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04月29日「パンツを見るために男子高校生は世界を救う」

 自分なりに世界を救う――とはいっても、簡単にできるものではない。

 なので、郁也はあくまで論理的に考えていった。


 まずは世界が危機に陥った根本的な原因から思考を開始した。


 星光軍と魔王軍が争う第一の理由は歴史が背景にある。

 居住地を求めた魔王軍がアルスマグナに侵攻し、アルスマグナの人間はそれを食い止めた。

 この原初の争いこそが魔物と人間の在り方を示し、いつしか揺るぐことのない関係性となってしまった。

 だから互いが手に取ろうにも、両者は対立しているのが当たり前という常識が阻み、結果戦いは続けられることになった。


 その最中で次なる標的になったのが郁也の住まう地球という世界だった。

 両軍はこれまで通り戦いを続けていたものの、実は地球という世界を懸けた争いにシフトしていった。

 

 地球という第三者が出現したのにも関わらず、星光軍と魔王軍の関係性に変化がない理由は地球が異世界の存在を知らないからに他ならない。

 地球がもし、異世界を検知していたなら、何かしら干渉し、勢力図を大いに変化させていただろう。


 ここまでで分かる世界が危機に晒されている原因をまとめると、


 一.二つの世界が対立関係から一向に譲らない。

 二.地球が異世界を検知せず、知らず知らずのうちに二つの世界の戦いに巻き込まれている


 の二点となる。


 では、そこでこの原因に何らかの方法を施し、危機から脱却させる方法はあるかどうか。

 

 まずひとつ目の理由である二つの世界の関係性について。

 ハッキリ言ってこちらはどうしようもない。

 あるいは、互いの世界をまとめる人物が改心でもしたなら話は別だが……少なくともここに郁也がアクションできることはない。


 では二つ目の理由はどうか。

 これも世界規模でいったら郁也の出る幕はない。たかが一介の高校生に世界をどうこうする力はないのだから。地球代表と名乗ったところで誰も相手にしてくれないだろう。

 しかし、個人レベルでは異世界を検知し、戦いに巻き込まれるどころか、その裏にある地球の支配という互いの真の目的を知悉している。


 つまり、だ。

 もし郁也に世界をどうこうする力があったら。

 地球代表と名乗り、誰もがそれを認めてくれたのなら。


 世界の危機である原因が一つ崩れ去り、地球は新たに勢力図に加わる。

 その在り方によっては戦いを膠着状態に持っていくことだって可能だ。


 となると、次に考えるのは郁也という地球人を世界にどう認めてもらうかだ。

 ここでまず、郁也が持つカードを見てみよう。


 イ.アルスマグナ

  ―剛勇の勇者(奥岡優里奈)との信頼関係

  ―誠実の勇者(有馬忠志)との関係性

  ―アルスマグナ側の状況(現在の勇者の在り方、一般人側から見た戦況)


 ロ.魔界

  ―魔王としての笛月葉花の情報

  ―女の子としての笛月葉花との関係性、情報

  ―リリスとの関係性、情報

  ―魔界側の状況(地球が狙われている事実、大将の視点から見た戦況)


 以上が郁也の活用できる情報となる。


 'イ'の情報――すなわちアルスマグナのカードを使って世界に訴えようとするなら、どうなるか。

 勇者は個人では強い力を持ち、部隊が与えられるなど、それなりに地位はある。

 だが、その実態は人々にとって希望の象徴とされているだけの存在。希望というまやかしの偶像だ。

 なので、操り人形と化した勇者たちの力を借りても、上層部……星光軍を仕切る存在に郁也を認めてもらうのは不可能と考えた方がいい。


 次に'ロ'――魔界側の力を借りるとしたら。

 これは実に簡単だ。

 何せ、郁也と接していたのは魔王軍の大将なのだから。彼女が地球代表と認めてくれれば、郁也が地球人代表として舞台に立つことだって不可能ではない。

 しかし実際の所、郁也には地位も実績も何もない。例え魔王が認めてくれても、世間が認めない……勇者と同じまやかしの地球人代表になってしまうだけだ。

 しかも、魔界側はそもそも人間に対して良い感情を持っていない。郁也が地球のトップだったとしても、彼らは簡単に郁也の言葉を受け入れてはくれやしないだろう。


 ここまでで一旦整理してみよう。

 アルスマグナ側は郁也を認めてくれないものの、深い信頼関係にある。

 魔界側は郁也を認めてくれるかもしれないが、その可能性は低い。また信頼関係としては最低に近い。


 この時点でアルスマグナの勢力に助力してもらう方法は潰えた。

 成功率の低い賭けを魔界側に対して行うしか道はない。


 では、その道とはどんなものか。 

 

