配かけたこと謝れよ、とは言わないところは有馬らしい。


 用件も終わったところで踵を返そうとした時、有馬が言った。


「戸田。気をつけろよ(・・・・・)」 



◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

 放課後になった。

 カバンの中身をまとめながら、郁也はこの後のことを考える。

 

 有馬にも言われたように、昨日の件について優里奈と話がしたい。 

 ただ、今日は金曜日。

 明日から二日間の休みだ。

 今日を逃したら会話するタイミングを逃してしまう。


 いや、幼馴染だし、優里奈の家族も郁也のことはよく知ってるのだから、土日に家を訪ねることもできないことはない。

 

 けど中学生くらいからだろうか。

 郁也はプライベートの時間に優里奈に会いに行く行為が妙に恥ずかしく感じるようになってきた。

 それ以来、学校や、どうしてもという用事以外では優里奈とは顔を合わせていなかった。

 

 今回の件も、別段無理して自由な時間を割く必要はないだろう。

 となると、帰る前に生徒会室に寄っていく必要がある。


 結論を出したところで葉花がスッと郁也の後ろを通った。

 

 あまり意識してたわけじゃない。

 ただ、朝もしたのだし、今日ぐらい帰りの挨拶をしてもおかしくないと思っただけだ。


「またね、笛月さん」 

 

 教室を出ていこうとする葉花に声をかけると、彼女は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「はい。また明日です、フミ君」


 葉花は言い終えると、さっさと教室を出て行ってしまった。

 残された郁也は葉花が出ていった通路を呆然と見つめている。


「いや、明日は休みだぞ? それよりフミ君って何だ? ……俺のことか? というか、笑った……?」


 一体何が起きたんだ?

 郁也は激しく混乱し、かなりの時間を空けてから生徒会室へ向かった。 


「ん? おお、郁也か。珍しいな、お前がここに来るなんて」


「普段は来る用事もないしな」


 生徒会室には優里奈しかいなかった。

 扉を開ける音に気づいて優里奈はこちらを向く。

 口調はいつもどおりだけど、顔がパッと明るくなったのを郁也は見逃さなかった。


「資料を片付けてたのか?」


「ああ。どうせ他のメンバーが来るまでやれることは整理整頓ぐらいしかないからな」


 言いながら、優里奈は中身がパンパンに詰まった段ボール箱をひょいひょい持ち上げている。

 

「手伝おうか?」


「いいけど……重いぞ?」


「俺だって男だ。ゆり姉に持てるなら、これぐらい俺だって持てる」


 腕をまくって、一番近い段ボール箱を郁也は持ち上げようとした。

 

「ふんっ!」


 そして、あまりの重さに、郁也は危うくぎっくり腰になるところだった。


「ちょ、ちょっと待った。重すぎないか、これ」


「だから言ったんだ」


 腰を抑える郁也を優里奈が支えて椅子まで先導する。

 さながら腰の曲がったお爺ちゃんと、それを介護する孫娘のようだった。


「以前、時間が余ったから隙間が出来ないようにダンボールに詰めたんだ。そしたら予想外に重量があってな」


「そ、そうか」


 それでもこの重量はおかしいと思います。

 というか、それを軽々運べている優里奈がおかしい。

 完璧超人といえど、ここまで人間離れしてなかったような気がする。


 そんな思いをよそに、郁也を椅子に座らせた優里奈は郁也の対面に腰を下ろした。


「それでここに来た用件は何だ? ぎっくり腰になるために来たわけじゃないだろう?」


「せめて手伝いに来たわけじゃないって言ってくれ……。ゆり姉に用があって来たんだよ」


「……私に?」


 何故か優里奈は嬉しげだった。

 もう少し部屋が明るければ、彼女の頬がわずかに染まっていたことに気づけたかもしれない。


「うん。昨日の事で。一人で勝手に突っ込んじゃったこと謝ろうと思ったんだ」


「ああ、なんだ、その事か。郁也に落ち度はない。それにあの時、気を緩めてたせいですぐに気づかなかった私がいけないんだ」


「ゆり姉だって人間なんだから、常に気を張ってるわけじゃないだろ。ただ、突っ走る前にゆり姉に声をかけておけば、心配させることもなかったかなって」


「別に私は心配など……」


「心配してなかったらわざわざ有馬先生に遠回しに注意なんかさせてなかっただろ。そういうとこ回りくどいんだよ、ゆり姉は」


 ゆり姉は目を丸くして驚いていた。

 まさか気づいているとは思っていなかったんだろう。


 事が全て終わった後、警察や学校の先生にも二人で報告をした。

 その場で怒られるかと思いきや、怪我一つなく事件を解決したためか、むしろ褒められてしまったのだった。

 結局お咎めもなく何もかも終わったはずだった。


 なのに終わった事件を蒸し返し、きちんと注意させたのは、昨日のあれは危険だった、と伝えたい人物がいるからに決まっている。

 そしてそれに当てはまる人間は考えた限りでは優里奈しかいまい。


「……ったく、お前は人の親切を素直に受け取ってくれないんだな」


「正面から言ってくれればちゃんと受け取るって」


「そうか? なら」


 彼女は立ち上がり、机を回りこんで郁也の横に立った。

 それから頭を軽く小突いた。


「無事だったから良かったものの、心配させるな、馬鹿」


「……ごめん」


「分かったのなら、良い」


 もっと言うなら、分かっているのに止まることができなかった。

 ゆり姉が俺をそんな人間に変えてくれたんだ。


 でも、そんなことをわざわざ口にする必要はない。

 言葉にせず、この気持は伝わってほしいと思う。

 それに、この二人きりの静寂の時間も嫌いじゃないから。


「ただ一つ気になるんだが、本当にあいつらに何もされなかったのか? 連中、ナイフを振り回すことに抵抗がなかった。私が駆けつけるまでの間に連中は一回ぐらい郁也を攻撃するチャンスはあっただろう」


