マイコ来日(3)
梅田へ到着
駅の歩廊へ降り立ち、異様に長い自動階段で上部階へ向かう。階段上でも歩いている人の比率が非常に高くて、戸惑うマイコ。歩いていないのは、杖をついた老人くらいのものだ。しかも、携端を操作しながら歩いている器用な人々も、かなり多い。彼らは、こんな人混みの中なのに、携端を盗み取られる可能性すら、想像出来ないのだろうか?
少なくとも、急いでいないのに歩くのは馬鹿げていると思ったが、紗季もマルシアもやはり歩いているので、従わざるを得ない。
そして、この階段は、変速式自動階段だった。幼少の頃からその存在は知っていたし、祖国にも有る(見たことはない)のだが、乗ったのは初めてだった。
乗った時は低速で、徐々に速度が上がり、出口が近付くとまた低速に戻っていく。
(気持ち良いじゃないの! 梅田って、いい所だわ!)
早速、お気に入りを見付けたマイコ。
後に彼女は、変速式自動階段が、大阪立体都市圏内では珍しくない事を知る。
自動階段は、梅田地区における三層分(住宅街に於ける六階分に相当)の高さを一気に駆け上がり、総合鉄道乗降広間へ出た。そのまま改札をくぐると、だだっ広い広間に、梅田に集まる全ての鉄道会社の改札口が点在し、人の流れが一気に複雑化する。改札口は各々会社別にくっきりと色分けされており、それ以外の歩道や壁や柱等は、淡黄色に統一されている。案内表示も、各鉄道会社の改札口の色で表示されているので、目的の色を辿れば目的の列車に乗れるという寸法だ。
因みに、各鉄道会社間の直接乗り継ぎの場合は、ここまで昇って来なくても、各々の直接乗り継ぎ経路がちゃんと別途用意されている。
この階には、都市圏内隅々までを網羅する、州最大の空中歩道網があり、そしてここが、鉄道改札口と空中歩道が一気に集中する、梅田の中で最も人の往来が激しい場所なのである。そのため、この広間の中だけは、それ以外の一切の営業施設が排されている。
広間の外へと歩を進める紗季とマルシア。必死で付いて行こうとするマイコ。マルシアの服にしがみつきたい衝動を堪え、前方に注意を集中する。
しかし、日本人は案外背が高いため、かなり視界の妨げになる。欧米人のように、横幅の広過ぎる人々がいないのは、有り難いのだが・・・。
そして、このせっかちな白い東洋人達の群れの中において、マイコは上手く歩を進められない。
気が付けば、二人の背中をすっかり見失っていた。
広間の外縁近くまで来て、幾分、人口密度は下がっていた。
ある程度、視界が確保出来たのは良かったが、今度は行き先が分からない。自走歩道付き空中歩道の入り口が幾つもあって、全て方向が違う。階段も上り下り多数あって、やはりどれを選べば良いのか分からない。
正解は、全ての道が集まるこの広間内で、マルシア達が探しに来るのを待つ事だったのだが、不安に駆られたマイコは、じっと待つという選択が思い浮かばず、取り敢えず、今迄歩いて来た延長線上と思われる空中歩道の、自走歩道に乗ってしまった。
実はこの時、紗季とマルシアは、賢明にも広間内へ戻り、マイコの姿をじっくりと探していたのだ。
自走歩道上を歩いているため、自転車程の速度で二人から遠ざかっていくマイコ。
選んだ道は正しかったのだが、根本的な問題があった。
ここで空中歩道の基本的な形式を説明しておくと、大きく分けて三種に分類される。
一つが、只の歩道。自走歩道を持たない単純型である。
もう一つが、閉鎖型高速自走歩道。これは、自動車道に於ける高速道路と同じように、一般の歩道から改札をくぐり、上りないしは下りの自動階段に乗り込むと、やがて水平となり自動的に加速、高速で自走する本線へ移り、手摺に掴まって目的地まで移動、出口では逆に減速帯へ移動、減速帯は徐々に減速し、やがて自動階段となり、改札へ到着する。高速で自走しているため、加・減速帯を通じてしか乗降が出来ないように、閉鎖型となっている点が特徴である。安全上の理由から、東西南北、四方向行きが完全に分離されている。
そして、単純型の次に多いのが、開放型自走歩道付き空中歩道。五つの歩道帯で構成されている。向かって右から順に並べると、
①動かない歩行帯
②帰り側の自走歩道
③動かない狭い歩行帯。横断や方向転換の際、緩衝地帯となる。
④行き側の自走歩道
⑤動かない歩行帯
以上である。
自走歩道が歩く程度の低速であるため、自由にどこからでも乗れるよう、開放型となっており、横断や方向転換も比較的容易であるため、繁華街でも一般的に採用されている。移動が便利な方が、人も集まり易いのだ。
ただし、移動の自由が確保されていないと意味が無いため、交差点では自走歩道が一旦途切れる。
早速マイコは、その交差点で立ち往生してしまった。
仮に方向が合っていたとしても、目的地自体を知らないので、通り過ぎてしまったら、何の意味も無いと気付いたのだ。自走歩道を使うと、大幅に通り過ぎる可能性も高い。
てんでバラバラな方向へ向かう人々の群を掻き分け、元来た道へ戻ろうと決意。
・・・ところが、帰り道らしき歩道が二つ並走しており、歩道を見分ける方法をまだ知らないマイコは、賭けに出るしかなくなっていた。
それから十分後のマイコがどうなったか?
最初の二択で間違いを選んでしまったため、本格的に迷子となってしまった。
マイコは携端を持っていない。日本に着いたら持たされる予定だったのだ。だから、マルシアと連絡を取る方法が・・・。
(いや、公衆電話が有る筈だわ!)
そう気付いたマイコ。ここまでは正解である。問題は、日本人の携端普及率の高さだ。つまり、公衆電話はあり、非常用として一定間隔で設置されてはいるのだが、数が少ないのだ。
それでも何とか、公衆電話を見付けて駆け寄る。
アメリカでは、カード専用の公衆電話があり、強盗を防ぐために、現金は使えない。ところが日本では、自動販売機強盗のような事件が起きないし、公衆電話専用の『テレフォンカード』も、もはや過去の遺物となっているので、逆に、非常時に誰でも使えるよう、小銭でしか電話を掛けられない。
だがマイコは、現金を持っていない。アメリカの子供は、一般的に現金を持ち歩かないものなのだ。
危険だから当然である。
そして非常に馬鹿げた事に、アメリカで非常時に連絡が取れるように、『テレフォンカード』なら、マイコは持っていたりする・・・。
残念ながら、この方法は駄目だった。
気が付くと彼女は、人通りの無い場所にいた。人混みにうんざりしていたので、無意識に辿り着いていたのだ。
公園らしき空地があり、学生らしき団体が集っている。中には、マイコと同い年か年下に見える女の子もいる。
少し疲れていたマイコは、ごく単純な解決策を思いついた。
(要するに、助けを求めれば良いのよね)
学生達に近付いてみる。
ほぼ同時に、件の少女がマイコの方を指差した。数秒後、何やら話し込んでいた面々が一斉にマイコへ目を向けた。
「よし、捕まえろ!」
代表らしき男子(高校生くらいか?)の掛け声と共に、マイコの元へ全員が駆け寄って来た。
慌てて逃げようとするが、あっという間に取り囲まれてしまう。
(え? 何? 何なの???)
マイコ、一世一代の危機!