 戦場で葉花と話す場を設け、

 魔物たちに「郁也」という人間を認めてもらい、

 同時にアルスマグナの人間にも認めてもらうほどの地位や関係を見せ、

 地球と魔界という関係性を築き上げ、それを戦いの抑止力として活用する。


 これまでの情報を照らし合わせるとこのようになる。


 戦場で葉花と話す場を設ける。

 これについては、アルスマグナ側の力を借りる他ない。

 現に'イ'の勇者二人のカードを使って郁也は魔王城のテラスへとたどり着くことが出来た。道中ではリリスの「嘘をつくことが嫌い」という情報を利用して突破している。


 問題はここから先だ。

 郁也を手っ取り早く要人にする方法、また地球と魔界を結ぶ関係を築く方法。


 そしてそれらは、およそ三週間、笛月葉花と共に日常を過ごした彼だからこそ、解決できた。


「なっ……えっ…………は?」


 目の前に立つ葉花は先程までの立ち振舞を忘れて、目をパチクリさせていた。


「伝わらなかったか? 二度は恥ずかしいけど……伝わるまで何度だって言ってやる。メデューサ・クラリス、俺と結婚してくれっ!」


「あ、いや、えっと……」


「俺とともに人生を歩んでくれ!」


「わ、分かりましたから! 意味は分かりますから! 何度も連呼しないでください!」


 以前、葉花は言っていた。

 魔王は世襲制であり、跡継ぎを作るためにも結婚相手を早く見つけろと部下に口を酸っぱくして言われていると。

 もし郁也がその結婚相手だとしたら、ついに魔王も跡継ぎを見つけたか、と歓喜するかもしれない。


 さらにいえば結婚というのは関係を築き上げるという点に於いて強力な効果を発揮する。

 政略結婚なんていえば分かりやすいだろうか。

 互いの国の信頼性を保証するために、娘を他国に嫁がせる例は枚挙に暇がない。

 

 今回に限っても地球と魔界の関係は白紙だから、有効である。

 例え郁也が人間であれど、魔王と友好的に接する意志を見せれば、文句は言えないだろう。それに同じ人間でも考え方が違えば手を取り合うことができるといった事実を暗に示せる。

 

 しかも結婚の効果はこれで終わらない。

 これまでは無名の存在であっても、魔王の婿という地位を手にしたならば。

 ただの男子高校生から一転、政治的に郁也は要人となり、魔界もアルスマグナも一目を置かざるをえなくなる。

 さらに郁也が地球人であるという事実はすなわち、魔物の場合は魔王の関係者の世界を襲う不徳者になるし、アルスマグナの住人にとっては友好関係を結んだ世界に攻撃を仕掛けたことで、信頼を落とし、かつ魔界側に攻撃を許す格好の餌を与えた形になる。


 葉花と郁也が婚姻関係を結ぶ。

 それは、郁也を手っ取り早く要人にする方法、また地球と魔界を結ぶ関係を築く方法の二つの問題を一気に解決させることができる必殺の一撃なのだ。


 ……とはいっても葉花が簡単に頷いてくれるわけがない。

 だからここから先は世界がどうとかは関係ない。

 郁也の欲望が彼女に勝るかどうか。その一点だけが鍵となる。


「い、いくらフミ君といえど、それは認められな――」


 郁也は知っている。

 手を繋ごうとするだけでも顔を真っ赤にするぐらい彼女が初心(うぶ)であることを。

 なら、それ以上の行為はどうだろう。


 否定の言葉を紡ごうとする葉花をグッと引き寄せる。

 そして、瞬時に唇を奪った。

 数秒間たっぷりと唇を押し付け、それからようやく離れた。


「な、ななな……」


 彼女はバッと後ろに下がると、目を見開いて、何が起きたかを確かめようとしているのか、唇を何度も触っていた。

 