 しばらくして優里奈が口を開く。

 なんとも答えにくい質問が飛び出してきたのだった。


「あー……えーっと……」


 実は優里奈にも刺されそうになったことは言ってなかった。

 ちょっとした不思議な出来事だったので、どう説明したらいいのか、そもそも説明する必要があるのか迷ったのだ。

 

 でも、優里奈なら見たままのことを伝えても、茶化したりすることはないだろう。

 そう判断して郁也はありのままの事実を話すことにした。


「実を言うと腹にナイフを突き付けられたんだ。けど、柔らかいけど分厚い膜みたいのがそれを防いでくれた……ような感触があった。気のせいかもしれないんだけど。次の瞬間には男がナイフを落として、俺は怪我の一つも負わなかった。とまあ、そんな出来事があったんだけど……」


 気のせいだよな?と締めようとしたけど、実際は言葉に出来なかった。

 目の前の優里奈が真剣に考え込んでいたからだ。


「……郁也を守る理由がない。となると、気まぐれか? でも――」


「あのー、ゆり姉?」


 ブツブツと呟く優里奈を郁也は下から覗き込んだ。


「ん? あ、ああ、すまない」


「いや、別にいいんだけど。急に考えこんでどうしたのかなって思って」


「何でもない。…………いや、この際だ。ハッキリ言っておこう」


 優里奈は大きな溜めを作ってから、決心した顔で言った。


「郁也。笛月葉花には近づくな」


 と、真剣に告げた。


 優里奈も人の子だ。

 どんなに人間ができていたとしても、聖人ではない。

 だから時たま、他人の不満や愚痴だって吐くことはある。

 けれど、明確な拒絶――というより、敵意を剥き出しにする姿を見るのはこれが初めてだった。


「ゆり姉がそんなこと言うなんて……。笛月さんと何かあったのか?」


「いや、それは……」


 どんなに後ろめたいことを告白する時でも、優里奈は正面からぶつかってくる。

 なのに今の彼女は目線をそらし、言い淀んだ。


 おかしい。

 明らかにおかしい。


 そもそも葉花は一週間前に来たばかりの転入生だ。

 優里奈がどれだけレベルの高いコミュニケーション力を持っていたとしても、明確な敵意を露わにするほど交流しているわけがない。


 ならば……二人の間にある確執とは一体何なのだろう。

 その溝はいつどこで発生したものなんだろうか。


「言えないのか?」

「……ああ、こればかりは」


 優里奈が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたところを初めて見た。


「ただ、勘違いしないでほしい。確かに今は話せないが、いつか……いや、もう少ししたら全てを話せる日が来る。言ってしまった手前、郁也には全てを明かす。その準備もできている」


「できてるけど、あかせない内容なんだな?」


「……ああ。幻滅したか?」


 訊ねる優里奈の瞳は不安で揺れていた。

 安心させるように微笑む。


「いや、そんなことないよ。まあ、気にならないと言ったら嘘になるけど、詮索する気はない。話してくれるって言ってるんだし、俺はその日を待ってるから」


 ただの興味で二人の関係を暴こうなんて、おこがましいほどにも程がある。

 優里奈が話してくれるというなら、その日をいつまでも待つ。

 話す気がないならそれはそれで一向に構わない。


「ありがとう。私は必ずその日を迎える。絶対だ」


 そう誓う優里奈の横顔は、いつも以上に凛々しく、騎士のように見えた。


「……えっと、そろそろ入っていいかな?」


 と、ドアの方から声。

 見れば生徒会のメンバーが気まずそうに固まっていた。

 どうやら一部始終を見られていたらしい。


「あ、その、すいません」


 二人は顔を真っ赤にして同時に謝った。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その後、郁也は優里奈に別れの挨拶をしてそそくさと生徒会室を出た。

 帰路に着く最中、優里奈とのやり取りを回想してると、不意に有馬に言われたことを思い出した。

 

 ――気をつけろよ。


 あれはもしかしたら、笛月葉花に関わる警告なのでは。

 もしそうだとしたら、葉花は何かしらの危険人物で、何かを企んでいたりするのか……?

 俺と優里奈の間に奇妙な約束をさせるくらいの何かを。


 ……いやいや、妄想にも限度がある。

 そんな漫画じゃあるまいし。

 

 郁也は考えを追い払うように首を横に振って別のことを考え始めた。



 しかし、結果からいえば、郁也のこの予想は的中していた。

 また、その予想が明らかになることによって、優里奈との約束が果たされることもなくなった。


 何故ならこれより数時間後、郁也は笛月葉花の正体と、世界の隠された秘密を知ることになるから。





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