04月26日「デートは楽しく三人で」
20XX/04/26(日)
ついにこの日がやって来た。
今日は葉花とデートの約束がある。
女の子とデートの約束を喧伝するのはどうかと思うが、相手が相手なので優里奈と有馬には報告だけはしてある。
二人共難色は示していたものの、デートそのものをやめろ、とは言ってこなかった。
郁也が倒れた日から葉花が宣言通り大人しくしていたのが効いたのかもしれない。
といっても誰かに止められたところで約束を破る気はサラサラなかった。
何故なら楽しいデートであると同時に、郁也にとっては葉花を知るための最大のチャンスであるからだ。
むしろ戦争とすら言ってもいいかもしれない。
何しろ、戦争と書いてデートと読む作品だってあるくらいなのだから。
事前に決めておいた約束の時刻より十分早く遊園地の入り口にやってきた。
するとそこには、見知った女性が二人先に来ていた。
……二人?
「遅いですわよ、トダ・フミヤ!」
二人の内、片方の女性――抜群のプロポーションを持つ金髪のお姉さんが郁也を叱りつけてきた。
彼女はそう、以前夢の中に現れ、偽の校舎の中で郁也から逃げ帰ったサキュバスのお姉さんだ。
直接名前を聞いたわけではないけど、確かリリスと呼ばれていたはずだ。
「リリス、何度も言ってるように約束の時間まであと十分あります。むしろ私達が早く来すぎたんじゃないですか」
リリスの傍らに、葉花が立つ。
「だって楽しみだったんですもの。そんな乙女の気持ちが分からないトダ・フミヤは駄目駄目ですわ」
なんかよくわからないけど、罵倒されてる気がする。
どういうことなの、と問いかけるように葉花に目線を向けた。
「男女一対一で遊ぶことが必ずしもデートというわけではありません。こう、いざ二人きりで遊ぶのは初めてでどうしたら良いか分からないだとか、リリスが遊びたがってたし一緒に来れば私達の利害が一致するのでは、といった私達の事情は全く関係ありません」
「あ、うん」
わかりやすく理由を説明してくれてありがとうございます。
現況が把握出来たところで郁也は改めて葉花を眺める。
葉花は白いブラウスに腰部がコルセット状になっているハイウエストの黒いスカートを着ていた。
俗にいう、童貞を殺す服といえばわかるだろうか。
それに加えてガーターベルト付きのニーソックスを履いて、童貞殺傷力を倍増させていた。
というか、童貞でなくてもこれはちょっとやばい。
扇情を煽るにも程がある。
それこそ葉花一人なら問答無用でホテルに行こうぜと誘ってしまうレベル。
まあ、葉花の正体を知っているので、そんなことをする勇気はないが。
それに色気が溢れているように見える衣装だけど、胸の部分はほぼ真っ平らで、見てるこっちが何だか申し訳なくなってくる。
胸を強調した服がなおさらその気持ちを加速させた。
では、付添人であるリリスの服装はどうか。
彼女の服装はとてもシンプルだった。
薄い黄色のプリントTシャツにホットパンツ。
元々白人のような見た目に加え、完成されたスタイルを持つリリスにはお似合いのファッションだった。
特にホットパンツから見える健康的な太腿が眩しい。
さっきから男達の視線はリリスに集中している。
……服装だけでいえば葉花の方が過激なのになあ。
「少し早いですけど、行きましょうか」
葉花の言葉にリリスは「はいですわ!」と元気に返事をする。
そんな彼女たちを見つつ、郁也も二人に付いていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あれ! あれがいいですわ!」
この中では一番年上に見えるリリスが子供のように目を輝かせてアトラクションを指差す。
リリスの人差し指の先にあるのはコーヒーカップだった。
郁也と葉花は大きな子供を持った夫婦のように目を見合わせて肩をすくめると、希望のアトラクションに乗るために列に並び始めた。
順番がやってきて三人で乗り込む。
「これは一体何をすればいいですの?」
「中心にバルブのようなもんがあるだろ? これを回せば俺達が座っているコーヒーカップが回転する仕組みなんだ」
「よく分からないですわ……」
「とにかく回してみればいいんじゃないですか」
「でしたら、思い切り回しますわ」
「待て、全力で回すのはやめて――」
郁也の言葉をかき消すように、アトラクションの開始を告げる警笛が鳴り響く。
「どおりゃあああ」
「ま――」
郁也の制止を聞かず、リリスは中心のバルブを勢い良く回す。
見た目は人間、されど中身は魔族の子。