 正直強引な行為はあまり好きじゃない。

 けど、状況が状況だし、ここからロマンチックな雰囲気を作り上げるのも無理がある。

 心の中で悪いと言いつつ、郁也は再び攻勢に出た。


「言っておくけど、俺は本気だ」


「ほ、本気って……」


 葉花はどう思っていたか知らないけど、残念ながらこちとら巻き込まれ系草食主人公ではない。

 むしろ扇情な格好だったり、仕草とかしてきたら、欲望に身を任せるまでもある。

 だから、可能ならその先だってやってやる。


 怯えたような表情を見せる葉花に向かって一歩踏み込む。

 すると彼女がひっと声を漏らす。

 ……流石にそこまで怖がられるとちょっと心が挫けそうだ。


「俺の真剣な想いが伝わるまで、何度もキスしてやる」


「な、何度も……」


「どうしても止めて欲しかったら、俺と結婚するって認めてくれ。あと葉花と同等の権限を与えてほしい」


「それは流石に……」


「もし拒むのであればもう一度唇を塞ぐだけだ。しかも次は唇と唇を合わせるだけのソフトなキスじゃないぞ。もっと濃厚で、ドロドロで、身も心も溶けるような激しいやつだ」


「の、濃厚、ドロドロ……」


 既に葉花は思考能力が落ちてきている模様。


「認めてくれないなら――いくぞ」


 葉花の肩を掴み、もう一度身体を力強く引き寄せる。


「わ、わわ分かりました! 結婚でも何でもしますから! おち、落ち着いて! 止めてくださいー!」


「本当か? 言ったな? 言質取っちゃうよ?」


「な、なんでもいいから離してください!」


「そうか。ありがとな、葉花」


 トドメと言わんばかりに、軽くキスをした。

 するとキャパシティをオーバーしていたのか、葉花は頭から煙を上げながら目を回して気絶した。ふにゅう、と何だか力のない呟きを漏らしている。

 もう一度心の中で謝ってから、彼女をそっと床に横たわせる。

 それから、今の一部始終を見守っていた魔物たちの前に立った。


「今のやり取り見ていたな、お前ら!? これから俺が言う言葉を全軍に――いや、世界中に伝えろ!」


 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――その声は、世界に響いた。


『この声が聞こえてる連中、耳かっぽじってよーく聞けよ!』


 魔物たちが独自に使用している魔法を使った通信技術を用いて、その演説は世界中に配信された。

 故に、その瞬間、誰もが耳を傾けた。


『俺の名前はトダ・フミヤ。人間だ。今しがた、魔王軍の総大将であるメデューサ・クラリスと婚姻関係を結んだ。つまり、これより俺は魔王の婿となるものである!』


 人間という一言が魔王軍を揺らし、魔王の婿という言葉が星光軍を揺らした。


『そして同時に俺はアルスマグナでも魔界でもない別の世界――地球からやって来た。地球からやって来た人間が魔王と結婚したこの意味、少し考えれば分かるよな!?』


 しかし大半はその意味を理解しかねた。

 地球という世界の価値を気づく一部の者を除いては……。


『新たな第三勢力地球が介入したこと、また人間という存在が魔王軍に付いたことにより、大きく状況が変化したことは分かってもらえると思う。そこで地球人及び魔王軍代表として、魔王軍と星光軍の両軍に告げる!』

 

 戦場に身を置く者としては、その声を聞きつつも戦いの手を緩めることはなかった。

 当然である。

 声に気を取られて負けた瞬間、命が散るからだ。


『――今すぐ戦闘を止めよ! 我々魔王軍は星光軍に対し、停戦を求める! 魔王軍はこの瞬間より、攻撃したものには厳しい処罰を与える。星光軍の者も攻撃を止めるこの意味を十分に考えてほしい。もう一度言うぞ。今すぐ戦闘を停止せよ!』


 その言葉を受けても戦闘が完全に停止することはなかった。

 だが――両軍とも、ほんの一瞬、迷いが生じ、空白の時間が生まれた。

 そして、その空白の時間こそが停滞していた歴史を動かした。


『もう歴史を言い訳にして戦う必要はない! 自分たちの居場所を求めるためにがむしゃらに命を散らす必要はない! 俺は……トダフミヤはそのことを知っている! 同様に葉花も……魔王もそのことを知っている!』


 魔物たちの基本概念は弱肉強食だ。

 故に自分よりも強い存在――魔王に従う。

 となると、魔王の次に偉いはずのトダフミヤにも従わざるをえない。

 だから多くの者が得物を収めた。


 逆に人間たちはすぐに戦意を落とすことはなかった。

 だが、空白の瞬間より数分後、全兵士に戦闘停止命令が行き渡った。

 星光軍最高司令部からの緊急伝達である。

 これにより、星光軍も戦闘行為を停止した。


『これを聞いてるお前らもそれを知る権利はある。誰だって夢を見ていいんだ!』


 広い世界の戦場の一つに、一人の男がいた。

 彼は世界に響く声を聞きながら、楽しげに笑った。


「全く、欲深い人間ではあると思うけど……同時に誰よりも剛勇で、そして――誠実じゃないか」


 これより数分後、魔王軍の総大将であるメデューサ・クラリスが演説を引き継ぎ、再度配下達に戦闘の停止を命じた。 

 彼女の言葉を受けるように、星光軍も声明を発表。詳しい事は後ほど決めるとして、この場での停戦に応じた。


 こうして地球を巡る星光軍と魔王軍の決戦は勝敗は有耶無耶のまま、幕を閉じた。


 ――かくして、男子高校生は例え一時的であろうと、パンツを見るために世界を救ったのであった。




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