人間とは段違いの力を持つわけだ。
そんなわけで、コーヒーカップは数十秒ももたずして、トップギアまで加速した。
結果、郁也とリリスがダウンした。
「……水、取ってきますね」
「頼んら……」
「お願いします、れすわ……」
ベンチに横たわり、見上げる空はグルグル回転している。
テーブルを挟んだ先で同じようにしているリリスも似たようなものだろう。
そんな二人を置いて、葉花はその場を立った。
葉花が去っていくのをどうにか視界に捉えた郁也は、気持ち悪いのをこらえながらリリスに話しかける。
「な、なあ、リリス……」
「……気安く名前を呼ぶんじゃありませんわ」
あきらさまな嫌悪を含んで言葉を返してくる。
ただ、声そのものは弱っていた。
「葉花は……魔王はいつもあんな感じなのか?」
「あんな感じ、とはどういうことです?」
「その、なんつーかな、どこにでもいる普通の女の子みたいっていうか」
「ああ、そういうことですの。人間的にはこう言うんでしょうけど、魔王様は庶民派ですわよ」
「それこそどういうことだよ……」
困ったように呟いた。
しばし間を置いて、リリスが口を開く。
「アルスマグナを攻める前、魔王様は人間としてかの世界を知ろうとしたんです。幼い頃から、人間という存在を教え込まれていたのも関係ありますけど、そうやって人間たちと深く関わってきたので、歴代の魔王……というより、魔族全般ですわね。その誰よりも人間らしい性格になったんですわ」
「……なのに人間たちの世界に攻め込むのか」
「それとこれとは別物ですわ。それにあなたは戦いに関係してくる人間ではないですのよ。わたくし達を指揮する魔王様を見たら印象もきっと変わりますわ。……魔王様にとっては正体を知ってるのに、本当の一面を知ってもらえている珍しい人間なんでしょうけど……」
郁也を嫌悪している割にはスラスラと答えてくれる。
それほど魔王を敬愛しているのか、それとも……。
「リリスも葉花と同じで、話してみれば良い奴なんだな」
「ど、どういう意味ですの」
「いや、こうしてちゃんと俺の話を聞いてくれるじゃん」
初めは酷く怯えられていたし、今日も顔を合わせた時はあまり良い感情持たれていなかった。
交流が少ないとはいえ、彼女にあまり好かれてないことくらいわかる。
「……仮とはいえ、魔王様の仲間ですもの。同じ魔王軍としては邪険に扱うわけにはいきませんわ。それにわたくし、嘘はつきませんから」
「ほう。じゃあ、俺のことどう思ってる?」
「大嫌いですわ」
「ほんと正直だな!」
ガバッと起き上がる。
と、同時に反対側のベンチからグ~っとお腹の鳴る音が聞こえた。
「リリス、お前……」
「……言いたくありませんわ」
鳴ってない、とは否定しないところが嘘をつかないと宣言した彼女らしいといえた。
以前、葉花が言っていた。
サキュバスであるリリスは、魔力の他に精力を必要とするので、他の魔物達より栄養を補給する必要があると。
しかもその精力を摂取しないため、食事を多く摂ることで凌いでいると。
だからお昼になってもいないのに、お腹を空かせているんだろう。
勢いで起き上がれるくらいだから、体調は大分回復している。
そして、葉花はまだ戻ってきていない。となると……。
「何か食べ物買ってくる。葉花が戻ってきたら、そのこと伝えてくれるか?」
「べ、別にわたくしのために買う必要は……!」
「何言ってるんだ。俺が食べたいから買うんだよ」
本当はコーヒーカップの影響で若干気持ち悪いんだけど……。
立ち上がって近くのお店へ行き、三人分の軽食を購入した。
ベンチに戻ってくると葉花が先に戻ってきていた。
「はいこれ、ホットドッグ。皆で食べようぜ」
「ありがとうございます、フミ君。お水も買ってきたので飲んでください」
「サンキュ。ほら、リリス。あったかい内に食べろよ」
「し、仕方ないですわね」
彼女も大分体調が回復したのか、上半身を起き上がらせていた。
ホットドッグを受け取ると、僅かに顔を赤らめてそっぽを向いた。
そして小さな声でありがとう、と呟いたのを郁也は見逃さなかった。
また、その横で葉花が微笑ましく見守っていたのも、郁也は確認していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
幾つかのアトラクションを回っていたら気がつけば時刻は正午になっていた。
「お腹が……空きましたわ」
つい数時間前にも食べたはずなのに。
ほんとに燃費がいいらしい。
ベンチでぐったりするリリスを見ながら葉花が言う。
「いい時間ですし、お昼休憩にしましょうか」
「けど時間が時間だし、食事できる施設はどこもいっぱいだぞ」
それに場所が少し悪く、近場のレストランでもそこそこ歩く。
今のリリスは移動も難儀そうだ。
「でしたら近場の売り場で何か買ってきます」
「じゃあ付いていくよ」
「ありがとうございます。けどフミ君はリリスを見ていてくれませんか。目を離した隙に食べ物を持つ通行人を襲ってしまう可能性がありますから」
「どんだけ食に獰猛なんだ……」
「リリスの胃袋の大きさを知っているのも私だけですから。それに女の子の面倒を見るのも男の子の役目ですよ。では、お願いしますね」
葉花は小走りで近くの売り場に向かっていった。
「葉花って気が利く子だよな」
「今更気づいたんですの? 魔王様は良妻賢母なお方ですわよ」
「魔王が良妻賢母って……」
いいのかそれで魔王軍は。
「そういや以前、跡継ぎを早く作れってせっつかれてるって言ってたな」
「そうなんですよ。もし魔王様が倒れてしまったら魔王軍は瓦解しますわ。ですので私も事これに関しては何度も申しているんですの。けど、ようやく連れてきた男性がトダ・フミヤだなんて」
別に反論してもよかったけど、何せ相手は一国を治める王だ。
その王が侵攻相手の原住民と交際しているとなったら、魔王軍は複雑な思いにもなるだろう。
郁也だって葉花が身分の高い女性と考えたら彼女と釣り合う自信は全くない。
「魔界の婚活事情は知らんけど、葉花なら選り取り見取りだろ? 今までもチャンスがあったはずなのにどうして悩んでるんだ?」
「いえ、それがお恥ずかしい話なのですが……庶民的な思考を育んだせいか、恋愛観だけは少女思考になってしまったんですの」
「少女思考ねえ。どんな相手が好みとか言ってたのか?」
「魔王様は良くも悪くもチヤホヤされて育てられたのですわ。それに身分が身分ですから、どなたもへりくだるんですのよ。そんな相手ばかりでしたから、いつしかその……自分を連れ去ってくれる王子様的な殿方がいいと仰っていましたわ」
それは少女思考というより乙女思考ではないだろうか。
考えが顔に出ていたのか、リリスは慌ててフォローする。
「いえ、流石にそんな男がいるとは魔王様も考えてはいないですわ。けど、少しくらい強引な方が良い、と言ってたのは確かですのよ」
「確かにそりゃあ少女思考だな」
「でしょう? それでまだ若いから大丈夫と言って、ズルズル後に引きずったら少女漫画の主人公もビックリするくらいの初心な女の子になってしまいまして……」
「……そういうリリスもサキュバスの癖に男一人魅了できたことないじゃないですか。恋愛に関してはどっこいどっこいですよ」
気がつくとジト目になった葉花が傍に立っていた。
「全く、余計なことを……。とにかく買ってきたので食べましょう」
葉花がサンドイッチの入ったボックスを置くとリリスが目を輝かした。
餌を目の前に待てをされる犬のようだ。
三人でいただきます、と挨拶をすると、リリスはすぐさまサンドイッチに手を伸ばした。
食べ盛りの子供を見守るような気持ちでのんびり食べていると、葉花と目が合った。
「美味しいですか?」
「ああ、美味しいよ。それより気になることがあるんだけど」
「何ですか?」
「……ほんとに強引なのが好きなのか?」
「セクハラで訴えて社会的に潰してほしいですか」
葉花に脅迫された中で一番恐怖を覚えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あれが興味あります」
葉花が指を差したのはマンション型の建物だ。
おどろおどろしい見た目から想像がつくようにお化け屋敷である。
あれは何ですの、と聞いてくるリリスにお化け屋敷とは何なんのか説明する。
すると彼女は青ざめた顔をしながらハッキリと言う。
「私はパスですわ。こういうのは苦手ですの」
「……お前ほんとに魔物なんだよな?」
どういった魔物がいるか全部は知らないものの、骸骨とかお化け屋敷で出てきそうな成りをした魔物は郁也も見たことがある。
あれがオッケーで何故作り物のお化けは駄目なんだろう。
「まあ、無理させるのも良くないですよ。私とフミ君だけで行きましょう。リリスは出口に回って待っててもらえますか?」
「分かりましたわ!」
リリスは頷いて地図を片手に駆け出していく。
「大丈夫か、あいつ。迷子になったりしないといいけど」
「既に保護者気分ですね。何だかんだでリリスはしっかりしてるから問題ないですよ。さ、行きましょう」
二人でお化け屋敷の入り口をくぐる。
暫くは互いに身を寄せるようにして歩いていたのだが、それほど怖くないことに気づいた葉花は愚痴を吐くようになっていた。
「こんなの子供騙しですね。私はこう、もっと驚かされると思ったんですけど。異性と入れば距離が近づくと漫画には書いてあったのに……」
「出たな少女思考」
そもそも魔王が怖がる要素とかあるんですか。
現に今もお化け役のスタッフをつまらなさそうに見つめている。
こりゃあ、何事もなく終わりそうだなあ、と思った時だった。
「想像以上の退屈さです。さっさと出口に……ってひゃあっ!?」
これまで聞いたことのないすっ頓狂な悲鳴を葉花が上げ、郁也に抱きつくように駆け寄ってきた。
「ど、どうした?」
「う、うなじに今、何か冷たいものが当たって、背中に伝って……」
「え? ……ああ、上から水が垂れてきたんだな。当たったらラッキー程度の驚かせポイントだろ」
その水がピンポイントに当たっただけだろう。
ただそれだけのことで、おっかなびっくりしている葉花を見て郁也はつい笑ってしまった。
「一瞬、建物ごと壊してしまおうかと思いました。……って、フミ君、どうしてそんなに笑ってるんですか」
「いや、魔王ともあろうお方が水で恐怖している姿が面白くて、つい」
「……っ! これでも私、女の子なんですよ。怖いものの一つや二つあります!」
「そうかそうか」
拗ねる葉花がかわいくて、更に吹き出してしまう。
「あのですね……」
文句を言おうとする葉花と目がバッチリ合ってしまう。
その顔が意外にも近いことに気づいて二人は同時に顔を赤くした。
「あ、わ、悪い」
「い、いえ、こちらこそ。というか、離してくれませんか」
そう言えば駆け寄ってきた葉花を受け止めていたのは郁也の方だった。
慌てて手を離す。
「気が動転してて、つい。……ごめん」
「謝ることではないですよ。それに、予想以上に胸板が厚くてちょっと驚きました」
お互い気恥ずかしくなって黙ってしまう。
それからお化け屋敷を出るまでぎこちない時間が続いた。
「あ、ようやく出てきましたわ。二人共こっちですわー!」
リリスはぶんぶん手を振って二人を呼んでくる。
「リリスを見ていると中で起きていた出来事が嘘のように感じられますね」
「そうだな」
葉花はリリスの所へ向かう。
「どうでしたか?」
「面白かったですよ」
なんて会話が聞こえてくる。
魔王とその幹部との会話とは思えない。
仲の良い友達同士の会話だ。
いつしか、そんな二人を見ている自分が微笑を浮かべていることに気づいた。
この穏やかな時間を楽しいと感じているのだ。
これまでも魔王と過ごす時間は自分にとってどんなものなのかを考えてきた。
けど、ここに来てようやく郁也はその答えを出すことができた。
「ほら、フミ君もはやくはやく」
俺は葉花といつまでもこんな時間を過ごしたいと、心の底から思っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それからの時間、三人は楽しく遊んで過ごした。
内容自体は特別語ることはない。
あくまで彼らは等身大の人間として、男女として、時間を過ごしたのだから。
気がつけば陽が落ち込み始めていた。
遊園地自体は夜まで経営しているものの、なんとなく解散は夕方にしようと三人は決めていた。
最後には観覧車に乗ろう、とも決めていた。
なので観覧車の前に三人は移動する。
そこで郁也はリリスにこっそりと耳打ちをする。
「お願いがあるんだけどさ、観覧車で俺と葉花を二人きりにしてくれないか?」
この一日で随分親密度が上がったはずだし、きっと快諾してくれる。
「……不埒なことでも企んでいるんですの?」
と思ったら思い切り怪訝な顔をされた。
酷い。まだ俺をそんな目で見ているのか。
現実ではきちんと常識をわきまえて行動していると言ったのに。
「違う。話がしたいんだよ。……魔王と二人きりでな」
敢えて葉花と言わず、魔王と呼称した。
リリスもそれに反応する。
「そういうことですの。分かりましたわ。せいぜい実りのある会話ができるよう祈ってますのよ」
「ありがとな」
「べ、別にトダ・フミヤのためじゃなくて魔王様のためですのよ! 勘違いしないでくださいませ!」
「最後のツンデレ台詞さえなければカッコよかったのになあ」
ははは、と郁也は笑う。
まあ、でも二人きりにさせてもらうよう確約は貰えた。
今日一日楽しく過ごすことができた。
けど、まだ笛月葉花、あるいは魔王、あるいはメデューサ・クラリスを知る時間が終わったわけではない。
郁也は観覧車のゴンドラをしかと見据えた。